8話目

「君の力を見せてくれよ。」


そう言って斬りかかってくるアンテノーラの一撃をとっさに刀で受ける闇堂。

がしかし闇堂の身体に切り傷が出来る。


「鎌鼬か?」


闇堂は瞬時に距離を取りながら傷の原因を考える。

そんな闇堂の助太刀をしようとする三人に向けてアンテノーラが短剣を向ける。


「邪魔をするなら殺すよ。」


高校生の冗談とは違う地に足のついた殺意に臆してしまう天光。

そんな天光をかばうように前に立つイワンとバルドル。


「先に下山しといて。」


闇堂はそう言うと荷物から宝石を取り出しアンテノーラに投げつける。

アンテノーラがそれを短剣で弾こうとした瞬間に闇堂が刀で宝石ごと斬りつける。

挟まれた宝石は激しい光や音を伴って爆発し粉塵が巻き起こる。

アンテノーラが作った一瞬の隙に闇堂は三人に荷物と少しの言葉を託しもう一度刀を構える。


「あとでまた会おうな。」


そう言うと三人は山を急いで下っていく。

そんな三人に軽く手を振ると闇堂はアンテノーラに斬りかかる。


「まさかあんな小技を持ってるなんてね。ちょっと舐めてたよ。」


アンテノーラが闇堂の刀を弾くと同時に豹を向かわしてくる。

闇堂はそれをいなすと魔力弾で牽制をしようとするがアンテノーラの周りを囲む風の障壁によって弾かれる。


「別に君の仲間達を殺す気なんてなかったけど逃げられると追いたくなっちゃうよね。」


アンテノーラが笑いながら距離を詰めてくる。


「追おうとしたら背中をぶっ刺す。」


闇堂が刀を構えながらそう言い放つとアンテノーラが嬉しそうに笑う。


「まだまだ青い。けどいい目と魔力だね。」


そう言うとアンテノーラの豹が崩れていく。


「ちょっとだけ魔力を上げようかな。」


そう言うとアンテノーラを覆う魔力がより濃くなっていく。

アンテノーラが指を鳴らすと突然闇堂の足元から豹が飛び出してくる。

闇堂がとっさにそれをいなしたために生まれた隙にアンテノーラが斬りつけてくる。


「私の力を使っちゃおうよ。」


周囲が突然白に染まり酒呑童子を名乗る少女が

闇堂の前に現れる。


「もしかして俺死んだ?」


「死にそうだったから身体を一旦奪った。」


「マジ?」


「とはいえ封もあるしちょっとキツいんだよね。」


「でも名前呼んだらまた昔の二の舞だしなぁ。」


「死なれたら困るからしないよ。」


「信用ならね〜。けど頼るしか無いしなぁ。」


二人はまるで世間話をするかの様に話をしていた。


「まぁ死ぬよりはマシか。最悪また天光が止めてくれるでしょ。」


闇堂がそう言うと精神世界が崩れ出す。

と同時にアンテノーラと斬り合っている自分が見えてくる。


「じゃあ隙を作るからよろしくね。」


少女がそう言うと突然アンテノーラの身体が大きく吹き飛ぶ。

その隙に闇堂の意識が身体に戻る。

身体に意識が戻った瞬間に闇堂は刀を構えるとゆっくりと息を吐きながら詠唱をする。


『食らいつくせよ酒呑童子』


闇堂が詠唱をすると同時に先までとは比べものにならない魔力が周囲を黒く染めていく。

それと同時に闇堂の背中のタトゥーが手足の先まで広がっていく。


「まさかこれほどとは思ってなかったよ。」


アンテノーラは喜びに満ちた顔で闇堂を見つめる。


「加減は出来無いぞ。」


闇堂はそう言うと先までとは段違いの速さでアンテノーラとの距離を詰める。

アンテノーラも何とか反応はするが体勢が悪いため闇堂の一撃を弾ききれない。


「最高だ。最高だよ。」


アンテノーラは嬉しさのあまり声を裏返して叫ぶ。

アンテノーラは地面を強く踏み込むと同時に詠唱を行う。


『魔風壁』


アンテノーラの詠唱が終わるや否や魔力の風が壁となって二人を包み込んでいく。


「さぁ一緒に踊り明かそうじゃないか。僕らの命が尽きるまで。」


そう言うとアンテノーラも魔力を全開にしていく。


『瓊琴が告げしは天の宣り言。主に殉ずるは騎士の誉れ。ならば私は刃となろう。己を捨てよ。

〈ラ・スパーダ・デル・カヴァリエーレ〉』


アンテノーラの短剣から眩い光が放たれるに合わせてアンテノーラの魔力の質が変わっていく。

神に殉じるものとしての、いや神そのものであるかの様な洗練された魔力は、その厳かなる姿を見せつけるかの如く闇に呑まれた周囲の木々や草花を散らしていく。

魔力を帯びた短剣もまた神々しい輝きと共にその姿を大きく変える。

膨大な魔力によって変質を遂げた短剣は今にも溢れ出そうな魔力を翡翠に輝く姿に落とし込んだ一本の剣となっていった。

魔力の具現化による翡翠の輝きは剣だけでなくアンテノーラの身に纏う全ての物に影響を及ぼしており、その姿はまさしく森林の覇者であるエルフの中で英雄と言われた男のものであった。


「さぁ神の赴きのままに刃を、心を交えよう。」


そこからどれほどの時間が経ったのだろうか。実際にはものの一時間にも満たない、だが中の二人には永劫の時にも感じられる濃い時間。

まるでそれは互いに恋する男女の初夜の如き輝きすら放っていた。

高いレベルで拮抗した実力を持つ二人。

内に眠る鬼の力を、記憶を限界まで引き出した闇堂とエルフとして産まれてから数百年もの時を鍛錬と実践に費やしたアンテノーラ。

互いに技を一度見せれば二度目は無い。

争いの中で新たな技を生んでは潰され、また創り出す。

二人は最早自分たちが世界の創造主であるかの様な万能感すら感じていた。


だがそんな美しい時間も終わりを告げようとしていた。


「なんと甘美なことだろう。」


アンテノーラは目を潤ませ肩を震わせながら闇堂へと語りかける。


「祖国を裏切った時でさえ僕をここまで震えさせることは無かったのに。君は一人で僕とここまでやり合っている。最高だ。」


アンテノーラは語りを終えると魔風壁を解き残っている魔力の全てを翡翠の剣に込めていく。

闇堂も次の一撃が最後の一撃となることを理解し刀に持てる魔力の全てを込めていく。


『永遠に儚き我が生涯。生きて逝きての堂々巡り。嘆き叫ぶは世の理。這って呪うは我が無力。主よ力を。我に力を与え給え。敗者に救いを与え給え。〈グロリア・デル・ペルダンテ〉』


詠唱が終わるとアンテノーラの魔力が神々しさを失っていく。

英雄としての姿を捨て一匹の闇に堕ちた獣となっていく。

剣に宿りし魔力は嘆き叫ぶ亡者の群れと化し闇堂へと迫り来る。


闇堂もまたアンテノーラの詠唱に合わせて魔力を最大限まで高めていると意識が精神世界へと飛んでいく。


「おい酒呑。このままじゃヤバいと思うんだけど。なんか必殺技とか教えろよ。」


「じゃあもっと深く私を求めてよ。私に恋焦がれてよ。たとえ私自身では無いにしても。」


「こんな時に急にメンヘラみたいになるとかある?それはエグいやろ。」


精神世界での二人はいつもの調子で会話している。

少女は宙を舞いながら楽しそうに笑って言う。


「こんな子が好きって前に言ってたからヤル気出るかなって思って。」


「いやタイミング悪過ぎるでしょ。でなんか技とかある?」


「同化が足りないかな〜。」


少女がそう言うと闇堂が心底嫌そうな顔をする。


「いやこれ以上は流石にヤバイでしょ。お前にガチで乗っ取られちゃうじゃん。」


「でもやらなきゃ死ぬよ。」


「はぁ……。悪りぃ天光。後はよろしくな。」


闇堂がそう呟いて決心をすると少女は闇堂に抱きつき深くキスをする。

口を通じて最強の鬼と言われる酒呑童子の魔力が流れ込むと同時に闇堂の全身に魔力の回路が生まれ魔力が全身を駆け巡っていく。。

手足まで広がっていたタトゥーは遂に顔にまで到達しており目にも紋様が浮かび上がる。

キスを終えると酒呑童子は闇堂の耳元で囁きかける。


「感謝して私を愛してね。」


「それは無い。」


闇堂がそう言い切ると精神世界が崩れ意識が現実へと帰ってくる。

目の前ではアンテノーラが魔力を一点に集中させ詠唱をしているところであった。


『鬼とは陰より出でるもの。昏き底より出でるもの。畏怖し讃えよ。我が名は酒呑童子。』


詠唱が終わるが早いか闇堂の全身が完全に闇に呑まれていく。

やがて闇は何かの形をとっていく。

闇は背丈は闇堂よりも一回り小さく額には角が生えた少女になっていく。

一見すると小ぶりになって弱そうになった姿とは一転して内包する魔力と殺意は闇堂の身体を依り代にしていた時とは桁違いであった。


「次の現界にはタピオカを飲んでみたいと思ってたのに。この世界にタピオカってあるのかな。」


酒呑童子は眼前のアンテノーラなど気にもかけない様子で少しぼやくと右の手のひらを天に向ける。

と同時にアンテノーラの詠唱が終わり特大魔術が酒呑童子に向かってくる。


『唸れ大蛇よ。万物、そのことごとくを喰らい呑みこめ。』


酒呑童子が詠唱を終え手を振り下ろすと地面から大蛇が現れアンテノーラの特大魔術に向かっていく。

大蛇は大きく口を開けそれを飲み込む。

がやはり特大魔術の威力は凄まじく大蛇の身体は内側から風化し崩れていく。

それを見た酒呑童子は続けて何匹か大蛇を召喚しそれを一つの球の様に固めていく。


「まだだ。もっと力を。」


アンテノーラが全身に力を入れ雄叫びを上げる。と特大魔術はさらに勢いを増し大蛇の塊を崩していく。

酒呑童子も大蛇を次々に召喚していくが徐々に押されていき今にも大蛇の塊は突破されそうであった。

がそこで酒呑童子が不敵に笑いだす。


「久々だから時間かかっちゃった。」


そう酒呑童子が言うと突然左手から足元にかけて光が放たれ出す。


「さぁ出ておいで。私の百鬼夜行。」


酒呑童子の呼びかけに応じるかのように光は輝きを増していく。

光が増すにつれて足元から大勢の魔力が湧き出てくる。


「何かする前に叩き潰してくれる。」


アンテノーラが最後の力を振り絞るために叫ぶと特大魔術は大蛇の塊を貫き酒呑童子へと向かっていく。

特大魔術が今にも酒呑童子に当たろうとしたその時、二つの影がそれを切り裂く。


「なんだ⁈」


アンテノーラが驚愕の声と共に二つの影に目を向けるとそこには二人の男が刀を構えて立っていた。

片方は二十代半ばくらいの見た目で二本の刀を手に持っており、もう片方の男はちょうど還暦を迎えたくらいの見た目で自分の背丈を超えた大剣を構えていた。

またその二人は共に額には鬼である証拠の角が生えていた。


「ワザとギリギリまで切るのを渋ったよね?酷くない?守るべき主だよ?」


酒呑童子がワザとらしくほおを膨らまして文句を言うのを無視して若い方の男が口を開く。


「久々の戦だと思って来てみたら相手は死にかけのヒョロ男が一人。今から自害して地獄に帰ろっかな。」


そう言うと男はその場に座り込んで腹に刀を向ける。


「主人の前でふざけた態度をしよって。そんなに死にたいのなら儂がその首を叩っ斬ってやろうか。二度と帰ってこんように封印付きで。」


「あ?テメーのその老いた身体で斬れると思ってんのかヨ?それとも遂にボケたか?」


「そうかそうか。そんなに儂とやりたいか、餓鬼が。昔の様に力の差を分からせてやろう。」


酒呑童子もアンテノーラも無視して喧嘩を始めようとする二人に向けてアンテノーラが怒号を上げる。


「貴様らふざけてるのか!喧嘩なら余所でやれ!」


そんなアンテノーラに向けて二人の鬼はろくに見向きもせずに言い放つ。


「んだよ、負け犬野郎が。吠える犬は躾すんぞ。」


「お主と我らが主人との間の勝敗はもはや決したのだから黙っておれ。」


辛辣な鬼の言葉にアンテノーラは言い返せず俯く。

そんなやり取りを見ていた酒呑童子が突然笑い出す。


「昔に戻ったみたい。このまま久しぶりの天下取りでもしちゃおっか。」


そんな酒呑童子の言葉を聞いた二人の鬼は目を輝かせる。


「戦やるんすか。やっちゃうんすか。」


「また共に戦場を駆けれるのですか。」


そんな二人の興奮に呼応するかの様に酒呑童子の足元の穴からワラワラと鬼達が出てこようとしだす。


「とりあえず手初めにこの犬の首とっちゃいますか。」


そう言って若い方の鬼がアンテノーラの首に刀を向ける。

穴から這い出てきた鬼たちがコールを始める。


「虎さんの〜ちょっといいとこ見てみたい!」


コールを受けた鬼は意気揚々とアンテノーラの頭を掴み掲げると首を斬り落とそうする。

虎と呼ばれた鬼の刀がアンテノーラの首を今にも斬ろうとした時、突然周囲に凄まじい冷気を纏った風が吹いた。

と同時に先まで鬼が掴んでいたはずのアンテノーラがどこかへ消えており、代わりに一人の男がそこに立っていた。

鬼が反射的に男に斬りかかろうとするが早いか酒呑童子が叫ぶ。


「離れて!」


その言葉が聞こえるが早いか鬼は手に持っていた刀を投げつけ距離を取る。

刀が男に触れた途端に氷漬けになり砕け散る。


「そこだ!」


男に向けて老いた鬼が後ろから斬りかかるが、やはり刀が男に触れた途端に凍ってしまう。

鬼は急いで刀から手を離し距離を取るが少し遅かったの右手の指が数本砕け散る。

男はまるで何事も無かったかの様に数歩だけ進むと淡々と話し出す。


「世界の異物が私の友達にいったい何をしてるのかな。君たちはそうまでして神の怒りを買いたいのかい。」


男の発する言葉の一つ一つに込められた魔力に当てられ弱い鬼たちが気絶していく。


「まぁ今日のところは少しの罰で許してあげよう。でも二度目は無いからね。」


そう言って男が指を鳴らすと凄まじい冷気が鬼たちを襲う。

あまりの冷気に弱い鬼はもちろんのこと、強い鬼たちも自身の身を守るのに力を使わざるを得ずアンテノーラと謎の男には逃げられてしまうのだった。

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