闇の底 其の陸


「はっ」


気がつくと、そこは自分の部屋だった。カーテンの隙間から光が漏れている。

自分の荒い息遣いが、しんと静まりかえった部屋の中でやけに大きく聞こえる。

空気はひんやりと冷たいはずなのに、ぐっしょりと汗をかいていた。


「ゆ、夢か……」


上半身をお越し、深呼吸をする。

そうだ。昨日心霊スポットなんか行ったからこんな変な夢をみたんだ。

悪い夢。そう、ただの夢だ。

そう強く自分に言い聞かせ、僕は布団から出た。

予定より早く目が覚めてしまったが、なんとなく家でゆっくりする気にもなれなくて、シャワーを浴びてから早々に学校へ向かった。


学校につくと、門のところに真斗が立っているのが見えた。なんだか浮かない顔をしている。真斗は僕に気づくとすぐに駆け寄ってきた。


「よう」

「おはよ。はやいな」

「ああ」

「どうしたんだ? 顔色悪いぞ」

「そういうお前もな。それよか、ちょっと見せたいもんがあるんだけど、今いいか?」


真斗にしては珍しく切羽詰まった表情だ。

例の夢のこともあり、なんとなく嫌な予感がしたが、僕は首を縦に振った。


***


中庭のベンチに座ると、真斗は一枚のポラロイド写真を取り出して見せてきた。


「昨日、最後にあの穴撮っただろ。それで、撮った時は気づかなかったけど、帰ってから見てみたらなんか変なのが写っててよ」


見ると、そこには闇を留めた大きな穴が写っていた。


「変なのってどこ?」

「ここだよ」


指を差された箇所を見て、僕は目を見張った。

一緒に写っていた真斗の足元には、黒い手のようなものが伸びて今にも真斗の足を掴もうとしているところだった。


「この穴の写真、まだあと何枚か撮ったんだけど、なんか見る気がしなくてさ」


そう言って、そのまま写真をカバンの中に仕舞った。


『あのさ』


口を開くと、真斗と言葉がぶつかった。


「な、なんだよ」

「お前こそ」

「いや……実は昨日の夜、変な夢みて」

「マジで? 俺もみた」


僕らは互いに自分がみた夢のことを話した。


真斗がみた夢というのは、こうだ。


何も見えない黒く塗りつぶされた世界で、どこからともなく助けを求める声がひたすら聞こえてくる。声から逃げるように走っていると、突然目の前にあの巨大な黒い穴が姿を現し、落ちそうになったところで目が覚める。というものだった。


真斗は引きつった笑みを浮かべて「なんか、二人してこんな夢みるの気持ちわりーな」と言う。


「うちの叔父さんも、写真は処分してもうあのホテルには行くなって言ってたし」


僕の言葉に、真斗は小首をかしげる。


「叔父さん?」

「そう。今は叔父さんちで暮らしてるから。あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてねぇよ。いつから?」

「母親が亡くなってからだから、中学ん時からかな」


真斗は何か言いたそうな目で僕をみて「ふーん」と鼻で相槌をうつ。

なんだかふて腐れているような、そんな感じだった。


「なに?」

「べつに。でもま、その叔父さんの言う通りかもな。今日学校終わったら近くの神社にお焚きあげ供養にでも行くかぁ」

「ついでに二人ともお祓いしてもらったほうがいいかも」


「せっかく撮れたマジもんの心霊写真だったのによ」と、いつものようにおちゃらけて見せる真斗だが、やっぱりどこか元気がないようみ見える。


「とりあえず学校終わったら残りの写真とカメラ取ってくるわ」

「僕も、いったん帰って買い物と夕食の準備だけしてくる」


僕の言葉に、真斗は「主婦かよ」と笑う。

まあ、あながち間違いではない。


それから僕らは、その日すべての講義を終えると、一度それぞれの帰路についた。


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