第2話 ラブコメ世界と神参上

「いろいろ考えたんだけれど、やっぱり二人がべったりくっついているのがさっぱり分からないんだよな」

「何それ、俺達もてない人間に対する嫌味か?」


 男子の花園、男子トイレ。

 いや、花園って何だよ。

 そこで僕と佳久は会話をしていた。

 会話の内容は勿論、最近いちゃつきだしたあの二人についてだった。


「……で? お前の考えはどうなんだよ。急に二人がべったりくっつきだしたことが、何か問題なのか?」

「問題、って程でもないけれど……。ただ、ちょっと気になる、というか」

「気になるというなら、はっきり二人に聞いてみれば良いじゃないか」

「そんなこと、出来る訳ないだろ。二人に『何でくっついているのか?』なんて言えるか? 僕は言えないね、そんなこと」

「……そうだったら、今の状況を甘んじて受け入れれば良いんじゃねーの? お前がどういう考えで生きているかは分からないけれどさ。やっぱりこういうのって、あって当たり前って思わない方が良いんだよ。分かるか?」

「確かに。そりゃ、そうかもしれないね……」

「そういうこった。……さて、授業ももうすぐ始まるし、急いで教室に戻るぞ」


 そう言って、僕達は教室に戻っていった。

 ただそれだけの話だった。

 それから、それといったことが特に起きることなく、進んでいった。強いて言えば、昼休みに二人がお互いに食事を食べさせてきたぐらいだったか。何というか、食べづらいったらありゃしなかった。どうしてこんな風になってしまったのか、もし神様とやらが居るのなら聞いておきたいぐらいだった。

 そんなこんなで放課後。図書委員ののぞみと陸上部のひかりは一緒に帰ることは出来ない。結果的に僕は一人で帰ることに相成るのだった。


「今日も大変だったな……」


 僕はそんなことを考えながら、道をとぼとぼと歩いていた。

 まだ太陽は高い位置にある。そういえばもうすぐ梅雨が始まるんだったっけな。梅雨が過ぎたら、憂鬱な気分になるな――何せ出歩くことが出来ないというか、やりたくなくなる訳だし。まあ、元々出歩きたくない章分だからそこについてはどうだって良いのかもしれないけれど。しかしながら、嘉神シスターズが付きまとう日々を考えると――僕は少し面倒だなと思うしかなかったのであった。


「そこのおぬし、何を考えておるのだ」


 言葉を聞いて、僕は振り返った。

 そこに立っていたのは、白い和服姿の女性だった。……って、何でこんなところに?


「こんなところに、こんな美貌の女性が居るということが不思議で仕方ないのだろう。ああ、そう思うに違いない!」


 自分で『こんな美貌』って言うか? 普通。


「……あんた誰ですか? 警察に電話しますよ?」


 スマートフォンを取り出しつつ、言う僕。


「ちょっと待って! 警察に電話するのだけは辞めて! 私が捕まるといろいろと大変だから! せめて話だけ聞いていって!」

「……見るからに怪しい人ですけれど。分かりました。話だけでも聞いていきますか」


 誰かにこの光景を見られていないか――と辺りをキョロキョロ見渡しながら、その女性に近づく僕。


「あ、安心して。人払いの魔法をかけているから、誰かがやって来る様子はないので。それぐらいあなたに伝えたいことが重要なこと、ってことだからね」

「人払い? 魔法?」

「魔法については、今はとやかく言うつもりはないわ。……とにかく、今はこの世界について簡単に説明しなくてはなりません。この世界はどういう世界か、分かっていますか?」

「いいえ、全然。……というか、そういうのを一番知っているのが神様なんじゃないですか?」

「神様だろうが何だろうが、知っていることも知らないことも多いのですよ。神様が世界の全てを掌握出来ているなら、神様が世界の全てをコントロール出来ているのなら、……そんな簡単に世界が進む訳でもない。それぐらい分かっている話でしょう? 世界の末端、一住人であるあなたですら」

「そうなんですか。……で、その神様がどうして話を僕に持ちかけてきたんですか?」

「そうそう。それなんですよ」


 彼女は手を合わせて、話を続ける。


「この世界は――ラブコメで出来ているんです」

「……は?」


 突然何を言い出すのだ、この神様とやらは。


「私の名前はガラムド。さっきも言った通り、この世界の神様を務めています。そして、この世界をどうするかは……私の一存によって決められています。そして、この世界をどうするか……答えは一目瞭然」


 びしっ、と指を立てるガラムド。

 何を言い出すのか――僕はごくりと唾を飲み込んだ。


「この世界を――ラブコメにしてください!」

「……は?」

「……は? じゃないですよ。あんたはそれしか繰り返すことが出来ないのか、このポンコツが」

「ポンコツなのはそっちだろ、この唐変木! 突然何を言い出すかと思いきや……この世界をラブコメにしろ? いったいどういう理屈なんだよ。全然さっぱり分からねえよ!」

「いや、だから、私にもちゃんと考えがある訳でして……」

「おう。じゃあ聞かせて貰おうじゃないか。その考えとやらを」

「良いですか。世界は幾つも存在しています。『マルチバース』という考えですね。そして、その世界にはそれぞれ役割を担っています。それについて説明することは、今は省きますが……、必要性がなくなった世界は、徐々に別の世界の『バックアップ』として存在するようになります」

「バックアップ?」

「エネルギーを共通化し、最終的にはその世界が崩壊したときにバックアップの世界に往来出来るようにする。それがバックアップの役割です」

「……はあ、成程?」

「全然分かっていないような感じですけれど……。まあ、良いです。この世界は、神の考えの結果、『ラブコメな世界』にすることが決められた、という訳です」

「その『ラブコメな世界』が意味分からないんですけれど……」

「ラブコメな世界というのは簡単なことですよ。ラブコメというジャンルに世界を塗りたくればいいのです!」

「いや、そういうことじゃなくて……」

「とにかく! あなたがラブコメな世界にこの世界を変えていかないと、この世界は崩壊してしまうんです! 単なるバックアップとしてその生涯を閉じたいですか!? 閉じたくないですよね!? 私だってそう思います。あなただってそう思うはずですよね?」

「だーっ、五月蠅い五月蠅い! 突然何を言い出すかと思いきや、ラブコメな世界にしろ? その主人公が僕ってことかよ? もっと他に適材が居たんじゃないのかよ?」

「えーと、それは……まあ、適当です」

「籤か何かで決めたとかじゃないだろうな……って適当かよ!」

「適当ですよ。そんなもん。神様だって暇じゃないんです。忙しい合間を縫って、世界の『主人公』を定めているんですから」

「いやいや、そういう訳じゃなくて……」


 やっぱり、全然理解できない。


「全然理解できなくても、やって貰わないと困るんです! 良いですか、あなたがこの世界を『ラブコメな世界』にしないと世界が消滅する! だからあなたには、ラブラブな環境を作って貰わないと困るんです。その前座は、既に作り上げているはずですが?」

「……まさか、嘉神シスターズが僕にべったりくっつくようになったのは、お前の仕業か?」

「お前と言うな、お前と! ……とにかく、前座としては最高のお膳立てだったでしょう?」

「何処がだよ。全然そんな役割果たしていねえよ。……で? その世界を消滅させたくないのは、確かに僕だって言えることだけれど……。どうすれば良い訳?」


 流石に自分が住んでいる世界を滅んで欲しいと思う人間は居やしない。

 僕だってそうだ。

 ガラムドは今までずっと暗い顔を浮かべていたのだけれど、それを聞いてぱっと顔が明るくなった。


「ありがとう! ありがとう! それじゃ、LINEのID交換してくれる?」

「LINE……まさかLINEでいろいろと連絡するとかいう訳じゃないだろうな」

「おっ、分かっているねえ。その通りだよ。LINEで私がラブコメな時になったら教えてあげる。助けることだって出来るよ。だから、ラブコメな世界を頑張って作り上げてね! それじゃ、私は忙しいからこの辺りで」


 LINEのIDを交換したら、ガラムドはさっさと何処かへ消えていってしまった。

 その直後、スマートフォンがぶるる、と震える。

 ガラムドからのLINEだった。LINEにはこう書かれていた。


『基本的にはいつ連絡してくれても構いませんよ? だって、飽きられたと思うと困るし!』


 ……お前、忙しいんじゃなかったのかよ。

 僕はそんなことを思いながら、スマートフォンを仕舞うのだった。


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