ネオンテトラとお稲荷様
カランカラン。
ドアに掛けられた鈴の音が店内に緩やかに響く。
「いらっしゃいませ、AQUA LinQsへようこそ」
私は定番の挨拶をし来店されたお客様を迎える。
「こんばんは、世那さん」
「おねえちゃん!こんばんは!」
深夜12時を少し過ぎた頃、やって来られたのは年配のご婦人に小さな女の子。
「こんばんは、
えへへ〜とトテトテと私の腰あたりに抱きつくルルちゃん。フワフワのポンチョにこれまたフワフワのブーツを履いて愛くるしい笑顔で見上げてくる。
「ふふふ、すっかり懐いてしまいましたね」
中司さんは穏やかな目をして私に抱きつくルルちゃんを眺めて店内を見渡す。
「あら、千影さんはいらっしゃらないのかしら?」
「あ、店長でしたら二階のほうに」
つい先ほどまでカウンターで紅茶を飲んでいたが、調べ物があるとかで二階に上がっている旨を伝える。
「急ぎでもありませんから、ゆっくりと待たせて頂くわね」
中司さんはそう言ってカウンターへと腰掛ける。
「紅茶でよろしかったでしょうか?」
ルルちゃんが店内巡回中のロビンを構いに行ったのを機にお茶を淹れにカウンターに入る。
「ええ、ありがとう」
少し会釈をすると中司さんの頭の上の耳がフサフサと揺れる。
同じようにルルちゃんの頭にフワフワの耳がある。
このお店の変わったところ。
そう、来店されるお客様は大抵が人ではないのだ。
……と言ってもオバケや幽霊の類いではなく……祀神や付喪神といった日本古来の神様方なのだ。
今目の前で上品に紅茶を飲んでいる中司さん、名を"
俗に言うお稲荷様なんだって。
世界の移ろいと共に神様の在り方も変わったそうだ、昔は道端の道祖神様にもお供えをしたり地蔵盆などもあったのだけど、それも今は昔。
それならばと神様方も自由にすることにしたらしい。
ロビンに跨がって店内をぐるぐると回っている小さなお稲荷様を見て、なるほどと頷かざる得ない。
「それで中司さんは今日は何かお買い求めですか?」
私同様、小さなお稲荷様を目を細めて眺めていた中司さんに尋ねてみる。
「ええ、あの子が自分で育ててみたいって言うものだから……育てやすくて可愛いお魚がいないか聞きにきたのよ」
店長が言うには最近、地の神様の間で熱帯魚を飼うのが流行っているらしい。
「う〜ん、私じゃお役に立ちそうもないです」
勤めだしてから確かに熱帯魚に関する知識は増えたがまだまだ人様に──この場合は神様かな──披露するほどではない。
「じゃあ僕が見繕ってあげようかな」
「え?あっ店長」
いつのまにかカウンターの端の席に店長が座って紅茶を傾けている。
「お願い出来ます?」
「もちろんですよ」
店長はそう言ってロビンに跨がっていたルルちゃんをひょいと抱き上げて肩車をする。
「わぁい!たかいたかい〜!」
ひしっと店長の頭につかまり大喜び。
「よぉし!ルルちゃんはどんなお魚さんが好きなのかな?」
「う〜んとね、あのね、きらきらでかわいいの!」
「キラキラで可愛いのかぁ」
ルルちゃんを肩車して店内をぐるぐると回る店長。
きゃっきゃきゃっきゃと可愛らしい声と店長の笑い声が店内を駆け巡る。
「あらあら、どちらが子供かわからないわね」
「はい、本当に」
ひとしきり店内をぐるぐるした後、店長はひとつの水槽ね前にルルちゃんを案内した。
『ネオンテトラ』
水槽には丸い字でそう書かれたフダが貼ってある。
「わぁきらきらがいっぱいだぁ!」
ぺたっと水槽に顔を押し当てるルルちゃん。きらきらなのは熱帯魚もだけどそれを見る小さなお稲荷様の目もキラキラだ。
「さて、じゃあ世那くん。ネオンテトラについて簡単に説明してもらえるかな?」
「はい、えっと……ネオンテトラはアマゾン川原産のカラシン科の観賞魚ですね。発見は……え〜っと「1936年だね」です。比較的飼いやすくて小型の水槽でも飼えますしアクアリウムにピッタリです」
「うん、良く勉強してるね」
ふぅ、ギリセーフ。
「中司さんのとこの水槽は下部濾過を使ってたから水草水槽にして入れてあげるとキレイだと思います」
「ふふふ、ルルもお気に入りみたいね」
ルルちゃんは水槽に張り付いたまま楽しそうに眺めている。
ふさふさの小さな尻尾があっちへぶんぶん、こっちへぶんぶんと忙しなく行ったり来たり。
「観賞魚としては飼いやすいですが水質に敏感なのと病気に若干かかりやすいので気をつけてあげて下さい」
「ええ、その辺りは大丈夫ですわ」
「ああ、そうでしたね。ディスカスを飼っていらっしゃるのでした」
中司さんは地の神様の間ではディスカスを沢山飼っていることで有名なのだとか、店長が言うには繁殖までしているそうだ。
因みにディスカスとは熱帯魚の王様と言われる観賞魚でこの「AQUA LinQs」でもかなりの種類が扱われている。
ディスカスについてはまたその内ご紹介するとして……
店長がネオンテトラを酸素を入れた袋に入れルルちゃんに手渡す。
「えへへ〜お魚さん、きらきら〜」
「良かったわね」
「うん!」
キラキラのネオンテトラが入った袋を嬉しくて仕方ないといった風に大事に抱え中司さんに手を引かれ帰っていく小さなお稲荷様。
「ばいば〜い!」
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
カランカランと鈴の音が鳴りパタンと扉がしまる。
「ルルちゃん、大喜びでしたね」
「うん、きっと大切に育ててくれるよ」
2人を見送りカウンターで紅茶を傾けルルちゃんの弾ける笑顔を思い出しおもわず頬が緩む。
「さてと、じゃあ僕は二階にいるからお客さんが来たらよろしくね」
「はい」
深夜1時のAQUA LinQs。
淡い青色の光に包まれた店内をロビンがのんびりのんびりと巡回している。
さてさて……次はどんなお客さんが来るのかしら?
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