闇の底 其の伍


僕は暗闇の中でひとり、深い霧の中に佇む建物を見ていた。


視界にぼけるその外観は、木造の小さな旅館のようだ。

ここはどこだろうか。

ぼんやりとしていると、先を歩く人影が見えた。

目を凝らすと、それは真斗だった。


「おい、真斗!」


聞こえていないのか、いくら大声で呼んでも振り返ることなく、まっすぐ旅館の方へ歩いていく。その時、なぜか「行ってはいけない」と強く思った。


「待って、そっちは駄目だ!」


すると、歩みを止めた真斗がゆっくりとこちらに振り返った。

その顔には生気がなく、目も虚ろだ。

走って追いかけるが、なかなか距離が縮まらない。

それでもなんとか追いつこうと手を伸ばした瞬間、突然足に何かが纏わりついてきて、バランスを崩し転倒してしまった。

咄嗟に足下を見ると、そこには無数の黒いものが絡みついていた。


なんだろう。黒い木の根っこ?


目を凝らしてみて、僕は思わず声を上げた。


「……っわぁあああああああ!!!」



それは焼けて消し炭のようになった人間の腕や手だった。それが何本も僕の両足にしがみついている。びくともしない。

ふいに前方に目を向けると、真斗も黒い無数の手に引っ張られて暗闇に沈むところだった。


「真斗!! やめろ、やめろ放せ!!」


僕の叫びも空しく、二人とも深い闇の底へと引きずり込まれてしまった。


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