第37話 今度は雅美が代々木八幡に呼び出され
雅美さんと警察署で別れて翌日、私はいつものように出勤し、いつものようにランチへ逃げ、無事に一日を終え、いつものように初台御殿へ帰宅しました。
私の自宅はもはやここの離れ、つまり雅美さん専用に増築された離れの一室になってきていて、郁さんも最近は、
「おかえりなさいませ」
と自然に挨拶してくれるようになりました。
ここに寝泊まりして約一週間。
一体私は何者なのかわからなくなってきました。
なんだか家族の一員にでもなった気分。
こういうのを麻痺っていうのかな。
雅美さんは結局今日一日会社に出社しませんでした。
一体今どこで何をしているんだろうと気を揉みながら私にあてがわれた部屋へ続く廊下を歩いていくと、後ろの方から割烹着の布が擦れる音をさせて郁さんが私を呼び止めようと小走りにやってきました。
なんでも雅美さんから母屋に電話がかかってきていて私に替わってほしいと。
私は急いで母屋に向かいました。
すると、ちょうど専務が受話器を持って話をしていましたが、私に気づくと、
「雅美があなたに替わってって」
と、受話器を渡されました。
もしもし?と私が受話器に向かって話すと、
「ごめんなさい。連絡できなくて」
と、あっけらかんと、先に謝った者の勝ち的な口調で言ってきました。
「もう、何してたんですか。心配しましたよ。会社にも来ないし。もう」
「うん、詳しくはお会いしてからきちんと話します。電話を替わってもらったのはお願いが2つあって。1つは父の通夜が◯◯日になりました。ええ。受付をお願いできませんか。はい、じゃ、お願いします。あともう1つは、こっちがメインなんですけど、今朝知らない人からメールが来て。え? ええ、メールです。『今日の午後九時に代々木八幡で』って、それだけなんです。ええ。一緒に行ってほしくて」
「一緒に?今日の九時に?代々木八幡で?」
「はいそうです。よろしくお願いします」
「ちょっちょっちょっちょっとぉ、よろしくって、ダメダメダメダメ、ダメですよ!」
「ダメですか?」
「『ダメですか?』じゃないでしょ。お願いだからやめてください」
「でも、絶対犯人だと思うし。。。」
「だったら尚更でしょ。警察には? 連絡しました?」
「いいえ、まだです」
「えええ!? 何を考えてるんですか、すぐ連絡、すぐ連絡、いいですね」
「ううん、でも」
「『ううん、でも』じゃないでしょ。私は行きませんからね」
「お願いしますよ~」
んもう、これだから雅美さんは。。。
「兎に角、今どこですか」
「蓼科から移動中で。電車の中です。ええ、特急のあずさ。新宿に着くのが二十時十五分で、そこから小田急線で代々木八幡へ行きます。だから、あの時待ち合わせしたカフェには二十時四十五分には着くんじゃないかと」
もう私は血圧が一気に上がりました。
「勝手に動かないで、大人しくそのカフェで待っててください、いいですね」
「一緒に行ってくれるんですか」
「雅美さん一人じゃ無理ですから」
「そう来なくっちゃ」
「『そう来なくっちゃ』じゃないですよ、まったく!」
***
結局昨日は東京へ行く最終の特急列車に間に合わなかったので、仕方なく茅野駅前のビジネスホテルに一泊し、遅めの朝食を取りながら何気なくスマホをいじっていました。
そして何気なくニュースをタップしました。
するとその中にこんな記事の見出しが目に飛び込んできました。
目黒川に黒衣の老人女性 転落死か
反射的にその記事をタップしていました。
すると、昨日の午後十時半頃、東京都目黒区中目黒の目黒川船入場で老人女性と思われる遺体が発見されたこと、発見したのは犬の散歩に来ていた住民で衣服が水質計測器に引っかかって浮いていたと言っていること、腐食が進んでいて詳細は不明だが年齢は七十歳から八十歳で黒い和服、所持品は見当たらないこと、警察は身元確認中で事故と事件の両面で捜査中であることを端的に伝えていました。
更に下の方へスクロールするとその関連記事がありました。
《《(新着情報)目黒川船入場で死体となって発見された老人の女性は、目黒区碑文谷に住む無職・本田徳子さん(七十歳)。
・・・(略)・・・》》
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