第8話 神の面談(後編)

「……で?」

『はい?』

「はい、じゃないが。あいつらの好きな物は何なんだ?」

『やっと私のやり方を受け入れてくれるのですね! ああ、有難や!』

「……だって、お前の話を聞かないと何も始まらないんだろう?」

『そりゃ、そうかもしれませんけれど……。そう言われると何だか腹立ちますねえ』

「何だよ、それ。人の話を聞けだの、いざ聞こうとしたら腹が立つだの……。お前自分勝手過ぎない? 良く他の神様……えーと、神様に『他』が居るのか知らねえけれど、そう言われない?」

『何かそう言われると悲しくなるから言わないで!! ……ってか、どうしてそういう結論に至ったのか教えて欲しいな?』

「神様が管理者なら、管理者は常に存在している訳じゃないだろ。……休憩中とかどうしているんだよ?」

『そりゃもう、時間止めていますけれど?』

「さらっと裏技発揮するんじゃねえっ!!」

『裏技じゃなくて立派な表技……うん? 表技って言葉あるのかな? 分からないですけれど、裏技じゃないことは確かですよ。これはちゃんと決められていますから。思考実験を行っていて、監視している最中に何らかの問題が発生した場合は、データをセーブしてセーフティモードに移行せよ、って』

「セーフティモードって……パソコンじゃねえんだから」

『水槽の脳、って知っていますか?』


 水槽の脳。

 確か脳を水槽に浮かべた状態で、たくさんのコードを繋げておいて、それを高次元グラフィックスが表現可能な高性能コンピュータに通すことで、人間一生の歴史を体現させることが出来る……だったかな? シミュレーテッド・リアリティの代表的な例だったと記憶しているけれど。


「水槽の脳。名前ぐらいなら聞いたことはあるよ。シミュレーテッド・リアリティの代表的な例だろ?」

『その「水槽の脳」みたいな状態になっていると言えば? あなたたち人類の状態が』

「ばっ……」

『馬鹿な、なんて言葉は通用しませんよ。現にあなたは神様であるこの私と会話をしている。どんな新興宗教のトップよりもとんでもないことをあなたはしてしまっているのですよ』


 そう言われれば、そうかもしれないが。


「……話を戻すけれど、二人の好物って何なんだ?」

『ああ、そうだった。そういえばそんな話をしていましたよね』


 そうだった、じゃねえよ。

 ちゃんと話をまとめてから話して欲しいぜ。


『二人の好物ですが、ひかりさんが「ケーキ」、のぞみさんが「相沢恒彦の本」ですね。……相沢恒彦って知っていますか?』

「いや、知らないけれど。誰?」

『何でも中高生に人気なライトノベル作家らしいですけれど。……知らないなら、良いです』

「いや、教えてくれよ。……教えてくれないなら、のぞみにプレゼントを渡せなくなる」

『それじゃ、私が知っている限りの情報を教えますけれどね……。相沢恒彦、生年月日は不詳、代表作は「デイプライム」「ジョーカー 死神の切り札」「ミスト・ウォーカー 霧の番人」他多数……。あらあら、凄いですね。十五年で百冊近い本をリリースしているらしいですよ。ちなみに百冊目はハードカバーで出るようでタイトルは「ミニッツマン仮説」だとか』

「……何だそりゃ、ますます分からねえ」

『でも世代的にはベストなのでは? 何でもこの中高生に十年近く人気を奪取し続けているらしいですけれど。そういう作家も珍しいですよね。あー、そういえば最近本読んでないなあ……。何か面白い本とかありませんかね? といっても、あなたたちの世界の本は直接読める訳ではないのですけれど』

「そうなのか?」

『そうなんですよ。色々と面倒なやりとりを重ねた結果、失敗に終わってしまうケースなんて珍しくありません。あなた達の世界……例えば過去の時代にも、あったのではないですか? 異世界人がやって来る、というのは』

「……ああ、確かに聞いたことがあるような、ないような」


 異世界人というよりも、宇宙人のような気がするけれど。


『そもそも、宇宙なんてものは最初から存在しませんからね』

「……何だって?」

『アメリカがアポロ計画を打ち立てたので、我々管理者が慌ててアメリカに依頼を出したんですよ。「宇宙は存在しないが、存在するようにしてやっても良い」ってね。現に、六光年も離れればその先は何もないエラー空間が広がっています。世界の膨張に合わせて念のため用意しておいた空きサーバーがあるだけですよ』


 つまり、宇宙そのものは存在するけれど、僕達人類が考える以上にその規模は狭い――ということか。

 

『話を戻しますけれど、その「ミニッツマン仮説」を買えば良いんじゃないですか? 発売日は……何と明後日ですよ。明後日というと、六月最終日になる訳ですけれど』

「ということは体育祭まであと二週間か……。うええ、やる気出ねえなあ」

『体育祭なんて一番のデートスポットじゃないですか! スポット、という言い方はどうかと思いますけれど』

「スポットじゃなくてね? イベントだろ、どちらかと言えば」

『そうですね。そうなりますね。……で、「ミニッツマン仮説」を買いますか? 買いませんか? 私のKamizonで調べた結果によると、ハードカバーで千六百二十円らしいですけれど』

「地味に高いな、オイ! ……でも、あいつの、のぞみのためなら仕方ないのかなあ」

『おや、のぞみルートに進むおつもりですか? まあ、どちらでも良いですけれど』

「いや、どっちのルートに進むかは未だ決めていない……ってか、ルートとか言い出すなよ、ルートとか」

『言い出しちゃって良いんですよ、それくらい! それに、私達にとってその世界がどれ程の価値を生み出すかということについては、何かと難しいものがあるからね』

「……価値を、生み出す?」

『要するに、その世界がどれ程の価値を生み出すかと言うこと。それについて、価値を決定するのよ。……私達の世界では、そうなっている』

「……神様の世界も大変なんだな」

『そう言って貰って助かります。……さて、話を戻しましょう。次に、ひかりさんについてです。好きなケーキはモンブランらしいですよ! 刑部駅前に出来たケーキ屋さんに足繁く通っているそうな』

「へえ、そうなんだ。……何だか意外」

『そうですか? 女子ってケーキとかそういう可愛らしいものに嵌まるものではないのでしょうか?』

「そうか。そりゃ、あんたは女性だから嘉神シスターズの気持ちが分かるんだよな……。僕は全然分からねえよ」

『分からない、と言われましてもねえ。いずれにせよ、彼女達の思いを理解しないと、この世界を「ラブコメな世界」にすることが出来ないではありませんか』

「ラブコメな世界、ねえ……。まあ、付き合ってやることにするよ、お前の考えに」

『……神様をお前呼ばわりするのは、あなたぐらいですよ。ほんとうに、罰当たりなことですよ』

「罰当たりかどうかは僕が決める。生憎、神様は信じていないものでね」

『今、神様と会話をしているのに?』

「お前が神様じゃない可能性だってあるだろ」

『……はあ、もう良いですよ』


 何か諦められたような感じがするのだが!? そんなことを思いながら、僕はガラムドの話を聞くことにするのだった。ガラムドが言うのは、それから僕にとって重要なことで、彼女達にとって大切なデータ。それを教えて貰うというのもどうか、という気がするけれど、それはチートということで許して貰いたい。そんなことを、深々と考えながら、僕は溜息を吐くのだった。


『……何で溜息を吐いたんですか?』

「これからやることについて、少々面倒だな、と思ったんだよ」

『そうですか。てっきり私の話を聞くのが面倒になったのかと』

「半分正解」

『あなたね……』


 そんなやりとりを交わしながら、僕達は『作戦会議』を執り行う。

 それによってどういう正解が導かれるのかは――今語るべきではないだろう。


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