第4話 梅雨(中編)

「要するに、何が言いたいんですか」

『え? だから言ったじゃないですか、それがトレンドだって。吐き捨てるように、かっこいい台詞を呟く。それがトレンドなんですよ、トレンド!』

「何ですか、トレンドって。……あー、一応言っておきますけれど、トレンドという言葉の意味を知らないとかそういう訳ではなくて、あなたが言っている『トレンド』の意味が理解出来ないという意味で」

『何ですか、何なんですか! 人が、いや、神がせっかく助言してあげようというのに、その言い方は! あなたはこの世界を守りたくないんですか!?』

「いや、だからどうして僕にそれを任せたのか、と言うことについて質問したいんですけれど」

『それはまた別の機会に。……それより、あまり人を待たせない方が良いんじゃないですか?』

「それはあなたが電話をしてきたからであって……」

『それじゃ、アディオース』


 そう言って。

 ぷつり、と電話は切れた。

 ……まったく、いったい何がしたかったのだろう、あの神様は。

 そんなことを思いながら、踵を返すと、


「あっ」


 どすっ。

 ちょうど胸の辺りにぶつかった感覚があって――遅れて漸く誰かとぶつかったのだと気づかされる。

 それはのぞみだった。


「のぞみ? ……いったい、どうしたって言うんだ?」

「いや……帰りが遅いから見てこい、ってお姉ちゃんに言われて」

「ひかりの差し金か……。あいつも自分でこっちに来れば良かったのにな」

「重要そうな」

「うん?」

「重要そうな電話だったけれど……いったい誰からだったの?」

「……ああ、電話の相手か。母さんだよ。今日はハンバーグだからあまり遅くならないようにしてね、って。まったく、そういう連絡はメッセージで良かったのにさ。普通に毎日会えるんだし……」

「そうだよね。……隼人のお母さんも、心配症だよね。そんなに電話しなくても私達がついているのに……」

「うん? 何か言った?」

「いいや、何も……」

「それじゃ、戻ろうか。……あまり遅くなると、ひかりが何をしているんだ、って何か変な模索をし出すからね」

「そう……だね」


 そう言って。

 僕達は図書室へと戻ることにした。


「遅ーいっ! いったい二人でどんな話をしていたの? 私にも聞かせなさーいっ!」

「別に変な話をしていた訳じゃないよ。……なあ、のぞみ?」

「うん。普通に。隼人のお母さんから電話があったらしいから、それについて話していたの」

「何だ。電話って、隼人のお母さんからだったの? ……お母さんも心配症ねえ。普通にメッセージで送れば良いのに。うちなんて、基本家族間の連絡はメッセージよ。LINEね。……あ、でも、隼人のお母さんって未だガラケーなんだっけ?」

「そうだよ。うちの母さん、まだガラケーだよ。だからLINEは使えない。……まあ、頑張れば使えないこともないけれど……」

「隼人のお母さん、そこんところきついからねえ。まあ、別に普通のことか」

「そうだよ。二人の家庭が、デジタル化が進んでいるだけの話さ。うちは普通」

「そうなのかなあ……。まあ、確かにうちの父さん、私達が小さい頃からブログとか何とかやっていたような気がするし。案外そうなのかもしれないね」


 そう。

 嘉神シスターズの父親――とどのつまりが、鉄道オタクの父親だ――は、十年以上昔から鉄道に関するブログを運営している。サービスの休止やらなんやらあったりして、運営自体は十年未満になっているのだが、累計で考えれば十年を優に超えている。とどのつまりが、根っからのブロガーなのだ。


「そこんところは羨ましいよなあ、理解がある、っていうの? うちなんか、未だにガラケーで良いだろって家族が猛反対しているもんだから。僕がスマートフォンにするときも家族が猛反対したというか、さ」

「うわー、容易に想像出来るわ、その状況……」

「だろ?」

「……ああ、そうだった! 宿題やらないと! 宿題、宿題っ!」

「やる気なかっただろ、それ?」

「ええ? 今更そんなこと言う?」


 僕は言いながら、ノートをちらりと見る。

 すると、先程まで進んでいた風景から一気にがらりと変わって、僕がやっているところまで追いついているではないか。何だ、そのペースなら今日中に終わりそうじゃないか――なんてことを言おうとした、そのときである。

 よくよく見てみると、その答え――僕が書いた答えそのままなのだった。


「おい、ひかり……。僕が居ない間、何をしていた? いや、正確には僕とのぞみが居ない間、って言えば良いか?」

「ぎくっ。……何かあったかしら?」

「何かあったかしら、じゃない! 僕の答え、丸写ししただろ! 今なら許す、はっきりと言え! そうしないと、僕も『丸パクリされた側』として先生のやり玉に上げられてしまうじゃないか!」

「ええっ、そんなことが? まさか、あの榊原先生に限って……」

「はい、君今ボロ出したね?」

「ああ、やべっ」


 やべっ、じゃねえよ。


「……やれやれ。お前だって、榊原先生のご機嫌を取った方が良いんじゃないか? だって、あの先生、見かけによらず陸上部の顧問をしているんだろ?」


 榊原先生は、五十代の、先生で言えば老齢の部類に入る男性だ。

 しかしながら、かつて陸上の選手をしていたその経験を買われて、今では陸上部の顧問をしているらしいのだ。

 らしい、というのは僕自身陸上部を見に行ったことがないから、陸上部が主に活動している放課後のグラウンドに向かったことがないためである。だから、僕は知らない。先生が実際に陸上部の顧問をしている、その様を。


「そっかー。隼人は知らないんだよね、榊原先生の鬼コーチぶり。あれ見ると、普段の先生の様子とは違うんだな、って思うよ。ってか、ぶっちゃけ、引くよ?」

「……そんなに?」

「そんなに、そんなに! 笑っちゃうぐらい違うから!」


 笑っちゃうぐらい、って。

 そんなことを言ったところで、榊原先生にその言葉が届くことはないのだろうけれど。

 いや、届いたら届いたで大問題になってしまうのだろうけれど。


「……じゃあ、まともに宿題はやった方が良いな?」


 それを聞いて、思考停止したのか、固まってしまったひかり。

 いや、固まっている場合じゃないんだよ……。ちゃんとやるかやらないか決めてくれ。

 やらない、と言ったところで答えを写させるつもりは毛頭ないけれど。その答え書いたノート、答えをしっかり消してから書き直して貰うからな。

 

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