闇の底 其の七
急いで買い物をすませて帰宅すると、叔父が珍しく起きていて居間で新聞を読んでいた。
しかも今日は和装ではなく洋服だ。どこかに出かけていたのだろうか。
それにしても、こうしてみると本当に年齢不詳だ。
「ただいま」
声をかけると、叔父は僕を一瞥し、「ああ」とだけ言ってまたすぐに新聞に視線を戻す。
「おかえり」くらい言えないのかと心の中で小言を垂れながら小さく溜息をつくと、僕はそのまま台所へ行こうとした。
「何かあったのか?」
叔父の言葉に思わず足を止める。
「え?」
「顔色が悪い」
「……別に、あんまり眠れてないだけ」
正確には原因のうちの一つにすぎないが、嘘は言っていない。だが、叔父は疑心に満ちた目で僕を見据えている。
叔父の目はたまに怖い。すべてを見透かされているようで、つい逸らしたくなってしまう。
「まぁ、言いたくなければ別にいいが」
叔父はそう言うと、すぐに視線を新聞に戻した。
なんだよその言い方。今までこんなに構ってきたことなんてなかったくせに。
叔父の思惑にまんまとはまったようで少し悔しいが、今話しておかないとなんだか後悔するような気がして、僕は今朝みた夢と昨夜撮った写真のことを叔父に話すことにした。
***
「要するに、お前たちがみた夢は昨夜行った廃墟とその写真が原因だと?」
「う、うん。まあ、たんなる偶然かもしれないけど」
叔父は怪奇小説を主に書いているのだが、幽霊とかオカルト的なものは全く信じようとしない超現実主義者だ。
正直、ただの思い過ごしだと鼻で笑われるかと思っていたのだが、叔父は最後までだまって僕の話を聞いてくれた。
「それで、今から写真をお焚き上げしてもらいに行こうと思ってて。ついでにお祓いもしてもらおうかって」
「それでお前たちの気が晴れるなら好きにすればいいが」
叔父が何か言いたげだったので、僕はなんとなく察して先に口を開いた。
「もちろん、しょせん夢だし深い意味はないんだろうけどさ」
「いや、そうじゃなくてな」
何か気になることがあるのか、叔父はそれきり口を噤んで、なんだか釈然としない表情で考え事をしている。
すると突然、携帯が鳴った。
画面を見ると、真斗からだった。
こっちから連絡するという話だったけど、予定が変わったのだろうか。
叔父に断りを入れて携帯に出た。
「もしもし」
『…………』
無言だ。最初は電波が悪いのかと思ったが、耳をすませると相手の息づかいとかすかに風の音や木々のざわめきが聞こえてきた。
外にいるのか?
『……か……、きゃ……』
「もしもし、真斗? ごめん、よく聞こえな……」
『…よん……でる……』
「え?」
『よんでる、いかなきゃ』
そこで通話が切れた。
何が何だかわからず、しばらく呆然と携帯を見つめていると、叔父が怪訝そうに聞いてきた。
「どうした」
「わ、わからない。真斗、行かなきゃって」
もしかして、彼はまたあの廃ホテルに行こうとしているのか?
何度かかけ直してみたが、繋がらない。
昨夜みた夢の内容を思い出して、胸騒ぎが襲った。あの夢がもし本当だとしたら、真斗が危ないかもしれない。
僕はいてもたってもいられなくなり、すぐに玄関へ向かう。だが、途中で叔父に引き止められた。
「おい、どこに行くんだ」
「あいつ、たぶんまたあの廃ホテルに行こうとしてるんだ。だから――」
「ちょっと待て、落ち着け。足もないのにどうやって行く気だ」
「それは……」
そこで、はっとした。
そういえば、僕はあの廃ホテルの明確な場所を知らない。
真斗のバイクの後ろに乗せてもらい、昨日初めて行ったのだ。当然道など覚えていない。
「わからない。どうしよう」
このままじゃ真斗が。
携帯で検索をかけようにも、不安と焦りでなんと打てばいいのか思考がついてこない。手が震える。
そんな僕の様子を見ていた叔父は、小さく「ふー」と息をつくと、玄関へ向かった。
「行くぞ」
叔父はそう言うと、早々と玄関を出て行ってしまった。
僕はしばらく開いた玄関ごしに遠ざかっていく叔父の背中を茫然と見つめていたが、叔父の「おい、早くしろ」という声で我に返った。
「ま、待って!」
僕は戸締りだけすると、すでに家の門を出て見えなくなった叔父を急いで追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます