第3式 機械化の最果てに立つ

 機械化普及の最果て、鉄道と言う長距離移動手段の終着地――――その名はレストニア。牧歌的な雰囲気と近代的な雰囲気が調和したその街並みは、俺とリゼにとってはあまりにも非現実的に見えてしまってならなかった。

 そこにある様々な初見物を知識では知っている、原理も道理も使用方法も知っている。だがあくまでそれは知のみ。触れた事も、用いた事も無い。書籍と言う活字の森から取り出した、知識と言う名の水を飲んだに過ぎない。

「――――……凄い」

「あぁ……噂には聞いたことがあったが、これが街と言うものなのか」

 真横を走り抜けていく車両の数々。あの村ではほとんど感じる機会の無い夥しい機械の駆動音は、自然の中で過ごしていた肌には些か刺激が多く感じる。喧騒が鼓膜を叩く。人口はカルベニスの比ではなく、眩暈を錯覚するような熱量に、柄にもなく慄いてしまった。それはリゼも同じなようで、ぽかんと口を開け街の入り口から先を眺めていた。

「……取り敢えずやるべき事をやろう」

「やるべき事?」

「宿探しだ。まさか初日から野宿をする訳にはいかないだろう?」

「あ、それもそうだね。もしかしたら宿の人に情報収集にいい場所を教えてもらえるかもね」

「あぁ、行こう」

 街の入り口から一歩足を進める。舗装された道路は、土に慣れた人間には浮足立つ感覚を覚えさせる。ぞわぞわ――――と形容するには子供っぽいか。しかし、現代的な街を前にした俺達は現代社会における赤子も同然と言える。ならば多少歳不相応になろうともおかしなことではない。

 などと栓無き事を考えながら数分、辿り着いたのは街の中心から円形放射状に広がる巨大なマーケット。露店形式で様々な物品やサービスが立ち並ぶそこは、圧巻と言うほかない景色だった。

 ここレストニアや俺達の故郷カルベニスを含む複数の街によって形成される大国トルネコリスは、東西に円形に広がる多様な気候・資源を抱える恵まれた土地にある、自国内の流通経路で十分に行き渡らせる構造が出来ている。それ故に、こうした端の街であっても規模の大きい市場の形成が可能になっている。トルネコリスの歴史書にそう記載されていたのを思い出した俺は、改めてその圧倒的な人と物の波に気圧されていた。

「わぁ……」

 リゼが小さく声を漏らす。徐に駆け寄った露店には、瑞々しい果物が色彩鮮やかに並べられていた。試しに林檎を手に取ってみると、村で行商人が持ってきていたカサついたものではない、瑞々しい重さを持っている。

「凄いな、間に日を挟まないだけでこうも変わるのか」

「おや、いらっしゃい。見かけない顔だね」

 品を吟味していると、棚の奥から声がかかる。視線をそちらに向けると、皺がありながらも快活な顔つきの女性が立っていた。

「こんにちはー、実はさっきここに着いたばかりなんですよ」

「あらまぁ、旅でもしているのかい?」

「今日始めて地元から出てきたんです! 凄い賑わってますねぇ」

「あらあら、今日! そりゃあめでたいねぇ……隣の坊やとかい?」

「えぇ、ちょっとした事情で俺達の村の長からの許可を貰い今日出発したんです。如何せん世間知らずなので右も左もわからない状態ですが」

「そりゃあ大変だねぇ……」

「そこでお聞きしたいのですが、ここ近辺で急な宿泊ができる場所があれば教えて頂きたいのですが」

「泊まれる場所ねぇ……」

 腕を組み考え込む店主の女性。その様子に俺は望み薄かと感じた。このマーケットの賑わいの様子を見ると、街に居る人間はまず地元に住んでいると見ていいだろう。軽装過ぎず重装過ぎず、街並みに視線を右往左往させている人間も居ない。不慣れな様子の人間が居ない視界から考えるに、旅客と言うものはこの街にはあまり訪れないのだろう。そう仮定するならば、恐らく宿泊可能な施設は無い、或いは少なくそこも埋まっている可能性が高い。故にこうして思考の時間を必要としているのだろう。最悪の場合を想定するか――――そう考えていると、女性ははたと思い出したように手を叩く。

「あったわあったわ! 泊まれる場所!」

「本当ですか! やったねカイネ!」

「あぁ、何処にあるか教えてもらえますか?」

「ここのマーケットの通りを真っ直ぐに進むと噴水がある十字広場があるのよ、そこを左に曲がって少し歩いた通りの右側に店の名前が書かれた古い木の看板が置いてある路地の入口があるの。その路地の奥よ」

「ふむ……ありがとうございます。根無し草にはならなそうで助かりました」

「多分あそこは泊まれるはずよ。もしどうしても困ったら、街の端にある教会のシスター様に聞きに行くといいかもしれないねぇ」

「教会……ですか?」

「そうよ、お嬢ちゃん達みたいに困った事や聞きたい事があったら教会に行くのが一番。私達レストニアの人間も大体そうしているから」

 これは思わぬ情報を手に入れられた。この街での情報収集には聞き込みが最有力になってしまうかと危惧していた所に、聞きたい情報が集中していそうな場所の提示。幸先は程々には良さそうだ。

「情報、ありがとうございます。教えて頂いた礼という訳ではありませんが、果物をいくつか買わせてもらいます」

「いいのにそんな」

「私達、今日はまだ食事を簡単にしか摂ってないので小腹満たしに丁度良いんですよー。林檎を二つ頂いてもよろしいです?」

「あらま、ならおまけしてオレンジも付けてあげよう。〆て35セレだね」

「えっ、安いですね……」

「こんなかわいいカップルの旅人の船出に出会えたんだ、少しくらいいい格好をさせておくれよ」

「カッ……ふぇえ!?」

「…………」

 なんという解釈の仕方をしているのだろうか、と非難の意思を向けそうになったが、よく考えれば年頃の男女が二人きりで旅に出ているなら恋仲の関係だと推測してもおかしくはない。悪意のない言葉なら、やんわりと否定するのがベターだろう。

「あら? 違うのかい?」

「ご想像の通りで無くて申し訳ないのですが、俺達は幼馴染です。生まれてこの方共に居るのでまぁ、下手な恋人より互いを知っているのは否定しませんが」

「そうなのかい? ごめんねぇおばさん早とちりしちゃって」

「いえ……その、私達そう言う風に見えるんですか?」

「そりゃあ、こんな美人さんと偉丈夫が立って並んでたらそう思うさね。珍しい装飾品も着けて大きな物も背負っているし、珍しさもあるかもしれないけどねぇ」

「装飾……? あ、このピアスですか?」

 リゼが自身の右耳に着けられたピアスを揺らす。それは俺の錬金術や格闘術の師が作り、自身と付き従う女性に作成したと聞いた。それには陰と陽を現わす日輪と月輪がそれぞれに、そしてかつての錬金術師フラメルの名を冠す十字架のモチーフが彫り込まれており、穿たれた空間には六芒星と赤い鉱石が吊るされている。俺は金、リゼは銀で作られているそれは、確かに珍しい模様に見えるだろうし、錬金術が既に風化した世界ではまず知る者は居ない。居たとすれば物好きか、俺達の探し求める存在かのどちらかだろう。

「確かにこれは珍しい物でしょう、なんせ手製の一品物ですしね」

「それもそうだけれど、それよそれ。お嬢ちゃんの首飾り」

「これですか? 綺麗ですよね、彼が作ってくれたんです」

「どっちもお手製かい? そりゃあいい物だねぇ」

 女性が指したのはリゼの着けているもう一つの装飾品。二重円に六芒星、天秤と月を表す曲線を描く形の銀棒、中心と銀棒の両端にはルベライトが飾られているネックレス。それは俺がリゼの10歳の誕生日の日に贈った首飾りだ。錬金術に関する呪い的な意図も、直接作用する補助的な役割も担わせているそれは、確かに不可思議な装飾品だと思わせるだろう。なにより、サイズが中々に大きい。我ながら目立つ物だと時々思う。

「リゼ、そろそろ行くぞ。あまり付き合わせては商いの邪魔になる」

「あ、そうだね。ごめんなさいおば様。情報と果物、本当にありがとうございます!」

「いいのよ気にしなくて、私も久々に若い子と話せて楽しかったわぁ。これは品ね」

「ありがとうございます、これは代金です」

「ん、丁度貰ったよ。また機会があったら来ておくれ」

「はーい、それでは」

 店主の女性に礼をしその場を後にする。人のごった返す道を掻き分け暫く歩くこと数分。言われていた噴水のある十字の広場に到着。そのまま進行方向を左に変えて歩いて行くと、話に合った通りの古ぼけた木製の看板が建物の陰にひっそりと立てかけられていた。

「これかな?」

「だろうな、奥にあるあの建物がそうだろう」

 指を指した先にあったのは、路地の先。薄暗い中で唯一光の射す場所に建つ木造で漆喰塗りの壁が目立つ、一軒の建物だった。奥へと進み若干の老朽化の見える扉を開けると、薄暗い受付が軋む音を響かせながら出迎えてくれた。

「いらっしゃい」

 陰の多い部屋の中、ランタンに照らされたモノクルをかける老人。しわがれた声でこちらを見ると、いそいそと帳簿の様な物を出す。どうやら部屋は空いているようだが、一応の確認をする。

「すいません、宿泊をしたいのですが部屋の空きはありますか?」

「あぁ、あるよ。だが一部屋のみになってしまう。それでもいいのなら大丈夫だ」

「いいか? リゼ」

「うん、いいよ」

「ではそれでお願いします。三泊を予定したいのですが」

「一泊380セレだから、三泊なら1リコ140セレ。もし早めに出ることがあればその分の返金はするが、今日の分の代金は予約金として返金は無い。それで大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です」

「食事は無いが部屋には浴室と手洗いはある。好きに使うと言い。外出も自由だ」

 そう言った老人は鍵を一つ、受付台の上に乗せる。それが部屋のカギだと言うことを理解した俺はそれを手に取り会釈を一つする。リゼを引き連れ階段を上ると、鍵に付けられているストラップに彫られた番号と同じものが彫られた扉があった。

「部屋に荷物を置いたら早速教会に向かうぞ。早く動くに越した事は無い」

「そうだね、お金も無限じゃないから延長はあまりしたくないし」

「金は最悪俺が魔獣狩りなり傭兵仕事でもすればその日暮らしができる。ま……お前の医療技術を稼ぎの手段にした方が実入りは良さそうだがな」

「そうでもないよ、医療治療となればある程度の信頼が無いと任されないし、もし錬金術を使った時に察しのいい人が居たらバレるかも」

「なるほどな、まぁ今はその不安はそこまでない。目下の調査を優先しよう」

「うん」

 部屋は窓から明かりの射す大窓のあるもの。ベッドと簡易な机がそれぞれ一つずつ置いてあるのみ。値段を考えれば、これに浴室と手洗いがあるのは中々に破格だ。しかし、俺達にそれを楽しむ余裕はない。情報はいかに早く正確なものを仕入れられるか。俺とリゼは荷物を部屋の隅に置くと、必要な物だけを持ち部屋を後にした。

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