闇の底 其の肆


僕が叔父のところで暮らすようになったのは、約五年前。


幼少時に事故で父を亡くし、それ以来女手一つで育ててくれた母が病で他界した。

僕の引き取り先をどうするかで大人たちが揉めている中、唯一何も言わずに迎え入れてくれたのが、母の弟である古林魔魅こばやしまみだった。


叔父は物書きを生業としていて、名前はペンネームらしい。だが、僕は叔父の本名をいまだに教えてもらっていない。

普段から、夜仕事をして朝方寝るという生活を送っている叔父とは、休日と夜のわずかな時間くらいしか顔を合わせることはなかったので、多少帰宅が遅くなったくらいでは何も言われないだろうと軽く考えていたのだが、違ったようだ。


居間につくと、いつも食事をするときのように、卓袱台を挟んで向かい合うように座る。


「それで、一体こんな時間までどこで何してたんだ?」

「だから、ちょっと、友達とドライブに」

「どこへ」

「どこって……。適当に、いろいろ」


疑いの眼がざくざくと突き刺さってくるのを感じる。

ふと顔を上げた瞬間、目が合った。思わずそらしてしまう。

すると、今まで不機嫌そうにこちらをじっと見ていた叔父は、急にふっと小さく笑った。


「な、なに?」 

「いや、お前嘘つくの下手だな」 


僕はぎくりとし、とっさに「嘘なんて」と反論しようとするが、叔父はそれを遮る。


「嘘は左脳で考えるから、目は自然と右上を向く。受け答えもしどろもどろではっきりしないしな」


叔父はため息交じりに煙管を取り出して、刻み煙草をつめて火をつけた。


「でも、僕だってもう子供じゃないんだし、少しくらい……」


叔父は煙を吐くと、


「お前はまだ未成年だろ。それに、別に遊びに行くのが駄目だと言っているわけじゃない。まぁ、時間や場所にもよるが。ただドライブに行くだけならそう言えばいいし、遅くなるなら一言連絡くらい寄越せるだろう。曖昧にしてこそこそするのは、何か後ろめたいことがあるからだろ」


うっ、と言葉が詰まる。

こんなことなら、嘘でもちゃんと行き先を言っておけばよかった。だが、後悔しても後の祭りだ。

僕はとうとう観念し、怒られることを覚悟で重い口を開いた。


***


「Sホテルか……」


僕が話し終わると、叔父はしばらく考えてから「なら、もうそこには行くな。撮った写真も全部処分しておけ」とだけ言って、そのまま自分の部屋に戻ってしまった。

急にどうしたのだろうか。だが、思っていたよりも怒られなかったし、あんなところ言われなくても、もう二度といくものか。


明日も朝から学校だ。

僕はシャワーを浴びると、すぐに布団に入って眠ってしまった。


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