第11式 白赤の残滓

 松明が焚かれ、即席で作られたベッドや椅子には大小様々な怪我人達。その側を忙しなく駆け回るシスターや市民達を尻目に、カイネとリーゼは再び獣蔓延る街に行かんと駆けだしていた。

「カイネさん、あの男の場所は探知できるのですか?」

「出来ない事は無いが、本当に凡そだ。開けた場所ならまだしも、建物の多い街中では奇襲が厄介だ。それも獣に囲まれた状態でなら尚更」

「では、大体の位置の把握は可能、と考えて?」

「ああ……どうするつもりだ?」

「奇襲や入り組んだ場所での戦闘に不安を抱くのなら、それらの物事に該当しない場所に――――例えば上に行けばいいのです」

「…………あぁ、なるほど」

 カイネが頷く。リーゼが言う上という言葉が何を指しているのかを即座に理解した次の瞬間、足元から紫電が奔り、カイネとリーゼの前方の地面が隆起しはじめる。それはやや傾斜はありながらもなだらかな坂を作り、側に建てられていた建物の一つの屋根の付近まで伸びていった。

「これは……」

「外壁の突起物を足場に上ることもできるが、先行する、それも素性も弄する策もわからない敵がいる以上人工環境物を安易に使うのは得策じゃない。そう言う場合の錬金術だ」

「汎用性の効く能力が少し羨ましく思います――――っね」

「ふっ」

 リーゼは先を急ぐように、少しでも敵との距離を詰めたい気持ちが走り、坂の始点の先にある傾斜へ飛び、一気に屋根上へと駆け上がる。カイネもそれに続き、足元に雷電を迸らせながら加速度的に速度を上げながら駆ける。神力による身体強化によって人間の能力を超えた速度の走力に、カイネも並走する。音を置き去り、闇夜を駆ける二つの影は跳躍を繰り返し、炎の上がる街を巡る。

「どうです」

「そろそろ近い。武装を展開してくれ」

「――――なるほど、接近しているのがわかりやすいですね」

 二人の足が止まる。勢いを殺すために踏ん張る足場の瓦が捲れ上がるのも気にせずにいる二人の眼前には、荒い息を吐き出す、先程街を蹂躙していた獣よりも大柄な超弦人形が数匹居た。

 唾液が滴り落ちる口元を隠すことなく、粗雑な殺意を向ける獣達を見てリーゼは嘆息する。呆れ、と言うよりは辟易。獣を相手にすることが苦手である事は無いが、しかし人間とは違う四足による変則的な行動、獣特有の強靭な筋肉から生まれる瞬発力に加え、賢者の石によって強化された生体。今までの魔獣とは比にならないと理解しているが、敵自ら、それも賢者の石によって自在に生命を生み出し強化できる存在が今も傍にいるかもしれない。戦闘経験のあるリーゼであっても、油断が命取りとなるのを彼女は分かっていた。

「出てきたらどうだ、アウレオルス。お前との追いかけっこに付き合うほど、今は暇を持て余していない」

 その声には低く、普段発する低音でありながらも何処か優しさのある声色ではなかった。何処までも敵意と殺意が混じるそれに応えるように、超弦人形達の奥、暗闇の影から湧き出るように赤褐色の男が現れた。

「どうもお前の力量を過少に聞いていたみたいだなァ。まさかここまで探知能力が利くとは思わなかったぜ」

「御託はいい、質問に答えろ」

「そいつは周りの人形を全部破壊してからだな。俺としても、そこの嬢ちゃんはともかくお前には話す事が多い。丁度良いや、シスターの嬢ちゃん。お前こいつらの遊び相手になってくれねぇか?」

「ふざけたことを――――」

「リーゼ」

 挑発に激昂し胸元のロザリオを引き抜こうとするリーゼの前に、静止する様にカイネの手が上がる。不思議そうな表情で顔を覗くリーゼを他所に、カイネはアウレオルスの方を見たまま答える。

「一つ聞く、お前の話は彼女がここに居ては不都合な話なのか?」

「別に、俺の気まぐれな提案だ」

「そうか」

 そう言い、直後だった。音が静止したような感覚に、リーゼもアウレオルスも陥った。超弦人形の獣達は十数体。完全な臨戦態勢のまま、低い姿勢を保ちいつでも食い掛ることができる姿勢。アウレオルスは、そこからリーゼを獣の相手をさせ、万が一の場合でもカイネと一対一になる構図を作らんと画策していた。していた、が。それは徒労に終わった。

 アウレオルスが捉えた、カイネの足元を微かに奔る紫電。そして突如として、超弦人形たちそれぞれの個体の足元、瓦の敷かれた屋根から鋭い槍の様な物が生成された。それは一寸の違いも無く超弦人形一体一体を、脆弱性のある賢者の石ごと貫いていた。崩れ始める人形の獣の肉体。一体、また一体とその姿は消えていき、辺りには鋭利な突起物の群れが残るのみ。驚愕の表情を浮かべる二人とは対照的に、カイネは鋭い視線を発する顔を微動だにさせる事は無かった。

「――――想像以上だ、鐵の錬金術師。いいや、カイネ=トレストバニア! お前は俺達が思う以上にいい錬金術師に育ったなァ!!」

「……研鑽も結果もお前達のためのものじゃあない。不快な物言いは命取りだ」

「はっはは! こんなん見せられて興奮するなってか? 無理だね。賢者の石を使っていないにも関わらず俺でも感知に遅れた錬成速度、足と言う比較的精密操作が難しい末端部位からのエーテル供給、更には的確な賢者の石の探知・感知能力。やはりお前がそうだった!!」

 驚愕から喜悦の表情に変わるアウレオルスの興奮の様子に、カイネは苦い顔を、リーゼは惚けた顔を浮かべる。自身の能力を望まぬ形で称賛されたことに、あるいは発生した理由の分からない感情を前にした顔を見てもなお、赤褐色の髪の男は笑う。

「あの何考えてんだかわかんねぇ野郎の言葉は眉唾モンだと思ってたが、今回に関してはドンピシャだ。十一年前の仕込みが無駄にならなくてよかったぜ」

「――――十一年前?」

 肌を撫でる空気の温度が変わる。それは季節外れの冷気にも似た寒気。リーゼの鋭敏な本能が感じ取ったその寒気の発生源は、他でもない隣にいるカイネからだった。ゆっくりとそちらに顔を向ける。そこには、瞳孔が開き切り帯電する電気によってか浮き上がった灰白色の髪を揺らす男の姿。眼孔の中の眼は毛細血管が視認できるほど充血し、細身の刀を握る手元からは鉄か骨か、軋む音が響く。明らかな激昂、それも身体的変化まで伴う状況は明らかに異常だった。

「答えろ。何故十一年前と言った」

「ん? 十一年前は十一年前だからだよ」

「違う。十年以上前とでも何でも言える口で何故敢えて十一年前と、限定して俺に言った?」

「そりゃあまだ答える時じゃねぇから言わねぇよ。好きに推測しな、その自慢の脳でな」

「……………………わかった。お前に対しての私怨はたった今、暫定的に決定した」

「で?」

「リーゼ、手を出すな」

「は――――? 何を言って……」

「こいつは俺の手で直接、聞き出さないといけない情報を持っている」

 その言葉を合図に、カイネの姿が消える。遅れてリーゼの体に触れる衝撃の波は皮膚を撫で、髪を巻き上げる。それがカイネの高速での移動によって生じたものだと理解するまで僅かな時間を要した。

 鈍い輝きを放つ刀を袈裟斬りに振り下ろすカイネ。亜音速の切っ先はアウレオルスの首元から胴を裂く――――事は無かった。切っ先は確かに、正確にアウレオルスを狙い捉えていた。しかし、それに届くより早く、アウレオルスが生成した一対の石柱が足元から伸び、交錯しながら刀の進行を阻んだ。微かに刃は石を斬り、削った。それでも本体に届く事が無かった事実を、カイネは珍しく動揺した面持ちで目を見開いていた。

「驚く事かよ、尻の青い小僧が。それとも自分に斬れない物は無いって自信があったか?」

「その錬成速度、岩石圧縮率……それが賢者の石の力か……ッ!」

「なんだ、モノホンが如何程かは知らねぇのか。なら教えてやるよ――――これが『賢者の石』だ」

 迸る雷電が錬成時特有の反応であることをリーゼは既に知っており、カイネは言わずもがな。その反応が確認できてから錬成物は生成され、物体を形作っていく。それが普通であり、両者ともそれを知ったタイミングに違いはあれど共通に認識していた。

 しかし、アウレオルスが言葉を発した後に起こった雷電、もとい錬成反応による電気の発生は、錬成物と同じタイミングで放たれていた。

 僅かな差があった、という事でもない。全く同じタイミングで、だ。それがどれほど不可解で奇跡のような、それこそ賢者の石でもなければ不可能な事かを、脳が理解するよりも早くカイネは身を捩り、後退した。弾かれる様に下がったカイネはリーゼの隣へ戻る。視線を真っ直ぐ戻した先に居るアウレオルスの周囲には、コンマ数秒前にはなかった、氷柱のような物が空間上に固定されていた。

「カイネさん、出血が……!」

 その言葉を聞き、カイネが頭部に手をやる。粘着質で水分を含んだ音が聞こえ、手を目の前に戻せば鮮血に塗れた指があった。体を確認すると、至る所が皮膚を裂かれ、中には深いものなのかボタボタと決して少なくない血が垂れ流れていた。そうして初めて、カイネはアウレオルスからの攻撃を受け負傷したことに気が付いた。

「…………」

「爆発的な能力・エーテルの貯蔵量・変換効率の向上、知識不足状態の錬成行使、錬成速度の上昇に非接触での遠隔錬成行使。錬金術に関する一部の効果とは言え俺に埋め込まれているこの石は頗る有能極まりない。首を落とされても関係無しに再生できるんだから人間の叡智はスゲェよなァ?」

「行き過ぎた叡智は人を歪ませる。在り方を違えたお前に人間を説く筋は無い」

「未知への探求も不可解の解明も人間の業であり錬金術師としての宿業、性だ。それを否定するなんて馬鹿な真似をまさか錬金術師オマエが言うはずねえよな?」

「何人、使った?」

「さぁ? 三桁越えてからは覚えるのを止めたな。そっから先は誤差だ」

「っ!」

「そう怒んなよ、そっちの嬢ちゃんもな」

「……数多の人の生き血を絞り出し、屍の上で堂々と立ち己は不死身だと宣う輩を私は平静で見る事はできません! 主より授かり賜った力の全てを以て、この街と人々に仇なす貴方を必ず滅します」

「あれだろ? フィアルドの教えだったか。『正当な理由を以て武を行使した場合、自身か相手の死以外で武力行使を止める事』を禁ず、か……やだねぇ行き着く先は殺戮と言う結論を高尚な言葉でオブラートに包んでいる感じ。素直に初めから殺すと言っていた方がよほど素直だぜ?」

「黙りなさい! 主の教えを愚弄する事は許しません!!」

「リーゼ、もういい」

 激昂した熱が冷めぬままアウレオルスへと今にも飛び掛かりそうなリーゼの体を、カイネは腹部を抑え静止させる。思わぬ肌の感触に驚きと仄かな羞恥心からびくりと体を揺らしながら止まるリーゼの眼には、再び周囲に電気を弾かせ目を見開いている、数週間の付き合いの中で一度も目にした事の無い殺意だけを抱く表情が映る。

 リーゼ自身、アウレオルスへの憤怒の感情は並々ならぬものである。自身が庇護するべき人々を危険に晒し、それも聖人と言う立場でありながら一人の男の襲撃に後手に後手を重ねた現状。自分が例え目の前の男を行動不能にしようとも、止めを刺すことは現状不可能と言う無力感。今まで力を以てして自分の使命を遂行してきたリーゼにとって、不可能の言葉をまざまざと突きつけられ、あまつさえ人々が蹂躙されていく様を止められなかったことは、彼女にとって屈辱以外の何物でもなかった。彼女を育て、教育し、見守ってきてくれていた養父養母へ顔向けができないと、歯が鳴り削れるほどの激情を、彼女は抱いていた。

 だが、それと同じように。はたまた事情的にはそれより上かもしれない、カイネの虚の様な眼、表情、声色。まるで追い求め、しかし見つけることはできないと半ば諦めていた討ち滅ぼすべき宿敵を目の前にしたような、そんな表情。そこに一切の優しさは無く、温もりも無い。沸騰する血潮をどうにか抑えつけているとしか思えない低く震えた声は、今まで復讐や仇討に命を懸け、そして散っていった若き使徒の子供達を思い出させるもの。決定的に違うのは、彼は殺意を現実に現し実行できるだけの力がある事。あの日、初めて出会った日。初対面、女性、少女、聖女と推測できる服装。およそ不意打ちと言えども即座に敵意や殺意を向けるには不向きな出で立ちのそれを見ても、一切躊躇いも無く、即座に殺害を決定した彼ならば、あの男を倒すことができるかもしれない。

 しかし、リーゼはそれを許すつもりはなかった。

(今、この人を一人で戦わせてはいけない。不測の事態があることもそうだけれど、なにより放っておけば相手の思うつぼになる……気がする。私の直感が、そう言っている)

 リーゼは自分自身でも理解しているが、あまり頭を使った行動をしない。それは不得手だからとか好きではないからではなく、思考よりも先に単純に手が出てしまうためだ。致命的な阿呆という訳ではないが、知を用いるよりも早く武を行使してしまうケがある。無論それは彼女が信ずる教義的には問題は無いのだが、些か短絡的にもなりうるそれを度々養父母たちには注意されていた。

 だからこそ、彼女は脳ではない直感の選択を重要視する。戦いによって磨かれたその勘性が感じ取った危険、危惧。それらは決して無視できないと彼女は考えている。そして彼女は、彼を一人でこのまま戦わせるな、という本能的結論を感じ、心を落ち着けるために手元を軸にロザリオをくるりと回す。決意は定まり、ゆるりとカイネの隣、その少し前に立つ。

「何の真似だ、リーゼ」

 凡そ味方にかけるものではない声色。それを向けてくる時点でカイネが平静な精神でいないことはリーゼでも分かった。背中に受ける突き刺さる視線を敢えて無視し、カイネがエルシアにそうしたように、カイネを遮るようにロザリオを横へ持ち上げる。

「私も戦います」

「お前は街の中で救助活動をしろ。こいつは俺がやる」

「いいえ」

「いい加減に――――」

「いいえ、いいえ。私は一切退くつもりはありません。これが正しい行為だと、私の直感が告げているのですから」

「勝手な真似を……」

「勝手をしているのは貴方です!! 共に追い倒すとここまで来たのに、何をいきなり言うのですか!」

「…………」

 カイネはそこで口を噤む。先程まで冷静さを無言で求めていた自身が冷静さを欠いていた事実に閉口し、目を伏せる。リーゼの言葉で若干の冷静さを取り戻した脳で、敵の言葉に安易に乗ってしまっていた状況を理解し、震える喉を開いて深呼吸。嫌に冷えた空気を吸い、吐く。そうして染みる冷たさは、思考回路を適度にクールダウンさせた。

「ハッ! 隣に勘が鋭い仲間が居てよかったなぁカイネ君よォ!!」

「……目的は変わらない。奴を倒す。だが、殺害ではなく捕縛だ」

「聞きたいことがあるのですね?」

「俺自身が聞きたいこともある。そしてコイツの仲間を辿る手がかりも、コイツが犯した罪を裁く機会を設けることも必要だ」

「冷静になったようで何よりです。では……」

 カツン、とロザリオの先端が瓦を叩く。改めてカイネとリーゼの二人は隣り合い立ち、辺りで木々が燃えて爆ぜる音を背後に、視線は一転に注がれる。

 その視線を一身に受けるアウレオルスもまた、カイネとリーゼの姿を見据える。不敵な笑みのまま、懐から取り出したフォールディングナイフで手首を切り裂く。ボタボタと滴り落ちる血液は尋常ではない量。それが瓦屋根に落ち、そしてそれは一つの大きな影を携える巨躯のナニかへと変わっていった。

「気を付けろリーゼ、あれは核を破壊すれば殺せる半端なものじゃない」

「……えぇ、素人目からでも十二分にわかっています」

「その通り、コイツはあの狼擬きな獣の複製とは訳が違う。所謂精霊種を媒介にしたホムンクルス――――さて、幻想の存在に勝てるかな?」

「随分お喋りだなアウレオルス。種を明かすのが趣味なのか?」

「明かすってことはそれで覆される状況はもう過ぎたってことだよマヌケ。こいつを倒さない限り俺へは届かねぇぞ? さっさと戦えよ」

「……リーゼ」

「はい」

 臨戦態勢に入る二人の眼前にそびえる巨躯の影。それは体毛の一切ない白色の肌、人の目に似た一対の赤色の瞳、体躯は優に二メートルを超え、その全身、特に両腕は女性の胴回りほどもある筋肉質なものであり、正しく異形と呼べる風体だった。

 生気のない瞳が二人を捉える。その圧はカイネにもリーゼにも、アウレオルスを討ち取るための隙を一切与えない程の密度。張り詰める雰囲気を破ったのは、そのホムンクルスだった。

 姿が消える。強化した聖人の動体視力でも捉えきれなかった巨躯の行方は、二人の頭上にできた陰でようやく判明した。

「リーゼッ!!」

「ッ!?」

 リーゼの体に襲い来る鈍痛と横への運動エネルギー。強く弾かれ、よろけるようにリーゼが踏鞴を踏んだ瞬間、カイネの頭上に白いホムンクルスが刃上に変化させた腕を振り下ろしながら落下してきていた。咄嗟に手に持っていた刀を横に構え、頭上に持ち上げ防御姿勢に入る。

「ッ――――グ、ァ!」

 ともすれば背骨ごと圧し折られる勢いの振り下ろしに堪える。骨が軋む音を体内から感じながら押し返さんとする体からは、アドレナリン分泌によって促進されている血液供給増加からの夥しい鮮血が噴き出ていた。体表面に浮き上がる血管の数が、ホムンクルスの膂力の恐ろしさを示していた。

 それでもカイネの肉体も、刀も、決して折れることも曲がる事も無い。頑健に育て上げた肉体は有象無象の魔獣を遥かに凌駕する力に耐え、カイネ自身が長い年月をかけて幾度も幾度も鍛え上げた刀は、刃こぼれすらも起こさない。

 が、足場となる屋根が伝播する圧力に耐えられるかどうかは別の話だった。

「ッ!?」

「カイネさん!!」

 突如崩れ落ちる屋根。否、軋む音は聞こえていた。だがそれが聴こえている事と、適切な対処を取ることができる事が同時に行われるには、第三の要素があまりにも強すぎた。

 激しい音を響かせて、カイネとホムンクルスの姿は煙と共に足元の家屋に消えていった。慌てて陥没した穴にリーゼが駆け寄り覗き見ると、濃い土煙によって今の状態を認識しづらくなっていた。

「カイネさん! カイネさん! 無事ですか!? 今そちらに――――」

「来るなッ!!」

「っ、しかし!」

「今ここで狭い屋内戦に持ち込むのは愚策だ! 今はアウレオルスの警戒に――――ッ!」

 全てを言い終わる間も無く、土煙越しのカイネの言葉が途切れる。次いで聴こえてくる硬質な刃同士が互いに弾き合う音だけが響き、全容はリーゼにはわからなかった。

「おーおー、急造とは言え精霊種の特性に賢者の石の増強がかかってるホムンクルスを一人で相手にできるたァ、最も新しい錬金術師は格闘戦にも強いと来たか。いいねェ、そうでなくちゃ特異点にも両天秤にもなれねぇしな」

「……今、なんと?」

「二度も言わねぇしお前がそれをアイツに報告する意味はないな。俺から言葉の意味を問わないままその言葉の本質を理解するのは無理だ。さて、そんな事よりいいのか? 嬢ちゃん。もたもたしてる暇があったら下に降りて奴の援護でもしてきな。ここで俺に歯向かうならそれでもいいが、俺としちゃ目的はもう終わっている。今は延長線だ。無意味に突っかかってくるなら、さっきのホムンクルスを量産して放逐してもいいぜ? お前さんが俺を殺しにかかるんだったらな」

「……その顔、覚えましたからね」

「勝手にしな」

 リーゼは己の不甲斐なさに舌打ちし、同時に目の前の男の狡猾さを見て湧く今にも襲い掛かりたくなる衝動を抑えつける。今ここで衝動に駆られ、アウレオルスへと食いつき逃がさんとするのは簡単だ。しかしその場合、この男の言う様に今カイネがその身で必死に食い止めているあのホムンクルスと同じものが、恐らく簡単に生成できるというならば。今ここで感情のままに動けば今以上の死傷者を出し、最悪の場合この街自体が再起不能になる可能性もある。沸騰する様な殺意を抱きながら、屋根から地上に降りる最後の瞬間までリーゼはアウレオルスの姿を端に捉え睨む。最後に見た男の顔には、邪悪な満面の笑みがあった。

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