テンプレ12 「奴隷の値段 その1」

「さて、ここが大都市『エスパダ』か。元の世界で言うなら、ローマっぽい造りっていうのが一番近いか」


 円形闘技場を傍目はために見ながら、イスズはあゆみを進める。

 歴史を感じさせる石造りの建造物は観光にはいいかもしれないが、どれも同じように見え、奴隷商の店舗を探すのには苦労しそうであった。


「どこに何があるのか、さっぱりわからん。とりあえず適当に聞いて周るか」


 さっそく、イスズは奴隷商の場所が分かりそうな人物を吟味すべく観察しだした。狙いは現代で言うところのチンピラだ。

 道行く人々を見ると、ローマのような世界観に対し、皆の服装は男性ならズボンにチュニック、女性ならワンピースという中世ヨーロッパを彷彿とさせる姿をしていた。


「くそっ! 世界観くらい統一しろよっ」


 イスズは嘯き、これも転生者が理想の生活を送るために無理矢理行ったことだろうと決め付けた。


「本当だよな! ローマ風ならもっと女性は露出があったはずなのにッ!!」


 いつの間にか人間の体を得ているアリはイスズと肩を組む格好になっている。


「おい。ベタベタするんじゃねぇ」


「オ、オレだって好きで肩組んでる訳じゃないんだよッ!! こうしていればイスズの転生者のパワーで人間に変身できるんだ! 身体のどこかが触れていればいいんだが、男の手を握るくらいならオレは死を選ぶね! それより聞き込みだろ! オレに任せろ!!」


 アリはたまたま通りがかった女性に近づく。


「やぁ、お姉さん。今ちょっといいかな?」


 男2人が仲良く肩を組みながらという微笑ましい光景と顔だけは良くなっているアリ。女性はすんなりとアリの言葉に耳を傾ける。

 その目は素晴らしいものを見たかのようにキラキラと輝いている。


「奴隷商ってどこにあるか知ってる? で、そのあとにでもお茶でもどう?」


 とたんに女性のアリを見る目がゴミくずを見るような目に変わり、スナップの聞いた右がアリの頬をぶっ叩いた。


「サイテーッ!!」


「な、なぜ……」


 アリは目に涙を浮かべ、女性の後ろ姿を追った。


「普通、女性に奴隷商の場所は聞かないだろ。しかもその後お茶ってふざけ過ぎだろ。逆の立場で考えてみろ。ホストクラブの場所を聞いた女性がその後、男にお茶しようって言ってきたら、俺は確実に金の無心か壷を売られると思うね」


「な、なるほど……」


 アリは敗北を認め、その場に崩れ落ちた。


「使えんやつめ。全く仕方ないな」


 イライラとしながら観察を続けていると、大手を振って歩く男を見つけ、イスズの勘がチンピラだと告げた。脅す、もとい、お願いするように道案内を頼むと、奴隷商という性質上、こころよくとまでは行かないが場所を聞き出すことに成功した。


 奴隷商の建物は簡素な四角い造りになっており、いくつかの窓はあるがその全ての戸が木板で固く閉ざされており、来るもの拒まず、去るもの許さずという脅しのようにも見える。


「怪しすぎだろ……」


 イスズは外壁が黄色だったことに少しばかり安堵する。もしピンクや紫だったら、回れ右をして別の方法を考えていたかもしれない。もしくは外から火をつけたかもしれなかった。


 正面の扉はまるで歓迎するかのように容易く開き、招かれるように中へと入る。

 中にはいくつもの檻が乱立しており、その中には首輪につながれた人間や獣人。魔物などさまざまな生物が捕まっていた。

 

「チッ。予想通り胸糞悪い光景だな」


「いやいや、ここから、従順な可愛い娘をお迎えするんだろ。転生物じゃ、普通の光景だろ?」


「黙っていろ!」


 イスズは不愉快という気持ちを隠そうともせず露骨に顔を歪め、毒づきながら奥へと進む。


「おい、誰かいないか?」


 声をかけると、奥から玉子のようにまん丸とした男が現れた。


「私がこの奴隷商を切り盛りしているシアンと申します」


 うやうやしく一礼し、イスズの言葉を待った。


「そうか……。ところで、奴隷ってのは1人いくらくらいなんだ?」


 手近な檻を見ながらイスズは聞くと、


「はい。今お客さまが見ているモノですと、3万ゴールドになりますね」


「3万ゴールド? このあたりは1ゴールドどれくらいの価値だ?」


「そうですね。最近はこのあたりも治安がいいので、物価が安くなっていて、だいたい500ゴールドもあれば昼飯を買うのは困らないってくらいですねぇ」


 だいたい、日本円に換算するとこの街では1ゴールド1円くらいである。

 街に入門するためには1人、1500ゴールドだったことを考え、イスズは美術館に入るくらいの料金か、とぼんやり計算していた。

 そして――。


「なるほどね。奴隷1人で約3万円か……。安すぎるだろッ! 人をなんだと思ってやがるッ!」


 イスズの怒鳴り声にシアンは首をすぼませ、ますます玉子のようになりながら謝罪の言葉を発する。


「す、すみません、別にお客さまがお金を持っていなさそうに見えたから安い商品を紹介した訳ではないのです! ただ、一番近くの商品を説明しただけでして」


「そういう事を言ってるんじゃねぇ! 普通に安すぎるだろッ! だから異世界転生者が落ちぶれると奴隷を買いに走るんだよッ!! 便利だし、言うこと聞くし、可愛いし、イチャイチャもできるって理由でなぁッ!!」


 近くの檻を力任せに叩くと、鉄でできているはずのそれは飴細工のように容易にひしゃげた。


「ひぃぃぃ。な、なにか恨みでもあるのですか?」


「ああ、あるね。あんたにじゃないんだが。これは本当に申し訳ないと思っているんだぜ。俺は。でもよぉ、奴らに奴隷で美味しい思いをさせない為にもこれしかないんだ」


 一呼吸置くと、イスズは死の宣告にも似た言葉を突きつけた。


「全部、ぶっ壊すッ!!」


「な、なに訳のわからないことを――」


 ボンッ!


 玉子男が全て喋り終わる前にイスズの拳が炸裂した。

 気絶しているのを確認すると、玉子男のポケットをまさぐり鍵束を取り出す。

 その鍵束をアリに渡し、開けていくよう促すと、最初に美少女から助けようとした為、鍵を取り上げた。

 適当に一番近い檻の鍵を開け、人間を逃がすと、鍵束を渡し他の奴らも助けるよう促す。


「古今東西、今も昔も、奴隷を止めさせるのは暴力って相場が決まってるんだよな」


 そう呟いたそのとき、店の入り口から入ってくる人影があった。


「おいおい、なんだこれ!? どうなってるんだ」


「騒がれるのは面倒だな」


 イスズはその人影に向かって飛び掛り、拳を振るった。

 本当ならその一瞬で決まるはずだった。しかし、その人影はギリギリとはいえイスズの拳を避けたのだった。


「いきなり何だ、何だ!?」


 その人影はまだ十代半ばの少年だった。

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