第2式 比翼の鳥、今旅立つ

 日が昇り、村の中では慌ただしく人が行き交っている。それは今催されている錬祝祭の影響だけでなく、俺とリゼの出立の準備も同時に行われているからだ。

 昨夜の賢者の石を用いて作成されていた合成種の外部からの襲撃。それから推測された、この村以外には潰えたはずの錬金術師/士の存在の陽炎。看過するにはあまりに事態は重く、それに対処をするには可及的速やかな行動が必要になる。昨晩大婆様から直々に許しを貰い、俺達は今まで暗黙の了解によって封じられていた外への出立をすることになった。最早存在そのものが無き者とされ数自体も少ない錬金術師の中でも、更に少ない最高位の称号を持つ人間2人を外部に行かせるのは長として避けたいことだとは俺も理解している。それでも許可を出した大婆様には俺もリゼも頭が上がらない。その思いに報いるためにも、必ず元凶を突き止めなければならない。

「カイネ、準備は終わった?」

 部屋で一人、必要最低限の荷物を入れた鞄を傍に置きベッドに横たわっていると、リゼが扉から顔を覗かせていた。思考を巡らせども今は栓無き事、始まっても居ない道をやたらに考えこんでもそれは徒労だ。俺は体を起こし、鞄を担ぐ。

「準備は終わらせた、リゼは?」

「私も大丈夫。門前に行こうか、出発しよ」

「あぁ」

 正直、外の世界に対しての好奇心は俺の心の臓を若干昂らせている。幼少期に想い焦がれ、歳を経るたびに諦念していた夢がまさかこうして成就すると、誰が予想する。目的は決して浮かれる事の出来ない内容だが、出立のこの時くらいは期待を抱いてもおかしくないはずだろう。それは隣を歩く彼女も同様らしく、心なしか足取りは軽く、翡翠の目は陽の光に照らされ幼子の様な輝きを現していた。

「漸くだな」

「うん……ありがとう、カイネ」

「礼を言われる理由が見当たらないんだが?」

「外への調査を提案してくれた事、問題が問題だからこそなのもあると思うけど、うぬぼれな訳じゃなければ私のためだよね?」

「…………」

「ふふ、ありがとね」

「約束、したからな」

 見事に自分の意図を見抜かれた時ほど恥ずかしい事は無い。思わず目を逸らしてしまったが、リゼは俺のその行動をわかっていたかのように前に回り込み、俺の顔を覗き込んできた。幼馴染である彼女にだけは、どうにも敵わない。それが不服かと言われればそうではないが。

 会話を交わしつつ数分、村人が多く集まる門の前に到着した。そこにはあまり負担にならない程度の用意された荷物と、この村によく来る商人の荷馬車があった。近づいて行くと、その中心に居る大婆様が手招きをしてたのでそちらへと向かう。

「準備は済んだか、カイネ、リゼ」

「えぇ」

「大丈夫です」

 そう頷く俺とリゼの耳には、鈍くも輝くピアスが揺らいでいた。俺は左耳に、中心に六芒星をつるした日輪とフラメルの十字架を象られた物を。リゼは右耳に、中心に六芒星をつるした月輪がちりんとフラメルの十字架を象り俺の物と上下反転させた物を。昨夜渡された特殊な作用を発生させるそれは、話によると俺のかつての師と、その侍従の女性が身に着けていたものらしい。エーテルを流し込むことがトリガーとなる作用はあまり乱用するべきものではないらしいが、何が起こるかわからないこの旅路にはあって困る事は無いだろう。それとは異なる加護も幾何かは付与されていると聞く。俺はともかく、リゼにその加護が発揮され身を守る術の一つとなるならありがたい話だ。

「ピアスも忘れずに身に着けているようだな……重畳」

「師匠の忘れ形見でしたか? 物を残さない人らしくもない」

「あ奴は物を残したくないのではなく、残すべきものが無いだけだ。それはたまたま残していったものに過ぎない」

「成程」

「では……昨夜も申した通り主ら二人には――――」

「すみません! 待ってください!!」

 背後から、聞いたことがある様な覚えがある声が聞こえてきた。何処で聞いただろうかと思考を巡らせつつ振り返ると、明るい茶色の短髪の青年が、汗を若干流しながら手に何かを持って立っていた。

「……ウィルヘルトの息子か」

「大婆様、出立の時に邪魔をしてすみません。でも僕は彼女に、リゼルラインさんにどうしても伝えたいことがあるんです」

 思い出した。この少年、俺達より二つ年下の彼はシヴ・ウィルヘルト。医薬学系等の錬金術に長ける父の手伝いをし、シュレインドール家の家にもよく薬を運び込んでいたのを覚えている。俺も幾度か研究に必要な薬液を購入した記憶がある。そんな彼が一体何の様なのだろうか。

「シヴ君、どうかしたのかな?」

「リゼルラインさん――――いいえ、リゼさん。僕は以前から貴女を慕っていました!」

「……えっ」

「今日の朝、貴女が外に出ることになったと聞いて驚きました。止めたいです。でも、大婆様の意向には逆らえません。その気もありません。だから、せめて僕に貴女をくれる予約をさせてください!! これが僕の気持ちです!」

 そう言い、シヴ少年は勢いよく頭を下げながら右掌をリゼの方に差し出した。その中にあったのは、無色透明な水晶を六角柱の形に加工し、その内部に翡翠色の液体を封じた首飾りだった。この村の風習の一つなのだが、異性に愛を伝える時に俺達は六角柱の鉱石にその相手を表わす色の液体を流し封じる習わしがある。適齢期までに結婚しなければ相手が親族の話し合いの下に決められるが、その前に首飾りを渡し受け取られれば晴れて交際、結婚となる。シヴ少年は恐らく、あまりにも錬金術師/士にとってイレギュラーで前例がなく、長い旅路になると予想されるものにリゼが旅立つのを知り、次にいつ会うことができるかもわからなくなる前に行動を起こしたのだろう。

 掌で光を反射する様に揺らめく液体の色が、リゼの瞳を彷彿とさせる。俺と大婆様、そしてそれを取り囲む村の人々は、目の前の二人を沈黙を以て見守っている。

 リゼは困惑したような顔で、シヴ少年と俺を交互に見ていた。

「こっちを見る必要はない、前を見て自分の気持ちを素直に言え」

 別に助け船を出すつもりはなかったが、こんな大勢の目が向けられる中待たされる者の気持ちには若干同情してしまう。目を細め、リゼへ返事を促す。すると、それを見た彼女は目を見開き、次いで目を伏せ深呼吸をしてからシヴ少年の方へと向き直り、口を開いた。

「ありがとう、シヴ君。とっても嬉しい」

「……ッ! じゃあ――――」

「でもごめんなさい、私はその気持ちには応えられないの。私は君の特別になれたのかもしれないけれど、君は私の特別にはなれない。私の特別は、別にあるから」

「――――そ、う……ですか」

「……ごめんね。シヴ君はまだ時間があるから、きっといい人が見つかるよ」

 なんと言えばよいか。一瞬の希望から梯子を外され、涙を堪えながらも辛うじて返事をした少年に、周囲の人々は何とも言えない顔をしていた。それは恐らく、成就しなかった想いに対する同情だろう。俺自身、彼の手の平の中で悲し気に転がる六角水晶と彼の顔に、どういう顔をすればよいのかわからなくなるほど感情が曖昧なものになった。ふっ、と。持ち上げられた彼の顔がこちらに向く。その顔は、若干の羨望と恨みの籠った視線だった。

「……時間を取らせて、すみませんでした。僕からは、それだけです」

 それだけ言い残し、シヴ少年は自宅の方へと消えていった。背は寂しく、水晶を握った手は微かに震えていたのが俺には見えた。きっと彼は、今まで重ねてきた恋慕の情が届かなかったことで深く消沈しているはずだ。願わくば、この失恋が今後の彼の人生の一つの糧になる事を願うのみだろう。

「――――話が逸れたな」

 大婆様が咳ばらいを一つ。それによって沈殿した負の空気は僅かだがその重さが無くなった。曲がった腰から見える小さなシルエットからは想像もできない、荘厳な言葉が皺の奥の口から紡がれる。

「カイネ=トレストバニア」

 名を呼ばれ、自然と背筋が伸びる。

「リゼルライン=シュレインドール」

 隣のリゼが瞳を一度きつく閉じ、そして開く。

「お主ら二人が我々の行く末を左右する新たな存在となる。儂はそれを託す、既に老い朽ちるのみの儂の最期の願い。どうか果たされることを祈る」

 俺達の前に移動し、しわがれた手で俺の右手とリゼの左手を取る大婆様。その手は老いから来る震えを抑えつけ、確固たる強固な意志を流し込まれているような錯覚を覚えさせてくる。

 錬金術と言う消された存在を抱え消えるのみだった俺達に吹き込んだ風。その風に俺とリゼは、まるで比翼の鳥の様に乗って飛び立つ。

「……はい、大婆様。必ず外の錬金術師達を探し出し、そして俺達が閉塞した鳥籠を壊す存在となります」

「絶対に、あの合成種を産み出した存在を見つけて、まだ何処かに居る同胞を探し出します」

「うむ――――では、行け」

 そう言われ、俺は大婆様の後ろに立つ二人――――俺の両親、父のキルジアと母のシエルに視線を向けた。

「親父、お袋、行ってくる」

「あぁ、達者でな」

「何時でも帰って来て良いですからね、貴方は私達の大切な子なのですから」

「……ありがとう」

 小さく会釈をし途中まで送ってくれるのであろう荷馬車の主に了解を取り乗り込む。

「お父さん、お母さん、行ってくるね」

「あぁ、どうか体を大事にしなさい。この村の人々は私とミリアが責任を以てお前の代わりになり診よう」

「リゼ、カイネ君と仲良くするのよ? きっと彼は、彼を信じ続ける貴女を守り続けてくれるから」

「うん……わかってるよ。ありがとうっ」

 リゼも両親との挨拶を追え乗り込んでくる。あまりにも予期しない旅立ち、俺のような男ならともかく、リゼを送り出すのはやはりどうにも思う所はあるのだろう。俺がリゼの旅立ちのを許してもらえた一つの要因になったのならいいのだが。

「では出発しますよ」

「お願いします」

 荷馬車の主の確認に応える。俺の首肯を確認すると、馬に鞭が入れられ馬車が動き出す。荷台から少し体を乗り出してリゼは離れていく村の人々に手を振り続けている。

「今生の別れじゃないんだ、そこまでする事も無いだろう」

「何時帰れるかもわからないんだし、足りない位だよ」

「そう言うものか」

「……ねぇ、カイネ」

 手を振り終えたリゼが荷台に腰掛けると、徐に俺の名を呼んだ。

「なんだ」

「カイネにとっての特別は誰?」

「…………」

 その問いの意図はわかる。先程のシヴ少年に返した答えの延長線上の言葉だろう。特別、つまりは想いを抱く存在。或いは親愛。目だけをリゼの方へと向けると、首を小さく傾けた顔と翡翠色の視線が俺を射抜いていた。答えて欲しい、そう言う意思が図れない程間抜けではない。

「そうだな、お前は俺にとって特別な存在の一人だ」

「一人?」

「別に特別が一人で居なければない道理はないだろ?親父もお袋も、リゼも同じくらいに特別に思っている」

「…………ま、いっか。今はそれで」

「……?」

「なんでもないよーだ」

 それきりリゼは口を閉じ、流れていく景色を眺めていた。俺は昨夜の戦闘の際に負った怪我の治癒の影響か、睡魔に襲われる。目的地までまだ距離があるのを確認した俺は、座った姿勢のまま目を伏せ、やがて意識を意識の底に沈めていった。





 暫く馬車に揺られて一時間ほどだろうか。私は段々と外の景色にも飽き、手荷物の中に入れていた手帳を取り出していた。その中に書き込まれている薬剤調合の手順のリストに偽装した錬金術の研究内容を加筆していく。暫く設備の無い状態になる以上、昨日までにこなしていた実験などの記録はしっかりと書き留めておかなくてはならない。医者としての仕事をしていたが、それでも本来は錬金術師。最高位の肩書を背負う以上、常に研究をしていなければ発展はない。ノルマがある訳ではないが、ある種の自分の矜持。それはカイネにも同様にある。

 そう言えば、カイネはどうしたのだろうか。自分でもあまりにも性急な質問をしてしまったため気まずく顔を反らしたままカイネの方を見ていなかったため、変に静かな彼の方に顔を向ける。

「……あ」

 そこにはいつもの勝気な顔つきではない、あどけない表情で寝息を立てているカイネの姿があった。膝を立て首を傾けながら寝づらそうな姿勢で、それでも眠り込んでいる姿は可愛いとすら思える。が、その姿勢ですら眠り込んでいる理由を私は分かっている。起こさない様に、カイネの胸元を優しく触れる。昨夜の合成種からの攻撃によって負った怪我を表層では治したとはいえ、損傷した細胞は今だ修復途中。完全な治癒はそれこそあの賢者の石でもなければ不可能である以上、私にはただこうして触れる事しかできない。それが歯がゆい。

 カイネは紛うことなき錬金術師の称号に相応しいと、少なくとも自分は思っている。あらゆる分野をそつなく学び、それを応用することができる。そして得意である鉱石などの物体への造詣は他の追随を許さない。彼が常に持ち歩くあの鉄塊がその研究の一つの結果であり形となった在り方だろう。

 だからこそ、同様に錬金術の称号を得ている自分に負い目を感じてしまう。万能と言ってもいい彼に対して、珍しさがまず目立つ生体系を得手とし、医者の様な働きしかできない自分には、カイネと対等なのだろうかと言う不安が常に付きまとう。杞憂だとしても、余計な思考だとしても、少しでも彼と対等に立ちたい。それが私の一つの願い。

「お二人さん、そろそろ指示された場所だよ」

 馬を操る荷馬車の主がそう言った。前方先の方にあったのは二つに分岐したY字路。都市部から離れた場所のため未舗装になっているその道は、右は中規模の宿場町へと続く道。この馬車の主が向かう場所だ。そして左は鉄道が漸く存在する中規模の街。そこでまず私達は旅をするための体勢を整え、同時に情報収集もする。昨夜カイネと話し合った結果の予定は現時点ではそうなっている。馬車を用いる道のりがもう少しで終わるので、私はカイネの頬を優しく撫でた。

「カイネ、起きてカイネ。もうそろそろ」

「ん……」

 瞼が僅かに動き、カイネの眼が開かれる。銀朱の瞳が私を捉え、その中に私の姿が映り込む。眠たげな眼は一瞬で覚醒し、鋭い目つきになった。

「すまん、寝ていた」

「傷の具合はどう?」

「問題ない、挙動に違和感もないな」

「ん、よかった」

 荷物を纏めながら会話をしていると、馬車が不意に止まる。前方を見ると、肩越しに到着した旨を視線で伝えられ、カイネと共に荷台から降りる。辺りを見渡すと、若干開発された街道のような場所だった。馬車が行き交うには十分な幅の道の脇に降りた私達は、馬車の主の方に向く。

「ありがとうございました、道中お気をつけて」

「そちらさんこそな。旅に出るって話らしいが、最近は野盗やら何やらと何処も治安が悪い。宿を探すなら早めにした方が良い」

「わかりました、ありがとうございます」

「ここまでありがとうございました」

「あぁ、また会えることと旅路の幸を願っておくよ。カイネ君とリゼちゃん」

 そう言って馬車は右の道に消えて行った。その背を暫く見送ると、カイネは肩にかけた荷物を担ぎ直しこちらに向いた。

「行くか、早めに目的の街に着きたい」

「そうだね」

 私も地面に一旦置いていた荷物を持ち上げ、歩き出すカイネの隣につく。長閑な陽気と心地良い鳥の囀り。そして今まで見た事も無い景色が辺りに広がっている事に、私は年甲斐も無く顔をきょろきょろと動かしていた。忙しないその動きが子供の様だと気付いたのは、暫くした後。はっとして隣を見ると、私程ではないけれど視線の落ち着かないカイネの姿が。

「凄いね、今まで村の外を見たことが無いからすごく新鮮」

「あぁ、俺も村の外を情報としては知ってはいたがこうして視覚的に認識して改めて感動している」

「喜んでいい理由ではないけれど、外に出るきっかけができて良かったなって。私は思う」

「……俺もだ、お前との約束が叶えられたのはなによりだ」

 互いに視線を合わす。そして、同時に笑う。こうして屈託のない笑顔を浮かべるカイネの顔を見たのは何年ぶりだろう。何時だったかはもう覚えていないが、外を諦めたその日からカイネは笑うことが少なくなったのを私は知っている。みんなは気が付いていなかったけれど。それが今、昔の様でありながら成長した姿での笑顔を浮かべるその顔を見て、私は二重の意味で嬉しくなってしまう。

 気分も高揚し足取り軽く、森林地帯をもう少しで抜けるかと言う頃。カイネが不意に私の前に手を出し前進を止める。

「……カイネ?」

「囲まれている」

 その言葉で私は周囲に人の気配がある事に気が付いた。数にして七人ほどだろうか。息を潜めるカイネの背に近付くと同時に、周囲の茂みから手に鈍い輝きの刃を握った男女の集団が現れる。

「……気付いたか」

「殺意をそこまで露骨に出していればわかる。野盗か?」

「答える義理は無い、命が惜しいなら有り金と荷物を置け」

「残念ながら満足な物は無いし渡す理由も無い」

「…………詰めろ」

 カイネと会話をしていた傷のある顔の男は小さくそう言う。それを合図に、私とカイネの周りに野盗達が囲う様に距離を詰めてくる。その眼はぎらついた、殺意を含んだものだった。

「抵抗は無駄だ、この人数に勝てると思うなよ」

「俺達をそこら辺の女子供しか狙わねぇ盗賊共と同じに思わない方が良い。簡単な護衛付きの人間なら倒せるからな」

 じり、じり、と。切っ先の向いた刃の群れが近づいて来る。なのに、私は一切の不安を抱かない。抱く理由がない――――何故か?

 カイネが溜息を吐く。そして右足をゆっくりと持ち上げ、大地を勢い良く踏みしめた。

「生憎、俺はそこいらの木っ端みたいな盗賊に負けるような人間ではなくてな」

 奔る雷電は大地を駆け、それに呼応する様に漆黒の槍が野盗達の足元からその体を尽く貫いていた。刹那の瞬きの合間に。

「――――な、ん……?」

「砂鉄。岩石中に含まれる磁鉄鉱その他が風化し淘汰集積したものを圧縮したものだ」

 辺りが赤色せきしょくに染まる。計七人いた野盗の体に漆黒の槍がいくつも貫通し、そこから止め処なく血液が流れ落ちていく。

「おま……え、一体――――」

「名乗る義理は無い」

 そう言い、カイネは膝を折ると大地に手を付ける。そして、再び雷電が奔ったかと思うと、野盗の肉体を貫いていた槍が更に枝分かれをし、まるで体から枝木が伸びたのかと見紛う様な状態となった。

「びっくりした……」

「幸先があまり良いものじゃなくなったな。返り血を浴びなかったのが幸いか」

「殺す必要はあったの?」

「荷馬車の主人との別れ際の話が正しいのなら、アイツらも最近治安を悪化させている存在の一つのはずだ。だから殺した」

「そっか、ならいいね」

「手持ちの物を確認しよう。これから長い旅になる、使えるものは持っていこう」

「死体は分解して土に還そっか」

「あぁ」

 カイネが砂鉄の槍を分解する。砂の様に地面に消えていったそれと同じように、死体は地面に倒れ伏していく。それを見て、私とカイネは野盗達の所持品を漁り使えそうなものを物色する。いくらか物があったのでそれを手持ちの鞄に詰めると、私は死体一つ一つに触れながら人体を急速に腐食させカイネが作った穴の中に埋めていく。生体錬成の応用でもあるそれを終え、私はカイネに頼み小さな墓石に似た石塊を作ってもらった。

「弔う必要があるのか?」

「悪いことをしていた人達だけど、私達も身包みを剥いで埋めちゃったからね」

「そういうことか」

 若干盛り上げた土の上にそれを置き、近くにあった花を添える。それを終え立ち上がり、傍の荷物を持ち上げる。

「ごめんね、お待たせ」

「大丈夫だ、少し足止めを喰らったな」

「だねー、急ごっか」

「あぁ、日はまだ上っているが早めに街で宿を探さないとな。余裕があれば情報収集をしたい」

「確か話だとそこの街に教会があるんだっけ?」

「あぁ、確か……フィアルド教だったか、その教会があるらしい」

「そこに行けば何か話が聞けるかもね」

 カイネも荷物を担ぎ直す。互いに忘れ物が無いのを確認し、再び向かっていた方角へと歩き出す。暫く歩いた先で森を抜けると、小高い丘の上に出た。そこから望む景色の先に、牧歌的な雰囲気を残しつつ栄える街が視界に捉えられた。

「あれが……」

「あぁ、目的地のレストニアだ。文献で読んだ特徴通りの地方都市としての栄え方だな」

「無事に着けそうでよかったよー。行こう、カイネ」

「そうだな」

 眼下に広がる街並みを視界に入れながら歩みを進める。気持ちの逸りと足の進みの加速を必死に抑える。今まで書籍の中でしか見た事の無かった景色が、街が、人々が。今目の前に近付いてきている。私はカイネの手を思わず掴み、若干早まった足取りのままカイネの手を引く。行き交う馬車はやがて車に変化し、道は舗装されているものに変わっていく。まるで御伽噺の中に迷い込んだかのような気持ちのまま、私とカイネは街へと歩き進んでいった。

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