第9式 復讐の篝火
「――――ですか? もしもし」
「――――……ぅ、あ?」
「よかった、意識は保ててますね。今治療を始めるので、痛んでも歯を食いしばって下さい」
岩を背に凭れかかり目を伏せていた少年の耳に、可憐な少女の声が段々と鮮明になって聞こえてくる。未だ残る痛みに耐え、重い瞼を持ち上げた先に居たのは一人の少女。少年より若干年上に見える伽羅色の髪の少女が、翡翠色の瞳を真っ直ぐに岩に凭れかかり苦悶の顔を浮かべる顔を見据えていた。
「まずは止血、裂傷部を周囲の皮膚を糸状にした物で縫合するので、結構痛いと思いますけど我慢してくださいね」
そう言って少女――――リゼは少年の体にできた裂傷の箇所を一つ一つ確かめると、最も状態が悪い右腹部の傷に手を触れる。
「っぁ!?」
痛みが走る。消毒の上エーテルの膜を手に纏わせているため雑菌の侵入などは無いが、それを知らない少年は素手で傷口を直接触れられるとは思いもしなかったため、不意の痛みと驚愕に呻き声を上げる。ぐちゅ、と粘着質な音が体内で響くのを、脂汗をかきながら耐える。そして間髪入れることなく、傷の周囲の肌が細い針の様な物で何度も何度も刺される様な痛みが襲い掛かる。それも往復をする様に。仄かな糸の感触と共に行き来した針の感触はやがて消え、開いていた傷が塞がっているのに少年が気付いたのは、息がようやく整った頃だった。
「……っはぁ、はぁっ……!」
「麻酔もないし放っておくと何があるかわからないから急いでやっちゃってごめんなさい。でも、あなたの皮膚繊維で作った糸で縫合しているので、抜糸の工程はありませんし拒絶反応もありません。血管の損傷も同時に治しましたが、急な血圧変動とかで破れる可能性もあるのでしばらくは安静です――――と言っても、その背骨では無理でしょう」
「あな……た、は?」
「さっき、銀髪の男の人がここに来ませんでした? あの人の連れです。医療の心得があるので、貴方の治療にあたらせてもらっています。体が動かせないでしょうし、背中に手を回すので少し近付きますね」
そう言ったリゼは少年の元に近寄ると、息遣いが聴こえる程の距離までに迫り背へと手を回す。
(ち……近い。それに胸が……っ)
少年の眼前に迫る豊かな双丘。慌てて少年が顔をそむけると側頭部に柔らかな感触が襲い掛かり赤面するが、リゼは一切関することなく背骨の触診をする。リゼの手には、複雑とまではいかないが数カ所折れた背骨の感触があった。
「うーん……折れた骨が神経とか臓器に刺さったりはしていないかな? でもズレたりして神経とか圧迫したら身体機能の麻痺に繋がりかねないし……取り敢えず周囲の筋肉と肉を膨張させて支えに――――」
「あ、あの」
「ん?」
「その……近すぎて、貴女の、にゅ……乳房が……」
「あー……ごめんなさい、集中し過ぎて忘れちゃってました。もう少し辛抱していてくださいね」
「あの………………はい」
少年の困惑した色の濃い声をまるで意に介すことなく、リゼはそのまま背骨の補強を始める。エーテルを左手指先から少年の体内に流しいれると、それを緻密な操作で背骨周りの筋肉などに行きわたらせ、機能である膨張作用を意図的に作動させて若干ズレた骨を元の位置へと戻す。そして同時に、空いた右手で左太腿に括りつけられた試験管を一つ取り出すと、蓋を開け、先程骨の補強をした際に小さく開けて置いた切開口から中に入っている液体を流し入れる。
「今、貴方の背骨周りの筋肉等を意図的に膨張させて、折れた骨を元の形状に戻しました。骨折箇所には治癒時の接合部再生促進作用のある薬を投与したので、祝福……でしたっけ? その能力も併せれば明日辺りには一応の背骨接合はできると思います。一応言っておきますけれど、あくまで物質的な治癒こそしましたけれど神経や血管は治りきっていませんし、骨も傷口も治りかけ。暫くの戦闘行為はもとより重労働や鍛錬も禁止です。良いですね?」
「は……い……」
「よしっ、それじゃあお疲れ様です! もうすぐカイネとリーゼさんが帰ってくるはずだから――――」
「戻った」
「お疲れ様ですリゼさん、治療にあたって下さり感謝します」
「あっ! おかえりカイネ、リーゼちゃん!」
にこやかな笑顔で治療の終わりを告げたリゼの背後から影が落ちてくる。リゼと少年がそちらに視線を向けると、若干衣服の裾に埃が付着してはいるものの、目立った怪我も無い風体のカイネとリーゼの姿があった。その手には何かを括り引き摺ってきたと思しき縄と木の箱が。不思議そうな顔でリゼがカイネに問う。
「それはどうしたの?」
「棺だ。急ごしらえで申し訳ないが、戦闘で殉職した使徒の子らを教会まで連れて帰るためのな」
「私は良いと言ったのですが……晒したまま運ぶのは気の毒だとカイネさんが仰って下さった次第です。やはり利便性が高いという他ないですね」
「そうだったんだ……亡くなったのは?」
「四人、俺とリーゼが確認した限りはな。あっているか? ウェルミー」
ウェルミー。そう名を呼ばれた少年は、何故自分の名を知っているのかと訝しんだ目を向けた。それを予測していたのか、はたまた表情の変化で読んだのか、カイネは続けざまに口を開く。
「君の名を知っているのは、辛うじて息があった少年から言伝を頼まれたからだ」
「こと……づて……?」
「『復讐はしないで、君が平穏に生きていてくれれば僕はそれだけで報われる』と。ジュノと名乗っていたな。彼はそう言っていた。殺した獣を追うなと、無謀な戦いで血溜まりの中から掬い上げられた命をそんなことで無駄にしてほしくないと。そう言っていた」
「――――…………」
「その言葉をどう取り、どう今後生きていくかは自分次第だ、ウェルミー。先人の教えとして言うならば、復讐を苦渋の決断で止めた場合は永続的な虚無感と未消化の憤りが残る。そして復讐に走ればその先にあるのは個人の想いをも灼く煉獄だ。急いて消える復讐対象でない事がわかっているのなら、どういう選択をするのかよく考えるんだ」
その言葉と共にリーゼに目配せをするカイネ。それに頷いたリーゼは四つある内の二つの棺を括った縄を持ち、軽々とした様子で引きずりながら教会へと向かって歩き出す。カイネも同様に縄を握ると、リゼとウェルミーに向かいリーゼの方へ首を傾け進むよう促す。それに従い、四人は躯と共に未舗装の砂利と土が敷かれた道を歩く。淡々と、正に葬列が如く。
カイネが僅かに視線を横にずらす。隣を歩く少年、ウェルミーの顔は、まるで血の気の無い青白い様でありながら、ただ一対の瞳だけが幽鬼の様に澱んだ何かを滾らせているのがわかる、予想通りの顔があった。
(酷な問いをしたか……だが、闇雲な復讐はただ何も為せないまま死ぬだけでしかない。意思に沿うにせよ反故にするにせよ、猶予があることを誰かが示さなければ無駄死にする。俺にそう示した人間が居たように)
沈黙のまま一行はやがてレストニア、そして教会へと辿り着く。その前には、心配そうな面持ちで佇んでいる、エルシアを筆頭にした教会の人々の姿が並んでいた。カイネ達の姿を確認し、一応の無事がわかった面々は安堵の顔を浮かべ、こちらに駆け寄ってくる。
「リーゼ、カイネさん、リゼさん、ウェルミー。無事に帰って来て安心いたしました」
「無事、と言うには被害は軽視できない程度ですが……カイネさんとリゼさんの助けで使徒一人を救出し、不死生体の撃退をこなすことができました。哨戒部隊五人中の生存者はウェルミーさん一人のみです」
「そう、ですか。まずはウェルミー、よく無事に帰ってきましたね。傷も浅くないでしょう、すぐに療養の支度を整えます」
「……ありがとう……ございます。シスターエルシア」
「カイネさん、リゼさん。死者が出たとはいえ、不死生体の撃退は我々にとって大きな戦果です。貴方達のお陰で彼を救い出すことができたと言っても過言ではありません。本当にありがとうございます。教会を代表して申し上げます」
「大したことはできていない。俺が出来たのは撃退と死者の遺体をここまで運ぶことくらい。後で件の不死生体についても話があるんだが、時間を貰ってもいいか?」
「はい、承知いたしました。話すことは多いですが、ひとまず教会へと戻りましょう。使徒の皆さん、カイネさんとリーゼの持つ棺を遺体安置室へと運んでください。信徒の方々は引き続き食事や寝具、供物の支度を。手の空いている方はまずウェルミーの治療と部屋の準備、次いでカイネさんやリゼさん、リーゼのフォローをお願いいたします」
エルシアの言葉に少し離れた背後に立っていた幾人かの使徒や信徒は頷き、数人がカイネとリーゼの持つ棺を数人で持ち教会裏へと消えていった。それと同時に数人がウェルミーの体を支えるように挟み込み立つ。カイネが邪魔かと体を横にずらした時、微かな声でウェルミーが言葉を発した。
「……貴方は」
「ん?」
「貴方は、虚無と憤りに塗れているのですか、それとも灼かれているのですか」
見下ろすカイネの銀朱の瞳を、ウェルミーは真っ直ぐに見返してそう問うた。対するカイネは問いが来ることをわかっていたかのように、一瞬目を細め、自嘲を表す様な笑みを浮かべ答えた。
「何の役にも立たない、燃え残った炭になったよ」
――――不死生体の襲撃から数週間後。
あの襲撃以来不死生体であるあの獣の出現情報どころか、その痕跡すらも無いままに時が過ぎていくレストニアで、リゼはリーゼと共に街の見回りを兼ねた散歩をしていた。長閑な昼下がりも過ぎた夕暮れ、天候こそ若干怪しい雲行きになっているが、街の中は不死生体や魔獣が街周囲に居るかもしれないという緊張感は何処にもない。ただただ平穏を人々は享受していた。
「今日も平和だねー、見回りって体で散歩できるくらいには何もなくて、なんだか外に抱いていた印象と違うなぁ」
「どんな印象を抱いていたんですか……」
「ん……そうだなぁ、魔獣がそこかしこに闊歩しててみんな夜は火を焚いて寝ずの番を交代していないと安心できない?」
「そんな状況が広がっている大国なんて長続きはしませんよ……これでも使徒や聖人による治安維持の貢献はかなり大きいんですよ? トルネコリス軍の大半は他国との国境線防衛や各所の小競り合いに人員を割いているので、教会による実質的な治安維持部隊活動は我々の教義を全うすると共に人々の安寧を守っているのです」
「凄いなぁ……私達が居た所はそう言うのとは無縁の場所だったから、教会の存在も知らなかったし魔獣とか他の国との関係も初耳」
「……初めてお会いした時から疑問だったのですが、リゼさん達の村は魔獣や盗賊野盗の被害などなかったのですか? どうにも俄かには信じられない話で……」
「うん、無かった。たまに危険な獣とか危ない人達が周囲に出たかもって話は聞いたことはあったけど、すぐにその話も無くなってたから。まぁそんなにいい物もなさそうな村だったからね」
「それにしてもどうにも腑に落ちないと言いますか……いえ、被害が無いのは良い事なんですが」
「うぅん……これと言った理由があるとしたらカイネかな」
「カイネさん?」
「カイネは何時も家とか村の仕事の合間に村の周囲とかを見回ってたの。何も言ってなかったけど、もしかしたら追い払ったりしてたのかも」
「なるほど……そんなカイネさんは今、あの少年に教えを請われている訳ですが」
「あはは……まさか戦い方を教えて欲しいってあそこまで熱烈にお願いしてくるなんて、カイネも想定外だったと思うよ」
二人の脳裏に浮かぶのは、つい数日前のやり取り。カイネとリーゼによって寸での所で命を拾った少年、ウェルミーがカイネに頭を下げる光景だった。
『お願いします……!俺に、俺に戦い方を、貴方の強さの理由を教えてください!!』
背骨や肋骨、裂傷の損傷を治療し身動きが取れるまでになったウェルミーが起き上がりまず向かったのは、彼を救った一人であるカイネの下だった。包帯がまだ取り切れていない体を引きずった末にカイネの前に立った少年は、十字剣を片手に持ち、庭先で薪割りを手伝うカイネにそう叫んだ。
対するカイネは驚いた表情で振り上げていた斧を下げ脇に置くと、割り終わっていた薪を保存庫へ持っていくよう周囲の少年少女に頼み、そしてウェルミーへと向き直る。
『俺は一度問いを投げたな。友の言葉に従い復讐を諦めるか、それともなお復讐に身を窶すか、と。その答えは、今の言葉と取っていいんだな?』
最後の問い、あるいは確認。一人の少年のこれからの人生における重大な決断を迫ることとなったカイネの、責任問題にも繋がる分岐の助言。十中八九その最期は苦痛に塗れると判ってなお、友の為と己を信じさせ、ただただ利己的な報復活動へと歩くことができるのか。そう問う。
『……はい。あいつが望んだ行動ではない事は分かっています、親友の願いを無碍にする行為だと、ベッドの中で何度も考えました。それでも、俺には自分だけが無事だったと安心して何れ薄らいでいくかもしれないあいつへの感謝の念が喪失していく可能性がゼロではない人生を歩く事はできない……! どれほど苦しくて願いを無視した行動であっても、俺はあいつを殺した奴とあいつを救えなかった俺を忘れない復讐の道を進む。だから、俺を助けてくれて、獣を撃退した貴方に教えを請いたいんです!』
『……他人に教えを請われる事に別に忌避感は無い、教える事自体は構わない。だが、俺はお前が思うほど強くは無いし、フィアルドの使徒らが使う祝福とやらにも詳しくない。それらを活用する戦いを今後もするのなら、教会内の腕利きに頼むのが賢明だ』
『それはわかってます。俺がまだ祝福の力を扱いきれていない上に、そもそも祝福ありきの格闘戦の経験不足もあるのはわかっています。でも、俺は貴方に教えを請いたいんです』
『理由は?』
『それは……俺の目的を貴方は理解した上で、選択肢を示してくれたから』
真っ直ぐに注がれる視線。カイネは暫くの間ウェルミーの目を応えるように見つめ返し、そしてその意思が現時点で曲がる気は無いのがわかると小さく溜息を吐き、そして答えた。
『……わかった、だが教えるからには半端な事はしない。そして現時点で分不相応なあれそれを教える事も無い。より強くなりたいのなら、それに足るまでに自分を追い込むこと、それを承知し一切の怠慢をしない覚悟があるのなら、頷いてくれ』
『…………はいっ!』
カイネの言葉に、ウェルミーの強張っていた表情は若干緩む。威勢のいい頷きと返事を聞いたカイネは、その後身体の治癒経過を近くに居たリゼに聞き、それに合わせて今後の鍛錬のおおよそのスケジュールをウェルミーに告げた。それと同時に、基礎体力などの底上げのための簡単なトレーニング方法も伝えると、ウェルミーは返事を一つして自室へと帰っていった。それが、少し前の出来事。
「あの少年、私は特に深く関わった子ではないのですが、少し懸念もしているのです」
「懸念?」
「ここの教会に限らず、我々使徒となる子供の大半は孤児なのです。親が戦火や魔獣、疫病によって亡くなった子や、虐待や育児放棄をされた子、そう言った子があそこに保護され生活しています。それはつまり、普通の子供たちに比べ、彼ら彼女らは精神的脆弱性が問題になりやすいという事でもあります」
「……あぁ、なるほどね」
「わかりますか?」
「復讐って動機が、その脆さと悪い共鳴をしてしまうかもしれない、って事だよね?」
「えぇ、カイネさんがそれをどうコントロールし、悪化しない様にするか。第三者ながら気になってしまいまして」
歩みを止めず、肩を並べ教会への道を歩く二人。声をやや沈ませながら言うリーゼの横顔を、リゼは何とはなしに視界の端で眺めた。
リーゼの懸念、それは至極当然の事であり、リゼ自身もその心配は理に適った、身分相応の気のかけ方だと理解している。当人に深い関係を持っている訳ではない、いわば同じ職場の部下と上司の様な関係である以上、必要以上の私情を挟んだ心配のかけ方はしない。しかし、それでも境遇を知っているが故に、外部からの人間が及ぼす影響が未知数で気にかかるのだろう。
しかし、カイネを恐らく今この場で一番理解しているリゼは、それらに関する一切の心配はしていなかった。それは幼馴染と言う身内贔屓な楽観視ではなく、これまで村で過ごしながら見てきたカイネの姿を知っている、リーゼとは違う側面からの視点がある故の事だった。
教育者として子供と接する事が多い
(それに……カイネ自身が一時期は荒れてたこともあったからね)
自暴自棄。幼少の頃、最愛の妹を未熟故に守り切ることができず、何処へと連れ去られたあの日から、カイネは変わった。直後はカイネの両親ですら何もすることができない程外界との関わりを拒絶し、姿形もわからない相手への憎悪の炎を燃やしながらもふさぎ込む様になってしまったのをリゼは覚えている。快活でまるで日輪の様な暖かな振る舞いで周囲の人々と関わり合っていた少年は、彼自身を変えるきっかけを与えてくれた師と出会うまで、あまりにも不安定な精神状態になっていた。
だからこそ、カイネは自身が体験したその経験を踏まえ行動できるとリゼは信じている。故に、今は余計な事は言わず、ただ静観する事に決めていた。それはリーゼに対しても同様であり、余計な主観の意見は要らぬ諍いの原因にもなる。沈黙こそが正解だと、リゼは判断した。
「さて、その話は一旦置いておきましょう。いくら私達が心配しても、結局は当人の問題ですし。カイネさんも悪手は取らないと私も信頼はしています」
「うん、そう言ってくれると私も嬉しいな」
「何故リゼさんが?」
「大事な人が信頼されてうれしくないはずがないもん……って、話していればカイネ達が見えてきたね」
「ん……本当ですね、あれは十字剣を用いた模擬戦でしょうか?」
「体に響かないと良いけれど、やっぱりあの子はまだ動きが拙いね」
「まだ使徒になって日も浅いのでしょう、夕食前には切り上げるように言っておきましょうか」
「だね、そう言えば今日の夕ご飯はなんだっけ?」
「教会裏の菜園で取れたジャガイモなどがかなりあるので、葉物などと合わせてスープを作るんだったかと。他の使徒の方から食用出来る魔獣を狩った報告もあったはずなので、それがメインでしょう」
「わぁ、それは楽しみ――――」
リゼの言葉は、最後まで言うよりも前に別の音でかき消された。
レストニアの街中央の先、教会の正反対に位置する所と思しき場所が、黒々とした煙と目を焼くような赤い炎を巻き上げているのがリゼとリーゼの瞳に映っていた。
「何……あれ……?」
「っ! リゼさんはここで待っていてください! 私は教会から人を――――」
「リゼ! リーゼ!」
振り返った姿勢から素早く踵を返し、教会へと駆けようとしたリーゼの前に、先程まで離れた場所で鍛錬をしていたカイネが走り寄ってくる姿があった。険しい表情のまま、遠くに見える惨状を容易に予想させる光景に顔を強張らせる。
「何があった」
「わかりません、つい先ほど、突然火の手と爆発音が発生したとしか……」
「さっき近くに居たエルシアには、街の人々の避難や救出に人員を割くように言ってきた。二人は俺と街の方へ行くぞ。万が一先日の魔獣とそれを操る大本が襲ってきたとしたら、並の使徒では恐らく歯が立たない。俺とリーゼで魔獣を殺し、リゼは俺達の後を着いてきながら怪我人の治療にあたってくれ」
「了解しました!」
「わかった。行こう、カイネ、リーゼちゃん!」
「あぁ」
「はい!」
リゼの言葉に応えるように、リーゼは胸元の十字架を手に握ると、キンと甲高い音を立てながら巨大化させる。カイネも背に背負う鉄塊を手に持つと、やや長い刃の大剣へと変化させた。それを終えたと同時に、カイネはリゼを腕に座る様に乗せ抱え、リーゼと共に炎燃え盛る街の方へと疾走した。
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