9話目

アンテノーラは謎の男に抱き抱えられたまま話しかける。


「すまない。手を煩わせた。」


アンテノーラはそう言うと男の手から離れその場で頭を下げる。


「仕方ないよ。まだ精霊も付いていないんだ。とは言え君をあそこまで追い詰める冒険者がいるなんてね。」


「全くもって異質な魔力だとは思ってがあれほどとは思っていなかったよ。異界から人型を何十体と召喚するなんて聞いたことも無い。」


「調べてみる必要がありそうだね。」


謎の男とアンテノーラは自分達の目的の新たな障害となりうる存在について考えながら何処かへ向かって走っていくのだった。


◾️◾️◾️


一方酒呑童子率いる鬼達もまた謎の男の去り際の攻撃により傷を受けていた。


「我らが居ながら主人の手を煩わせることになってしまうとは。この熊童子、最早腹を切るしか。」


「取れた首をみすみす逃し主人に迷惑をかけてしまう大失態。この首でなんとか。」


そう言って自身の身体に刀を向ける二人を酒呑童子はケラケラと愉快そうに笑う。


「そんなことより今は一旦黄泉に帰って戦の準備をしないと。」


酒呑童子の言葉を聞くと二人の鬼は刀を納める。


「つまりは全ての鬼に声をかけると。」


「もちろん。茨木や残りの四天王、それに温羅や土蜘蛛にも声をかけなきゃ。せっかくの大戦なんだから。」


酒呑童子の言葉に虎と呼ばれていた方の鬼がはしゃぎ出す。

熊童子もまた全身を力ませ戦を心待ちにするような態度をとる。

そんな二人を見た酒呑童子は左手を地面に当て黄泉への門を開く。

先の一撃で傷ついた鬼達を他の鬼達が門へと運び入れていく横で二人は酒呑童子に一本の刀を渡すとゆっくりと門の方へ歩いていく。


「次までに準備整えておいてね〜!」


二人は返事として刀を鳴らすと門を通り黄泉へと帰っていく。

酒呑童子は二人を最後に全ての鬼が帰ったことを確認すると門を閉め地面に寝転がる。


「疲れた〜!気づいたら日も暮れてきてるし、お腹空いた〜!」


酒呑童子がそう叫びながら転がっていると徐々に身体が崩れていく。


「えーもう時間切れ?いくらなんでも短すぎない?もっと頑張ってよ、一寿のバカ。」


酒呑童子は駄々をこねる子供の様に少しの間だけ闇堂を罵ると二人から受け取った刀を手に取る。

酒呑童子は残る魔力の全てを刀を握る手に込めるとそのまま崩れていく。


ーー闇堂が長い眠りから目を覚ますとそこはまた真っ白な精神世界であった。


「あ、起きた。元気?」


酒呑童子は戯けた感じで闇堂に声をかける。


「元気な訳ないだろ。人の身体で好き放題しやがって。」


闇堂が酒呑童子に文句を垂れる。


「とは言え結果的に命も助かったし身体も返ってきたし今回は感謝してるよ。」


闇堂が笑いかけると酒呑童子も楽しそうに笑い出す。

酒呑童子はクルクルと空中で何回か回ると闇堂に抱きつき囁く。


「ちょっと間だけ眠りにつくけど変なことしないでよ。」


そう言うと酒呑童子は闇堂にキスをして眠りだす。


「誰がするかよ。」


闇堂が寝ている酒呑童子を優しく身体から離すと精神世界が崩れていく。

と同時に先までの戦いで傷つき荒野のようになっている景色が見えてくる。

闇堂の精神が身体に戻ると同時に闇堂は酷い疲労感を感じその場に倒れこんだ。


――誰かに身体を揺すられる感覚と何処かで聞いた声で意識が戻る闇堂。

ゆっくりと目を開けるとそこにはアグノラとルイスが居た。


「アンタらは確か実験室に居た……。」


「えぇ、アグノラとルイスよ。」


闇堂が立ち上がろうとすると全身に激痛が入り転んでしまう。


「まだ安静にしておかないと。」


そう言うとアグノラは闇堂の胸の上に手を置き魔力を込め始める。


「身体が安らいでいく。これは?」


「回復魔術よ。それも最高位の。」


そんなアグノラの言葉を裏付けるように後ろでルイスが親指を立てる。


「それにしても相当無茶をしたわね。まぁあのアンテノーラが相手な以上は生き残ってるだけでも凄いんだけど。」


「見てたんですか?」


「あの惨状と魔力の残滓を見れば分かるわよ。特大魔術を使ったことやコキュートスが来たことも含めてね。」


「コキュートス?」


「あら?凄まじい冷気の魔力を使う男が来なかった?」


「あぁ……。そう言えば。」


闇堂はそう答えると酒呑童子に身体を貸して居た時の夢のようにボヤけた記憶を思い出す。


「本当は私たちがコキュートスの動きを止め切れたらよかったんだけどね。上手いこと逃げられちゃって。」


そんなアグノラの言葉にルイスも首を縦に振って同意を示す。


「とりあえずは貴方の仲間達まで無事に届けてあげないとね。」


そう言うとアグノラは更に強く手に魔力を込め闇堂の傷を癒していく。


「なぜここまでしてくれるんですか?」


闇堂の素朴な質問にアグノラは笑って答える。


「一人でも多く戦力が欲しいから。敵の幹部クラスと互角以上に戦える人材なんて中々居ないもの。」


そんなアグノラの言葉に闇堂は苦笑をする。


「そろそろ一応立てるくらいにはなったはずよ。」


そう言われ立ち上がろうとすると先のような痛みは無く多少はよろめくものの歩ける状態にはなっていた。


「ありがとうございます。」


そう言って闇堂が行こうとすると二人もまた出る準備をして立ち上がる。


「私たちもここでの用事は終わったし村まで着いていくわ。」


こうして三人が村まで下ると丁度グワルフとビスター、そして天光たちが乗った馬車が村に着いたところだった。


「あらあら、じゃあ私たちはここでお別れね。」


そう言うとアグノラは村から少し離れた方へ歩いていく。

ルイスもまたアグノラに着いて行こうとするが少し進んだところで何やら忘れ物を思い出したように戻ってくると闇堂に一振りの刀を渡す。

闇堂が受け取るとルイスは軽く会釈をしてすぐにアグノラを追っていく。

闇堂が見覚えの無い刀を一度抜いてみようとすると途端に身体の内側から闇の力が溢れ出しそうになる。


「酒呑のやろう。なんてもん置いていってんだよ。てかいつの間に盗んでやがった。」


それは酒呑童子を代表とする多くの鬼の力が封印された刀であった。

正確には現世での依り代となる肉体を失った鬼の魂が集まる刀であった。

闇堂はそれをもう片方の腰に持つと村へと歩いていく。

村では闇堂とアンテノーラの戦いが凄まじい影響を及ぼしていたらしく人々はその話題で持ちきりだった。


「昨日の夕暮れ時です。山から尋常じゃない魔力が感じられたので村人たちを神社に連れて行き皆で防護壁をはってました。」


闇堂が村長らしき人や神主らしき人たちがグワルフ達に状況の説明をしているのをこっそり見ていると突然魔力弾が飛んでくる。


「そこで聞き耳立ててるのは誰だ?死にたくなきゃ三秒以内にでてこい。」


ビスターが闇堂が隠れている方向に魔力を漲らせながら近づいてくる。

闇堂が急いで飛び出して叫ぶ。


「俺ですよ、俺。最近ギルドに入った闇堂です。」


「なんだ。生きてたのか、お前。」


ビスターは少し驚いた顔をするとすぐに笑みを浮かべ反対側で村人たちの話を聞いていたグワルフを呼ぶ。


「おいグワルフ!アンドウが見つかったぞ。」


「本当かい⁈」


グワルフは駆け足でやって来て闇堂を見つけると嬉しそうに抱きついてくる。


「生きてくれてて良かったよ。本当に良かった。相手がアンテノーラって聞いたからダメなんじゃ無いかと思ってたけど生きてくれてて良かった。」


グワルフは本当に嬉しそうに闇堂を抱きしめると天光達を呼ぶ。


「カズ!生きてたんだね!良かった〜。」


天光はそう言いながらグワルフと同じように抱きついてくる。

闇堂は照れくさそうに天光を離すと笑い出す。


「いやマジで生きてて良かったわ。今回ばかりはマジで死んだと思ったもん。」


嬉しそうに話しをする二人にイワンが勢いよく飛びついてくる。


「アンドウ!お前生きてたんだな!すげぇ奴だな、お前よ!」


全力で涙を流しながら喜ぶイワンの後ろからバルドルが美味しそうなご飯を持って出てくる。


「コイツ、少しでも早くアンドウを助けに戻らないとって叫んで凄い勢いで走ってなぁ。馬車に対して遅いって叫んで飛び降りて、馬車より早く走ってギルドに飛び込んでいったんだぜ。」


バルドルはそう言いながら大量の飯を地面に置くとその場に座り込みご飯の準備を始め出す。


「まぁとりあえずは新たな英雄、かのアンテノーラをも退けた大剣豪の誕生祝いでもしようや。」


バルドルは戯けた調子大声で笑いながら冗談を言いつつ六つのコップに飲み物を入れだす。

その間にイワンはビスターを呼んできており六人は村の端で宴会を始める。

宴会が始まって少しすると何処から聞いたのか、闇堂の活躍などを知った村人たちが昨日に闇堂たちが狩った猪で作った料理を運んできてくれ、気づけば村全体を巻き込んだ宴になっていた。


――宴は夜遅くまで続いたが、流石に疲れたのか村人や闇堂たちが片付けをしていると首飾りをくれた少年が友達を連れて闇堂と天光の前にやってくる。

闇堂が父親の仇を取れなかったことを少年に謝ろうとすると、少年はそれを遮るように闇堂に感謝の言葉を言い始める。

闇堂は逃してしまったのだからと言うが、少年は自分との約束を守ろうとして強大な敵に立ち向かってくれた事に感謝の言葉を告げるとすぐに大人に呼ばれて何処かへ走って行ってしまった。

そんな少年の背中を何処か寂しそうな目で見つめると、闇堂は笑いながら天光の肩に寄りかかる。


「俺が家族の仇の力を借りて戦ってた聞いたら少年はどんな顔をするんだろうな……。」


闇堂が天光に呟くと。


「分からないな。僕もまだどう反応すべきか分からないし。」


天光はそう言うと闇堂の肩を強く掴む。


「過去の過ちに囚われて今を見失うのも、過去の過ちを忘れて繰り返すのも。どっちもが悪だからね。」


「俺は過去に囚われたりはしない。けど忘れもしない。それでもいつか、いつの日にか俺が呑まれてしまったら。その時はお前が俺を止めてくれよな。」


闇堂は笑ってそう答えながら立ち上がると天光の手を掴んで立ち上がらせる。


「頼りにしてるぜ!」


闇堂は天光のお腹を軽く小突くと何処かへと村の方へと歩いていく。

天光はそんな闇堂の背中を少しの間だけ微笑んみながら見つめるとすぐに後を追って走っていった。




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