闇の底 其の八


しばらく歩いていくと、ついた場所は月極駐車場だった。


叔父は迷うことなく一台の白いセダンの前まで行き、「乗れ」と一言。車に乗り込んだので、僕も急いで助手席に座る。


「叔父さん、車なんか持ってたの?」

「めったに乗らないけどな」


エンジンがかかる。

駐車場を出ると、叔父は突然アクセルを踏み込んだ。

ギュルルルという音を立ててものすごい勢いで発進し、僕の身体は慣性の力で深くシートに押しつけられる。


「ひぎゃっ」


変な声が出た。

車に乗り慣れていない僕には刺激が強すぎた。


「ちょ、叔父さん!?」

「言っておくが、俺は運転があまり上手くない。死にたくなかったらシートベルト、しっかり締めとけよ」


思わずシートベルトを強く握る。ちゃんと締めておいてよかったと、僕は心の底から思った。

しばらくすると、少し落ち着いてきた。僕はちらりと叔父を見て、話しかけて良さそうなタイミングを見計らって口を開いた。


「あのさ、叔父さん。今から行くところって……」


おずおずと聞くと、叔父は横目で僕を見て、またすぐに前に視線を戻す。


「お前の言っていたホテルだ」

「場所分かるの?」

「ああ。だが、お前たちが行ったのは本当にK県にあるSホテルだったんだな?」

「う、うん。入口の看板にも書いてあった。錆びていて読みにくかったけど」


そこまで言うと、叔父はまたしばらく何か考えていたようだが、やがてぽつりと「まぁ、行ってみればわかるか」と言った。


そうして、またしばらく車内は静かになった。会話もBGMもない空間で、僕はおもむろに携帯の画面を見る。

あれから真斗からの着信はない。


今、彼はどこにいるのだろうか。向かっているのならバイクだ。まだ向かっている最中か。それとも、もうホテルに着いて――。


さっきまで鎮まっていた不安と焦りが首をもたげはじめ、僕は震える手で発信ボタンを押そうとした。


「で、お前の友達とやらは、本当にそのホテルに行くと言っていたのか?」


突然の質問にびくりと身体が跳ねた。


「えっ、いや。はっきりSホテルに行くとは言ってなかったけど。ただ頻りに『呼ばれている』、『すぐにいかなきゃ』って」


真斗を引きとめようとした僕を阻止するかのように襲ってきた無数の手。あれは写真に写っていた手だと、僕は直感的に思った。


「夢でも真斗は誰かに呼ばれていたって言っていたし、もしあの夢が本当だったら……」


叔父は前方を見たまま黙って僕の話を聞いている。

僕の視線に気づいた叔父が「なんだ?」と聞いてきた。思わず首を振る。


「いや、だって。何も言わずに聞いてくれてるから。叔父さん、こういう話信じてないんでしょ?」

「そうだな」

「じゃあ、なんで車出してくれたの?」

「お前が後先考えずに突っ走るからだろーが。それに、どうせ止めても聞かないだろ」

「うっ」


叔父は「ったく。誰に似たんだか」といって小さく欠伸を噛み殺した。

そういえば、今日は起きるのが早かったようだし、眠いのだろうか。


「ごめん」


なんだか急に申し訳なくなって、僕は俯いたまま謝る。


「まぁ、俺も確かめたいことがあるからな」

「確かめたいこと?」


顔を上げると、前方に錆びついた看板が見えた。見辛いが、確かにSホテルと書いてある。

坂道を登ると、廃ホテルが昨晩と変わらぬ姿で聳えていた。


「ここは……」

「あ、あれ!」


隅の方に一台のバイクが見え、僕は声をあげた。間違いない、あれは真斗のバイクだ。


「やっぱり来てたんだ」

「待て、桃里……」


僕は「すぐ戻ってくるから!」とだけ言い残し、叔父の制止も聞かずに車から飛び出すと、一目散に裏口に走った。


後ろで叔父が何か叫んでいたが、その時の僕は聞いている余裕すらなかった。


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