第44話 対面-6
「自首してください」と雅美が言った。
やはりそうきたか。
「お前がそのように言うのは正しいし、もし自分がお前の立場ならそう言っていたかもしれない。しかし、申し訳ないが、そうはいかない。お前にはわからないだろうが、これまで俺がどれだけ日陰を歩いてきたか。子どもの頃は気付かなかったけれども、思春期を迎えてものの善し悪しを見分ける目がつくと、世間は実に冷たかったよ。
『なぜあの子は叔父さんと暮らしているのか』、
『両親はどうしているのか』、
『死に別れたんじゃないか』、
『可哀想に』、
『不憫な子だよまったく』
ってな。引っ越して来たときはクラスの子が遊ぼうと来てくれたが、それも最初だけで何故かぱったり来なくなった。叔父さんに何故なのか聞いても黙ってうつむいて答えてはくれなかった。あとでわかった。友だちの親があそこには行くなと言ってたんだ。それだけじゃない。就職の面接で履歴書を見た面接官に質問され、叔父と二人暮らしだと言うと何故か面接官は「私からの質問は以上です。あなたからご質問がありましたらどうぞ」と早々と切り上げる素振りを見せた。きっかり一週間後に「ご縁がございませんでした。今後のご活躍をお祈りいたします」と通知が届いた。やっと就いたアルバイト先では自分の身の上はすっかり知られていた。それでも俺は母ちゃん持ち前の明るさを発揮しようともがいてきた。日向を歩いて来たお前にはわからない。これからなんだよ、これから。お前と二人で朝日奈家を支配するんだ。それが最終段階だ。それに、俺が自首したらお前の名前に傷がつくし朝日奈家はおしまいだ。俺とお前の人生は今日始まったばかりじゃないか。静馬を殺ったのがあの婆さんで、婆さんは川に投身自殺。それでいいじゃないか。わざわざ俺が出ていって話をこじらす必要はない」
しばらくどちらも何も言わなかった。
外で、蝉が一匹だけ力無くジーと啼き、そのあと、バタバタバタと羽を擦る音が聴こえた。別天地へ飛んで行ったのか、そのまま地面に落ちて朽ちたのか、わからない。
おもむろに雅美は仕方がないという顔をしてうな垂れた。そしてスマートフォンを取り出し、こう言った。
「朝日奈です。自首しないと言っています。助けてやってください、刑事さん」
その台詞を聞いて、俺もおもむろに仕方がないという顔をしてうな垂れた。警察に根回ししていたのはこちらも想定内さ。スマートフォンの画面を消して住居内を真っ暗にした。雅美が「あ」と小さく叫んだ。雅美をどんと突き飛ばして竪穴住居を飛び出した。背後で「兄さん!」と叫ぶ声がした。でも気にしなかった。気にしてはいけないと思った。フェンスに男がいたが突進して倒した。脇目も振らず境内入口の長い長い階段を目指した。全速力で走った。正面に鳥居と階段の最上段が見えてきた。すると、そっちのほうからでっぷり太った男性がかけ上がってきて
「こうちゃん!」
と、叫んだ。寺岡さんじゃないか! 何故彼が。。。そうか、雅美か。。。彼は肩でぜいぜい息をして両手を広げ立ち塞がった。このままではぶつかるので、すんでのところで止まった。寺岡さんは、
「こうちゃん、もうやめよう」
と、言った。泣いていた。
「やめよう、やめよう」
と言って、近づいてきた。警察が何人か色んな所から出てきた。寺岡さんがこのまま俺を抱きしめようとしたので身をかわした。これで階段まで妨害する者はいなくなった。真上に着いた。勢いそのままに目を瞑って思い切り頭から飛び込んだ。色んな所で
「しまったあ!」
と、声が挙がった。
痛かったのは最初だけだった。寺岡さん、ごめんなさい。雅美、ごめんね。
もうこれで帰れると思った。帰れるんだ、あの頃に。
くるくる落ちて、どんどん意識が薄らいだ。
そのかわり、幼い日々が次々に出てきた。
最後は家族三人で大きいショートケーキを食べているところだった。
「母ちゃん、父ちゃん、僕ね。。。ぼ。。。く。。。」
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