第3話 梅雨(前編)

 梅雨に入ってから、しばらく経過した日のことだった。


「雨の降った日は、図書室で勉強するに限るよね」


 そう言ったのはのぞみだった。のぞみは図書委員として働いている。だからカウンターから動くことは出来ない。

 対して、僕の隣でずっとしかめっ面をしているのはひかりだった。ひかりと僕、そしてのぞみは宿題を片付けている。どうせ家に帰っても宿題をしないのなら、学校でやってしまった方が良いという結論に至った次第だ。

 ちなみに佳久は別の授業中に宿題を片付けてしまったようで(そんなことしている暇があるなら、ちゃんと授業を受けろという話だが)、僕達とは離れてしまっている。というか、彼自身、三人で仲良くしていれば良いだろ? と言ってしまってさっさと帰ってしまった訳だけれど。


「あーあ、全然宿題終わんないや」


 ひかりがそう言って背伸びした。

 テーブルに乗っかっていた……その、何というか……おっぱいがぶるんと震えるのを見てしまった。

 咄嗟に顔を背けたけれど、ひかりには全てお見通しだったようで――。


「うん? 何々? どうして顔を背けたのかな?」

「何だよ、ひかり。べたべたくっつくな……!」


 むぎゅむぎゅ、とおっぱいがぶつかってくるのが腕に伝わってくる。

 お前、わざとだろ……! と言いたかったのだが、それよりも先に、


「ちょっとお姉ちゃん! 何しているのよ!」


 のぞみが僕とひかりの距離に物申したいようだった。

 ってか、普通に考えれば物申したいのも当然といえば当然か。勉強しているようには見えないもんな……。


「お姉ちゃんばかりずるい! 私も隣で勉強させろ!」

「いや、そうなるか普通!?」


 僕は思わず声を上げてしまっていた。

 だって考えられないだろ。普通、そこで来たら距離が近すぎるだのちゃんと勉強しろだの御託を言うのが普通じゃないか。

 しかしそこで、私もずるいから混ぜろという話になるのはちょっとお門違いなような気がしてならない。

 出来ればこの場から早く逃れたかったのだが――それよりも先に、僕のスマートフォンがぶるると震えた。


「ちょっとごめん、電話が鳴ったようで」


 そう言って僕はひかりから離れて、図書室を出る。

 電話――正確にはLINEの電話機能を使った電話だったのだが――の相手は、神ガラムドからだった。


「何だ、お前か」

『何だ、お前かというのは神に対して失礼だと思うのですよー? ボリボリ』

「おい、お前何食いながら電話しているんだ」

『煎餅ですよ、煎餅。日本人が生み出したお菓子の一つとも言えるでしょうよ。……それよりもあなた、今ラブコメから逃げようとしましたね?』

「お前の部屋にはどでかいモニターでも設置されてんのか!?」

『そりゃ神ですからね。人間を監視するなんて容易いことですよ』

「てめえ……。人のプライバシーを何だと思っていやがる」

『それよりも、あなたはラブコメ世界から逃げようとしましたね?』


 再び、ガラムドがそれに対して追求し出す。


『駄目ですよ、駄目ですよそんなことしちゃあ。あなた、何をしなくちゃいけないのか分かっていますか? ラブコメな世界を作り出すことですよ。そうしないとこの世界は別の世界のバックアップと化してあなたの存在も全てなくなってしまうんですよ。それで良いなら良いですけれど』

「いやいや……。神なら何かアドバイスとかないのかよ? この世界をラブコメな世界にしたいなら、もっと何か言いたいこととかないのか?」

『うーん、そうも言っていられないんですよね。何せ神ってあんまり干渉しちゃいけないというか何というか。そもそもこの間の奴だって特例中の特例なんですよねー。それって分かっていましたか?』


 いや、知らねえけれど。


「知らねえよ、そんなこと。それよりも何かアドバイスはないのかよ?」

『うーん、そんなこと言われましてもね……。もっと二人との距離を縮めればどうですか? もっともこの世界って重婚とか認められていないので、最終的にはどちらかを選ばないといけない訳なんですけれど』

「いやいや、そういう訳にもいかないだろ。二人には二人なりの相手が居てしかりじゃないのか?」

『そう言いたいところなんですけれど……。どうします? ライバルキャラとか要ります?』

「作れんの!? いや、神様だから作れるのかもしれないけれど……」

『作れますよー。そりゃちゃっちゃとね。既存のキャラを上手くそちらに誘導したり、それとも新規でキャラを作成したりとか』

「RPGツクールじゃねえんだから……」

『え? 何か言いました? ズズズ』

「てめえ今明らかに何か飲んだ音したな! ラブコメな世界にしておきたいと言っておきながら言うべきことは適当かよ!? それで良いのか神様!」

『良いんですよ、神ってのはこれぐらい適当であるのがしかるべき神なのです。もっとも、マルチバースではありながら神というのは私一人なので、管理するのがとても面倒なんですけれど。私だって時間をあまりかけたくないんですよ。分かります?』

「いやいや……。だったら、最初からこの世界をラブコメな世界にしたいって言うなら、別の主人公を設ければ良かったじゃねえか。わざわざ僕を主人公にすることに何の意味があるんだ?」

『そりゃもうサイコロで』

「適当だなてめえ! もう電話切るぞ。待たせる訳にもいかないしな」

『ちょっと待って! それで電話を切られると神としての威厳がなくなるからせめてアドバイスだけさせて!』

「アドバイスって何だよ……。分かった、それだけ聞いてやる。聞くだけだぞ、実践するかはそれからだ」

『何で神に対してそんな偉そうなんですかね、あなた……。まあ、良いです。アドバイスについて簡単に説明してあげましょう』


 どうしてここまで上から目線なのか。

 あ、神様だからか。

 僕はそんなことを考えながら神様の言葉に耳を傾けていた。

 これぞいわゆる『神頼み』である。


『……良いですか? 女子というのは、男子のかっこいい台詞に胸をときめかせるものです! ですから、そういう台詞を呟けば良いのですよっ!』

「言うんじゃなくて、『呟く』?」

『ぽつりと、吐き捨てるように呟くのが女子のトレンドですよっ、トレンドっ!』


 何だかさっきからガラムドの様子がおかしい。

 僕は耳を傾けながら、若干そのテンションにうざさを感じさせていた。

 

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