亡国のアルケミスト

出雲 蓬

第1式 比翼を癒したヘルメスの鳥

 解らぬからこそその光を目指す。それは人が今まで進み作り上げた歴史の根源であり、これから先に続く人類の新たな歴史を示している道標となる。時として未知は人をその甘い蜜で誘惑し、呑み込んでしまうと判っていても、その魅力に抗える者は少ない。

 そしてその探求の街道を歩く、かつては繁栄していた技術体系である『錬金術』は、しかしあるきっかけとその秘匿性故に次第に知る者も、継承する者も減少していった。興隆による発達ではなく、微かな灯火として残る事を彼らは選んだ。それこそが、誇り高き錬金術師アルケミスト達の選んだ道だった。やがて錬金術師達が歴史の舞台から姿を消す事も、その選択をした彼らは理解していた。

 やがて時は流れ、その末裔達は完全な閉塞こそしていないとはいえ、限られた繋がりの中で己らの存在をひた隠しにし生きてきた。ある者は農民を、ある者は漁師を、ある者は商人を、ある者は鍛冶師を、ある者は医者を。それぞれが隠れ蓑を纏い、そして秘かに錬金術を継承していっていた。

 ――――カルベニス。それが錬金術師達が姿を隠し、共に生活を送る村。大都市から離れた、鄙びた僻地に形成される小さな世界。そんな小さな世界の中で、広大な世界を夢に見る、灰白色の髪に銀朱色の瞳の少年と伽羅色の髪に翡翠色の瞳の少女が、星が散りばめられた空を見上げていた。

 ――――――きっといつか、二人で未知を探しに行こう。

 そう誓い合った二人の手は、固く結ばれていた。決して、放してしまわぬように。しっかりと。






 広い世界、その果てまで行きたいと大志を抱くのは、夢見る少年少女なら一度は思い描く事なのだろう。事実俺も、過去には様々な土地へと旅をし、見聞を広めたいと思った時期はあった。だが、年齢が重なる度に柵は増え、自由は無くなりおいそれと旅に出たいなぞ言える事は無くなってしまった。仕方ないことだと割り切ったのは俺、そしてそれを納得がいかないと不満を漏らし続けているのは、村の少し奥に進んだ場所にある小さな崖に腰掛ける、小柄な体を丸めている幼馴染だった。黄昏る様に膝を抱えるその姿をしばし無言で眺める。

「…………」

「また外を見てたのか、リゼ」

 俺がリゼと呼んだ、伽羅きゃら色の髪を肩より上まで伸ばし翡翠色の眼を持った少女は、若干不機嫌さの残滓が見える表情を即座に消しながらこちらに振り向いた。揺れる長いもみあげは夕陽に照らされ、茜色が滲んでいる。何時もの、朗らかな笑みがそこにあった。

「あ、カイネ。おじさんのお手伝いは終わったの?」

 快活なその声が俺の耳を撫ぜる。振り向いた顔をわざわざ真上に向けこちらを見るその姿に、俺は指で額を押した。バランスが後方にずれたリゼが、背中から俺の足に倒れ込む。

「あう」

「親父の手伝いは終わった。今日は酒盛りで家に帰ってこないらしいからな、夕食は自分達で作れだと」

「あ、やっぱりお父さん達呑みに言っちゃうんだ?」

「今日は明日の錬祝祭の前夜祭だからな、今から騒ぎたいんだろう」

「今日まで準備に忙しかったからね、私達も程々に楽しもっか」

「そうだな」

 軽やかな動きで立ち上がったリゼは、丈の短いパンツに着いた砂埃を軽く叩き落とすと、腕を真上に上げ体を伸ばした。

「んー……っ」

「お前は今日何をしていたんだ?」

「村の人達の回診、お父さんもお母さんも私が居るからって錬祝祭の準備してたから」

「良いのかそれで」

「まぁ私一人で十分なところあるしね。信頼されてる証だし、その分のお金も貰えるし」

「……例の貯金か?」

「うん……ねぇカイネ」

「俺はお前のために居る。お前がしたいことを俺は止めはしない」

「違うよ、カイネ」

 そっ、と。俺の胸部に白く細い指が触れる。俺の心音を確かめるように、リゼは暫くの間無言で触れ続けた。そして暫くした後に、俺の顔を見るために面を上げた。

「私はカイネの『そうするべきだから』を聞きたいんじゃないの。カイネが『こうしたいから』が聞きたいの」

「…………帰るぞ」

 俺は踵を返した。体の向きを変える間際に見えたリゼの顔は、眉尻を下げ、悲しさを隠そうとする様に口角を横一文字にしていた。口の端を強張らせながら。

 ――――やはり俺は、ほとほと彼女に甘いらしい。

「…………もし、お前が何としてでも叶えたいというなら、俺は地の果てまで行こうともお前を守り続けてやる。安心しろ」

「……っ!!」

 沈んでいたリゼの顔に、歓喜の情が浮かび上がる。目を見開き、次いで目を潤ませながら、眉尻を下げたままの表情。先程の顔との相違と言えば、口角の上がった笑みである事。表情がカレイドスコープの様に、そしてより良いものに変わる彼女の変遷は、どんな高価な鉱石よりも価値があると俺は思っている。それ程には、俺はリゼの笑顔が好きだ。肩越しに見る幼馴染の、喜ぶ顔が。

「いいから帰るぞ、腹減った」

「っ……うん!」

 頭では理性を働かせても、どうしても幼馴染には甘くなってしまう自分が居る。年甲斐も無く幼子の様にはしゃぎながら隣へ小走りに駆け寄りこちらに笑いかけてくるリゼを横目に、俺はリゼと並び歩きながら家へと向かった。

 




 ランタンに火が灯され、木製の机の上にリゼが作った料理が並んでいた。俺は料理に詳しくない故に何を使って作っているのかわからないが、野菜を用いたスープや肉を何かしらのソースと絡めた物が並べられ、麦酒が傍に添えられていた。祝い事の前日と言うことで、普段は進んでは飲まないアルコールも準備している。リゼはまだ何かを作っているのか、料理場で楽しげに鼻歌を歌いながら平鍋を揺らしていた。

 ――――錬祝祭。

 それは錬金術を扱う俺達の村に年に二回、春と秋に催される祝祭だ。とは言え特に可笑しな事をする祝いではなく、各々の得意な属性の錬金術により作られたものを飾りながら、食事や酒宴をするだけのものだ。少し特異と言えば、この期間は外からの人間を一切村に入れないという事だろうか。存在の秘匿が常の俺達錬金術師、そして錬金術士。ならばその存在が最も露見しやすい期間に他所の人間を入れないのは当然と言えば当然だろう。

 次いでいうなら、錬金術を扱う人間はそれぞれ得意とする属性系統が存在する。火炎を操る術を得意とする者、氷雪を操る術を得意とする者、水を操る術を得意とする者。その内容は様々だ。そして錬金術を扱う者毎に属性の得意があるが、しかしその属性のみの術しか扱えない訳ではない。基本として錬金術を扱う者は学者である故に、様々な化学を中心とした知識を学び知っている。万物に対しての形態変化、形質変化等を起こすことができるのがまず第一段階。当然の前提を踏襲し、己の得手とする属性を知り研究を進めるのがまず初めに得る称号、錬金術士である。あくまで学徒に近い状態であるその称号が、俺達の居る村では一般的なものだ。そしてもう一つ、あらゆる形態・形質変化を過不足無く操ることができる上で、ある一つの自分が得手とする属性に特筆して秀でている人間に与えられる称号が、錬金術師。アルケミストと、ここで初めて呼ばれるに至る。それには生半可な知識や技術ではなり得る事はできず、その属性系統において極めたと言うに足りる実力が無ければならない。そこに年齢も性別も無く、老いてなお士のままの者も居れば、若くして師に至る者も居る。

 錬金術師アルケミスト、やはり堅苦しい肩書だと思うのは俺だけなのだろうか。

「えへへ……」

「何してるんだ……?」

 気が付けば、料理の際に用いているエプロンを身に着けたリゼが、俺の対面からテーブル越しに顔を覗いてきていた。何故か心底楽しげに破顔したその様子に、俺は純粋な疑問を投げる。

「真面目な顔してたカイネの顔を見てたの」

「変なことは何もないだろ? なんで笑ってたんだ」

「教えなーい、でもいい事だから安心してね」

「そうか、料理はできたのか?」

「うん! もう全部終わったよ、食べよ?」

「あぁ」

 とてとてと音が鳴るような軽やかな足取りで料理場へと戻っていく。平鍋で焼いていたのであろう魚を皿に盛り付けられていくのを見て、俺は椅子から立ち上がりリゼの背後に向かって歩く。

「ん」

「わっ……カイネ?」

 リゼの背中越しから盛り付け終えられている皿を手に取る。身長差のある相手だからこそできるそれに、魚の上に薬味などを乗せていたリゼが驚きながら見上げてきた。

「任せきりで悪い、運ぶ」

「いいのに別に、私はカイネに作るのが好きでやってるんだから」

「ありがたいがそれでもだ、お前だからこそ俺は少しでも手伝いをしたい」

「……ふふ、ありがと。じゃあこれお願いできる?」

「あぁ、任せろ」

 そう言って俺はリゼが盛り終わった皿を手に運ぶ。程よく焦げが入った魚からは食欲をそそる匂いと柑橘系の香りが鼻腔を擽る。恐らく今日の朝採れたのであろう食材をふんだんに用いたテーブルの上の料理達は、やはりと言うべきか、祝祭を思わせる豪勢さを如実に伝えてきていた。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

「これだけ作っていれば仕方ないだろ、むしろ前夜祭にこれは些か豪華すぎる気もするが……」

「いつも節制してるんだから、今日くらい楽しまないと損だよ?」

「まぁ、それならいいが」

「じゃあ食べよっか」

「あぁ」

 手元にあった突き匙を持ち、ソースの絡んだ肉を一口、口に入れる。時間をかけて仕込んでいたのか、普段食べる筋ばった感触ではなく、容易に噛み切ることができる触感だった。ソースは大蒜や生姜なども入れられているのか、独特の芳香を舌と嗅覚に届けてくる。リゼが今朝行商人から買っていたものが恐らくこれだったのであろう。この時期に良質なものをこの村全体が買うことは実情を知らない外の人間でも知っているので、それに合わせて仕入れを変えているのは知っていた。中々に競争が激しい買い物だったであろうに、涼しい顔でそれをこなす目の前の幼馴染には舌を巻く他ない。ついと視線だけを上に向けると、心底美味しそうにスープを口に含みほほ笑む姿が見えた。仏頂面とまではいわないが、感情が顔に出辛い俺からすれば羨ましい百面相だ。暫くの無言の咀嚼を続けていると、不意に目の前に突き匙に刺さった一口サイズの肉が差し出される。そこには俺が今口に含んでいるものとは味付けが変えられた肉だった。顔を上げると、にこやかな笑みを浮かべるリゼの姿が。

「何の真似だ?」

「あーん」

「自分で食える」

「あーん」

「リゼ」

「あーん」

「…………」

「あーん?」

「……………………あー」

「そんな幼馴染同士のスキンシップに躊躇うことあるの?」

「恥ずかしいんだが」

「美味しい?」

「……美味い」

「よかったー」

 時折コイツはこうして俺を揶揄ってくる。俺の反応が余程面白いのか、くすくすと笑うリゼに溜め息を吐きつつスープへと手を伸ばした。先程リゼからもらった肉の味付けは薬草と檸檬で風味づけをしたものだったのであっさりとしていた。じっくり火を通したのか、赤みの残る身は噛み応えがあり咀嚼をする度に爽やかな風味が広がる。これを考えて作ったのなら驚嘆の一言に尽きる。そんなあっさりとした口内はやはり、味の濃いものを求めてくる。薄ければ濃く、濃ければ薄く。ローテーションの様だが緩急がついて良いだろう。匙で掬った赤色のスープは、そんな俺の要求をわかっていたかのように舌を席捲する味の濃さだった。野菜が切り入れられたそれに紛れ感じる味は、恐らく何かの香辛料だろう。心地よく舌を刺すそれに舌鼓を打ちつつ、大振りに切られた芋を咀嚼する。ほろほろと崩れる様に小さくなっていくのは中々にどうして、芋と言うものに対する固い物体と言う認識との齟齬に可笑しくなってしまう。こんな考え方をするのは学者感覚故だろうか。リゼに言うと雰囲気が台無しと怒られるので言わないが。

 食事が続けられ、並べられた料理は段々と減っていく。俺もリゼもいい具合に腹が膨れ、傍らにある麦酒も底を尽きそうな所だった。俺は程よい酩酊状態になりながら、目の前に居る幼馴染をじっと見つめていた。

「あえぇ……やっぱりアルコール慣れないぃ……」

「何故飲んだ……」

「だってお祝い事だし……」

「無理して飲むな、ほら」

 顔を赤らめ、気泡の様にゆらゆらと揺れるリゼに水を渡す。深い酔いに微睡んでいる訳ではないようで、俺の視線に目線を合わせる事も、コップをしっかりと握る事も出来ている。問題は無いだろうが、万が一コップを落として怪我するとも限らない。視線を外す事はしないままに、俺は空になった皿や器を水場に運び、水を注いでいく。これをするかしないかで、翌日のリゼの機嫌は若干変わる。やっておける事はしておくに限る。

「かいねー」

「どうした」

 よたよたと歩いて近づいてきたリゼは、俺の背にぽすりと顔を埋め、腰の前に手を回してくる。酔ったコイツは何時もこうだ。べたべたと人に――――と言うか、態々俺の所にまで歩いて引っ付いて来る。特に止める理由も無いので放っておいているが、以前この光景を老公達に見られ茶化されたことがあるので人目に触れない事だけを願いつつ、引っ付き虫を引きずって居間に戻る。若干綿が痩せたソファーに座り、隣にリゼが腰を掛けつつ寄りかかってくる。

「あったかいー」

「そらよかった」

「んへぇー……」

「はぁ……」

 こんな惚けた顔は他の人間には到底見せることはできないだろう。これでは錬金術師アルケミストとしての称号を持つ片割れとは到底思えない位に破顔した笑みは、衆目に晒すものではない。コイツの立つ瀬が無くなるのが目に見えるからだ。

 とは言えここは自宅、誰の目にも触れない状況ならば好きにさせておくべきだろう。俺はランタンの光に照らされる伽羅色の髪を梳く。

「…………なんだ?」

 と、気を緩めていた時。微かに空気の流れが変化したことに気が付く。それは祝祭を前に浮足立った空気ではない、張り詰めた弦の様な不快感。今は行方を知らぬ師との修行の日々で常に感じていた獣の様な敵意さつい。この村にそぐわない異分子。それを俺の肌は感じ取っていた。そして、隣に居る彼女も。

「…………カイネ」

「お前は今すぐ親父達の所へ行って呼んできてくれ。俺は行く」

「駄目だよカイネ……一人は――――」

「大丈夫だ、信じてくれ」

 部屋の隅、薄暗い一角の壁に立てかけられた布に巻かれた物体を手に取る。俺の背程もあるそれを握り家の扉を開けようとする俺をリゼが止める。袖に掴まれた手は力の無いものだったのに、一瞬で俺の意気をゼロにするような力があった。だが、それで止まるほど柔い心ではないのを、コイツは分かっている。わかっていて、尚もやっている。申し訳なさが無いと言えば嘘になるが、しかし自分がこの村において今担っているものが何なのかをわかっている故に、その手を優しく解いた。

「…………すぐに呼んでくるから、無茶はしないでね」

「あぁ、行ってくる」

 不安げなリゼを裏口から行かせ、俺は自身の獲物である巨大な物体を片手に表に出る。外に出ると、遠くから微かに人の声がする。恐らく酒宴をしている人の声だろう、そちらの方角は何ら変化の無いものだった。

 しかし、その反対。村の出入りする門の向こう。暗闇の中平原があるはずのそこから、俺は神経が凍てつくような気配を延々と感じていた。片手に持った獲物を握り、ゆっくりと進んでいく。徐々に暗闇に染まっていく自分の姿を一切意に介す事は無く、やがて門の脇にある扉から向こうを覗――――。

「――――ッ!?」

 頭を出したその瞬間、眼前に迫り来たのは正体不明の鋭利な物体。まるで意思を持ったかのようなそれは俺の眉間を一切逃さずに進み射抜いてきた、が。

「あ……っぶねぇ」

 その鋭利な物体の切っ先の殺意は、俺の持つ獲物を覆っていた布を突き破り現れた『金属』によって阻まれていた。雷電が弾ける音と共に伸びた金属の壁は俺の眉間を含む顔面前に広がり、一切の綻びも無く俺を守っていた。正確には、俺が操作し攻撃を防いだだけなのだが。金属を更に変形させ、触れていた切っ先を弾く。

「誰だ……?」

 暗闇の先、微かにある気配に声をかける。敵である可能性こそ高いが、もしかしたら流浪の旅人が迷い込んできた可能性もある。限りなく低い仮定だが、それを確認するために目を凝らすと――――。

「――――――――ッッ!!!」

 目を見開く。眼前に居たのは人でも、それ以外の種族――――獣人や精霊でも無く、異形だった。

 下半身は人の名残か、二足歩行可能な人間の足が見える。それは夥しい裂傷が刻まれ、体液が凝固した跡が生々しくも残っている。そして上半身。些か傷が多いとはいえ足元が人間のそれなら、当然上も人間だと思うだろう。いや、人間だと思う以前に疑問にすら思わないはずだ。それが普通なのだから。

 なのに、何故か、俺はそれを疑った。人間ではないと、叡智の一片を蓄積した己の脳と勘が、疑えと叫んだ。

 ――――果たして、その警鐘は正しかったようだ。

「――――――――!!」

「まさか、合成種キメラなのか……?」

 合成種、キメラ。錬金術が生み出した、人と人ならざる者、或いは動物を掛け合わせ作成される人造生物。本懐を強制的に失わせる悪しき業。錬金術の暗夜の貌。最早錬金術がここにしか存在していないはずの世界に、あり得るはずの無い存在が俺の前に立っていた。胴体が中心から裂けた様な状態で、内臓器官があったはずの内部からは無数に蠢く茨に似た鋭利な先端の蔓が、虚空を彷徨う様に蠢く。

(おかしい、この村に合成種を作り出すだけの生体錬金術の使い手は居ない。ましてや村の外から現れるなんて有り得ない……が、今現実に目の前に居る)

 俺の観察が間違う事は無い。いくら闇が深い時間だろうと、姿が確認できればおおよその推測は可能だ。だからこそ、今この目の前に居る存在への疑問が湯水の如く湧き出る。だが、今はそれを考える時ではない。

 今するべきことは、眼前の敵性存在の排除だ。

「ッ!!」

 即座に俺は手に持った獲物の布を剥ぎ取り捨てる。現れたのは鈍い光沢だけがある、鍔も柄も単調で同質の物で構成された巨大な鉄塊。飾りや意匠すら無い、刃も持ち合わせていないそれに俺は手を添える。

「……ッ!」

 紫電が走る。暗闇を激しく明滅させるその光の走りに呼応するように、巨大な鉄塊はその形質を変化させていく。直方体だった形は巨大な厚みのある両刃に、鍔は細く最適化され、柄は俺の手で握りやすい形状になる。微妙な彫りをわざわざ入れているのはただの趣味だが。

 これが俺の最も得手とする技能。錬金術の中でもその名を飾るものとして存在する物質種、金属。俺はその扱いに特に長けている錬金術師であり、故に今しがた攻防両方に適する形に鉄塊を気軽に変形変質させることができている。これも自身で作り出した合金であることも大きい。瞬時に身の丈大の武装を作った俺は、眼前の合成種が向けるのと同じ様に剣の切っ先を向ける。

「生憎俺は剣士でも戦士でもない、ましてやお前は人に非ず。今はその害ある身を絶たせて貰う」

 身を低く、前傾姿勢に。左手で強く柄を握り、斜め後方から伸びる刀身は一切の揺れも無いままだった。呼吸を小さく整える。前に出した左足の親指に力を籠め、そして奔った。

「――――――ッッ!!!」

 地表を焦がす雷電の名残。振り抜いた鉄剣はその慣性による動きで俺の腕を容赦無く持って行かんとし、俺はその力を抑え込む。滑らかで傷の無い剣の表面には変色した血液が滴り流れ、『背後』の合成種は蠢かしていた蔓と歪な胴体に二分されながら大地に倒れ伏した。

 いくら異形、錬金術と言う人類が形成した知識・技術体系が産み出した存在と言えど、所詮は知性無き獣。いいや、畜生以下だ。ただその殺意のみで動くものに、知を備える人間が、ましてや錬金術師の肩書を得ている身分の自分が負ける道理はない。容易くそれに反する結果を出したならば、最早立つ瀬は一切なくなる。全力とは言わないが、相応に相対するのはおかしなことではない。

「カイネー!」

 と、合成種を眺めながら手に持った剣を元の鉄塊の状態に戻していると、手を振りながら村の人間を何人か引き連れてきたリゼの姿が見えてきた。暗闇でもわかる髪と瞳に、緊張状態だった体が弛緩する。

「リゼか」

「呼べそうな人たちは呼んできたけど……これって……」

「あぁ……十中八九合成種だ」

「でも、この村に生体錬成が得意な人も、人間と異種生物の合成ができる人も居ないはずなのに……」

「取り敢えず考えるのは後だ」

 俺は視線を、断裂し息絶えた合成種を囲む村の大人たちに向き直る。幾人かは周囲の警戒をし、二人ほどが躯となった胴体や蔓に触れている。それに近付きながら声をかけた。

「どうです」

「これは人間と茨の蔓を持った植物の合成種だな、見ろ」

 村の重鎮である男の一人が、伏した合成種の胴の内部を裂き見せてくる。俺はその内部に渡されたランタンで明かりを確保し覗く。

「…………錬成痕」

「あぁ、正直何処かの魔法使いか学者の戯れでできた化物ならよかったんだが、これで逃れられない事実が浮かんだ」

「他にこれを見たのは?」

「俺とお前、後は後ろのリゼだけだ」

「……リゼ」

「ご、ごめんね。私は一応分野は違うけれど生体系が得意だから」

「……いや、すまん。確かに俺よりお前の方が適任だったな」

「大丈夫、それで……これはどうするの?」

「そうだな、合成系に詳しい人間に鑑識させてこれを実体を確認――――」

 そう言いかけて言葉を止めた。止めざるを得なかった。既に傍らに居た男は傍を離れており、俺は自身の手で合成種の胴を更に開いていた。だから、見てしまった。

 その奥底、蔓に覆われながらも魅せる輝き。赤色せきしょくの叡智。人智の結晶。世界に逆因果を齎す万能の利器。

「――――賢者の石ッ!?」

 生成、製造の困難さや世界法則の崩壊を齎しかねない故に作成手段を闇に葬られたはずの赤き真理、『賢者の石』。本来あってはならないそれが、既に息絶えた合成種の核となって埋め込まれていた。

 否、そうではない。息絶えてはいる、だが『殺し切れている』保障は?

「リゼッ、離れろ!!!」

「きゃっ!?」

 リゼを弾き飛ばす。手荒な真似をしたくはなかったが、しかし今はそれを言う暇はない。もしこれが賢者の石であり、それが未だこの合成種と接続しているならば。

「全員離れろッ!!」

 叫ぶ。夜間であることなど気にする余裕はない。知識はある、賢者の石に関する知識は識っている。今ここで賢者の石の知識を知っている事の露呈を恐れることは、この場の人間、ひいてはリゼの死に繋がる。惜しむ時間も、その後の糾弾も煩うことはできない。俺は右手の錬成回路にエーテルを集中させ、励起させる。紫電が腕を覆う様に奔り、若干の痛覚への刺激に顔を歪めるが、しかし一切動作に淀みを起こす事は無い。手刀を作った手にエーテルを一極に集め、そしてその実体の無いエネルギー体を刃の形に形成する。あくまでイメージで、だが。

 刃が瞬間的に形成、振り下ろす。一刻も早く賢者の石の作用を停止させなければ――――。

「カイネッ!!」

 嗚呼、少し遅れたか。冷や汗が流れる。自身の手刀は間違い無く賢者の石を破壊した。厳密にはその機能を停止させる特殊な式をエーテルに含み流し込んだだけだが、それが実質的な賢者の石の恒久的停止を起こすのなら、それは破壊と言えるだろう。俺の目論見は何とか成功した。

 賢者の石はその効力の続く限り、生命体と呼べるものを不老不死と言う存在に昇華させる。この合成種は、本来核となっているはずの駆動炉心とも言える合成元の心臓では無く、賢者の石をその代替として埋め込まれていた。ならばどうなるか。

「く……ァッ……!」

 一度胴を切り絶ち絶命させようと、賢者の石の再生能力で復活する。そして周囲に人間の反応があるのを理解すれば、数多の蔓で貫かんと動くのも容易く解した。故に間近に居たリゼを弾き飛ばし、声を以て周囲の者達に警告をしつつ核を破壊する。辛うじて間に合ったが、しかし破壊に至るには数瞬遅く、蔓は俺の体を貫いた。そこはいい。問題はその貫いた場所だ。

(『窯』を……狙った?)

 錬金術の行使、それは誰でもできる芸当ではない。そして努力や才能と言う言葉で表現する事もできない。先天的に資格を得るか否か、それだけだ。

 錬金術師、或いは錬金術士は錬金術を行使する上で、大気中に存在するエネルギー体である『エーテル』と呼ばれる物質を使用する。そのエーテルをまず自身の体内に貯蔵し、必要に応じて放出する人間には本来存在しない臓器である『窯』が、錬金術師/士には備わっている。まずそれが無ければ錬金術発動のためのエネルギーを貯蔵することができない。

 そして『窯』をもし移植などで手に入れた場合、それで錬金術が行使できるかと言われれば答えはノーだ。貯蔵できる場所を確保したとして、そのエネルギーを放出するための回路が無ければ蓄積だけを続けることになる。その為に必要なのが『錬成回路』と呼ばれる、エーテルを必要な時に任意の場所へ行き渡らせる回路だ。その二つがあって初めて錬金術を使うことができる錬金術師/士となることができる。

 その中の一つ、窯は錬金術師/士達にとって生命線、心臓と同等に重要となる器官になっている。もし窯を破壊された場合、そこに貯蔵されたエーテルは体内に漏出し、不可逆の人体破壊が発生する。

 故に錬金術師/士は、窯こそが最大の弱点と言える。そもそも錬金術に対する知識や窯の位置を知らない人間が殆どなので、弱点と言うのは名目上な所ではあるが。それ程窯と言う臓器はブラックボックスのような扱いであり、弱点を晒す奇特な人間も居ないからこそ、今の時代にそれを狙う存在は居ないと考えて差支えは無い。

 だから、俺は背筋に氷塊を流し込まれたかの様な感覚を今真に感じていた。

 ――――何故、この知性の消えた合成種は寸分の違いも無く窯を狙ったのか、と。

 偶然狙ったと考える方が正しいのは分かっていた。知能知性の無い生命体、そして錬金術が忘却されかけた世界の存在を知っているからこそ、その仮定を選びたかった。だが、無作為に蔓を伸ばしてきた場合にのみその仮定は成立するのであって、全ての蔓が全く同じ場所に切っ先を向けた現実がある以上、その仮定は棄却するべきだ。この合成種は、窯を、錬金術を、錬金術師/士を理解し、正確に俺を殺さんとした。

 合成種、窯の存在と位置への理解、そして賢者の石。この要素が一つに集約されている以上、最早ただの襲撃で済ませて良いものではない。俺は貫かれ蔓にあった棘が搔き乱した箇所を抑え立ち上がる。傷口を荒らされているからか、そこから夥しい血液が流れ出ている事が暗闇の中でもわかる。何時も羽織っているコートを着ずにいたため、むき出しの肌は嫌に夜風の冷たさを感じさせた。

「動かないで!!」

 と、怪我の箇所を確認していると、立ち上がった俺の肩を優しくもしっかりと掴んだリゼが大声をあげた。抵抗虚しく地面に座らされた俺の傷口に手を添えたリゼは、左腿に巻いたバンドに括りつけている試験管を一つ抜き取り、中の液体を俺の傷に無造作にかける。

「ッ!」

「じっとして、カイネ。裂傷になってるから!」

「……すまん」

「無理しないで……」

 薄く色の付加された透明な液体が傷口に触れ痛覚を刺激する。即座にリゼは右手が血に汚れるのを気にする事も無く触れる。すると俺が先程錬金術を行使したのと同様に煌々とした雷電が掌より俺の体へと走り、無残な風体だった傷口は次第に止血と接合がされていく。

 リゼの得手とする錬金術は治癒などの医療系。医療系は錬金術を扱う者の中でも得手とする人間が少ない系統であり、リゼの家系は代々その医療に関する知識を継承しながら村唯一の医者を営んでいる。俺も良く世話になっており、リゼはその度に必ず俺の体を診てくれている。こういう傷も、彼女なら俺の体を知り尽くしているので応急処置ができている所がある。

「うん、取り敢えず止血と外傷の修復は終わったよ。後は内部の自然治癒に任せた方が良いかな」

「助かった、これだけしてもらえれば大丈夫だ」

 体を起こし、傍らに置いていた鉄塊を持つ。重さや動作での痛みはない。やはり腕がいいと応急処置の質が違うなと、訳も無く考える。一つ息を吐き、完全に機能を停止した合成種を見やる。大地にそのまま倒れ伏した身は徐々に崩壊し、ぐずぐずと細かな肉塊になっていく。

「一体これは……」

 少し離れていた、先程俺と共に合成種を見ていた男が戻ってきた。俺はその疑問に対して答える。

「賢者の石だ」

「……なに?」

「賢者の石が埋め込まれていた。俺は今すぐリゼと大婆様の所へと行くので、コイツの処理をお願いします。処理方法は焼却、残った灰は後の研究資料として保管してください」

「……わかった、頼む」

「リゼ」

「うん」

 合成種の処理を周囲の大人たちに任せ、俺とリゼは村の方へと歩いて行く。ただの襲撃ではない、外部には存在していないはずの錬金術の名残による夜襲。そして賢者の石。俺はある一つの懸念が生まれていた。その懸念は放置するにはどうしても大きく、そして恐らく、この村で対処できる人間はそう多くない。

 外に存在する錬金術。その言葉と現実は、もう村と言う閉塞的な世界で終わる話ではなくなってしまった。だから俺は、ある提案を窺いにこの村の長の住む家へと急ぐことにした。





 村の中央、石とべトンで作られた邸宅に俺とリゼは赴いていた。そここそ、この村の長である大婆様が住む屋敷。そこに入ると、俺の親父であるキルジア=トレストバニアととリゼの父親であるヴィルストリア=シュレインドールが既に居り、神妙な顔で会話をしているところだった。

「親父」

「カイネ、無事だったか」

「怪我したようだね……リゼが居てよかった」

「外面しか治せてないけれどね……」

 親父とリゼの父親は俺達に気が付くと、強張らせていた顔を僅かに弛緩させ微笑んだ。この心配の仕方からして、恐らくあの合成種の事はもう知っているのだろう。そう考えていると、奥に座る皺が深く刻まれた顔を向けてくる一人の老婆が口を開いた。

「……カイネ、リゼ。まずは無事で何より」

「大婆様、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「ごめんなさい」

「よい、其方達は当代に於いての若き賢人。心配こそしたが、不安は無かった。それで……例の合成種についてだが」

「はい、合成種が外より来たことも勿論ですが、それよりも優先して対処すべき懸念が発生しました」

「どういうことだ、カイネ」

 親父が訝し気な声色でそう言う。確かに外から錬金術による産物が現れたこと以上に懸念すべき事は無いと考えるのは自然な事だ。間違っていない。

 だが、それにアレが使われていたとなれば話は変わる。

「賢者の石」

「何?」

「…………そうか」

「これがその欠片です」

 掌に乗せた紅い鉱石の様な欠片。それこそが賢者の石の、そのわずかな断片。一応と回収したものだ。

「これが……カイネ君」

「えぇ、この村でもし知識を得た場合賢者の石の生成が可能なのは、現状俺かリゼ、或いは大婆様くらいです。そしてその三人は今ここに集い、誰もそれを知らない。つまりは――――」

 一つ間を挟む。

「外に存在します。錬金術を扱える、我々と同じ存在が。しかも失われた製法を知り、そして我々の存在をも感知している者が」

「……そうか、もしやとは思ったが」

「カイネ、その石の欠片は本物だったのか? 紛い物の可能性は――――」

「親父、鉱石を扱う専門の人間が見紛う事は無いだろ。俺も親父も……それにこの石の破壊にはエーテルと破壊の式を流し込んだ。つまりはそう言う事だ」

「……それに、カイネが殺したはずの状態から完全に蘇生していたから、まず間違いはないです」

「…………」

「これは、確かにカイネ君の言う通り放置できる範疇を超えている」

「……で、あるな」

「そこで提案をしたい。大婆様」

 神妙な面持ちの親父二人と目を伏せている――――のであろう大婆様に、俺は右手人差し指を眼前に立て言う。

 この提案は恐らくあまりいい顔をされないはずだ。俺とリゼは、その称号をそもそも得るには難度が高い錬金術師を冠したこの世界の数少ない人間であり、そもそも外へ出ていくこともこの村の人間はあまり好ましいとは思っていない。俺はともかく、リゼは村でも人気の医者なので尚更だ。

 だが、この問題を対処できる可能性があるのは俺たち二人のみ。悠長な考えができない今、その判断を間違えているとは思っていない。それに――――俺はかつて指を交えて交わした彼女への誓いを果たすことができるのは、この機会しかないと、そう感じていた。

「俺とリゼの、外へのこの件の調査の許しが欲しい」

「……ほう」

「カイネ……」

「すまない、親父。だが、今この件を調べ、万が一の場合でも生存の継続ができるのは恐らく俺達だけだ。この問題は内々に今済ませるべきではない。もし放置すれば、下手をすれば世界の均衡を崩しかねないのはここに居る全員判っているはずだ」

「……そうさな」

「大婆様。この村が、錬金術師が、外へ出る事を良しとしないのは分かっている。もう俺達は過去の遺痕でしかないのも、もし存在が再び明るみに出た場合の危険性もわかっている。それでも、許しが欲しい」

「大婆様、私からもお願いします。私がこの村を支えるべき一人であることは理解しています。でも、カイネ一人を行かせてもし何か大事があれば、私は一生後悔します。お願いします、行かせてください」

「……大婆様、如何なされますか」

 俺とリゼの懇願に、親父も、ヴィルさんも、大婆様も沈黙する。辛うじて発されたヴィルさんの問いに、大婆様は座っていた腰を上げ、側にあった小物入れから何かを取り出した。それはランタンの灯を反射し煌めく、複雑な紋様と紋章が彫られた小さな長方形のピアスだった。

「……これはかつて、カイネの師でもあった男とその付き人の女が身に着けていた装具。有事の際にエーテルを流し込めば、錬金術の出力などを増幅させることができ、一時的に強化可能となる物だ……その分体には負担がかかるだろうが、其方達なら使い違う事は無いであろう」

「……では」

「我ら錬金術士達は歴史から姿を消した。それは先人達の意思であり、我々を守るべく選択した道に他ならない。こうして衰退の一途を辿る事もわかった上で……だ」

「……はい、知っています。親父からもお袋からも、聞いています」

「だが、最早その教えで我々を守るのは不可能。秘匿の先にあるのは守護ではなく消滅、儂には、長に有るまじき事ながら……それが耐えられなかった」

 大婆様の言葉に、俺達は口を開くことができなかった。錬金術師としてのあるべき矜持を守ってきた長からの衝撃的な言葉に、親父やヴィルさんですら何も言う事は出来なかった。

「カイネ、新たな時代を視る強き鋼鉄よ。リゼ、新たな時代の先駆を寄り添う優しき風よ。其方らに此度の件の調査を命じる」

「っ……カイネ!」

「ありがとうございます。必ず、万全の調査を行います」

「頼むぞ……キルジア、ヴィルストリア、勝手な依頼を其方達の子を任せたこと、すまないと思っている」

「……いいえ、それが我々のためであるのなら、娘を信じます」

「俺の息子は強い、心配はしないさ」

「……そうか。ではカイネとリゼよ」

「はい」

「はい!」

「其方達二人は支度を済ませ明日より出立せよ。必要なものは可能な限り明日の朝までに門前に用意する」

「わかりました、リゼ」

「うん、ありがとうございます大婆様。私とカイネは今から支度に戻ります!」

「……うむ、万全を期す様に」

 大婆様の言葉を聞き、俺とリゼは早足に自宅へと戻る。明日からはその日暮らしの比率が高くなる。必要最低限かつ、厳選しなけらばならない。やれることを早めに済ませ休息をとるために、小走りで家路についた。





「よかったのかヴィル、リゼちゃんを外に出す事を許して」

「よくは思っていないさ。我々錬金術士は秘匿こそが自衛、それを脅かす行動を良しとしたくない。何より……娘を危機に晒す父親なぞ居ない」

「…………」

「だが、あの子は十年以上も前から……ずっとあの崖の上から外を見ていた。聡い子だ、その願いが村にとって望まれないのをわかっていて押し込んでいたんだろう。親だからわかっていたが、その背を押せなかったのもまた事実」

「……そうか」

「それに、カイネ君が居る。当代どころか歴代に於いても彼ほど強く聡い子は居ない。そんな彼が娘と共に居てくれるのなら、私は私の宝を預けられると思える」

「息子が高く評価されていて鼻が高いぜ」

「お前の息子らしかぬ聡明さだ、全く」

 カイネとリゼが大婆の館を後にしてから少しした頃、キルとヴィルは歩きながら元居た酒宴場に戻っていた。脅威は去り、後は明日にある見送りをするのみ。なにより祭事を控えた日だ。変にじたばたするよりは大人しく酒を呷っておくのが一番とはキルの弁。なにより互いの妻にこの件を伝えておく必要があった。驚きはするだろうが、しかし飲み込んではくれるだろうと、互いに結論を出したのがつい先ほど。少し離れた所から響く笑い声に向かい、男二人は少し冷たさを孕む風と共に煌々と光る家へと消えていった。

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