026 覚醒のホワイトナイト(2)

 結局、昌真にできたのは佐倉に連絡をとることだけだった。芸能界に詳しい知り合いということになると昌真にはそこしかあてが無かったのだ。


 さすがに佐倉も事情は知っていたようで、メールでの短いやりとりのあと、例のクラブで会ってくれることになった。佐倉に会ってどうなる問題でもないようにも思ったが、藁にもすがるという言葉そのままの気持ちで、前と同じ午後七時に昌真は約束の場所へ向かった。


「――だからまぁ、回収しろだのなんだのって騒ぎ立ててもムダね。そんなんでスキャンダル揉み消せるくらいならどこの芸能事務所も苦労しないわよ」


「そうか……そうだよな」


 前回と同じくカウンターでグラスを傾けながら、佐倉はのっけから容赦のない宣告を昌真に浴びせかけた。要するに件の週刊誌の出版社に抗議などしても全くの無駄、焼け石に水にもならないということである。


 たぶんそうだろうと思ってはいたものの、昌真の受けたショックは小さくなかった。……ただ、変に慰めの言葉をかけられるよりよっぽどいい。


 昌真にとって二度目となるクラブは前のときと何も変わらなかった。仕事中なのにスマホをいじっているバーテンダーも、音楽に合わせて踊っているまばらな外人たちも。


 ――ひときわ元気にはしゃいでいた女子ひとの姿がないことだけが違っていた。彼女の姿がないだけで、まるで火が消えたようだと昌真は思った。


「責めないの?」


「え?」


「今日、責められるって覚悟してきたんだけど、私」


「責める? なんで俺が佐倉を」


「作戦の計画立てたの私じゃない。ライバル潰すために私がキミたちのことハメたとか思わないの?」


「思うわけないだろ、そんなこと」


「なんで?」


「だって、実際ハメてなんていないんだろ?」


「そうだけど」


「だいたい佐倉はあのとき言ってくれようとしてたじゃないか。俺たちがこうならないようにって……」


 あの日、高岡への復讐をめぐる作戦会議の最後に佐倉は何かを言いかけ、だが何も言わなかった。『言っとくけどくれぐれも――』今思えば、佐倉がそれに続けようとした台詞は何となく想像がつく。


 ……あの時点で佐倉はこうした展開になる可能性があることを察していたのだ。


 俺が気づけなかったはずはない……気づかなければならなかった。そのことを思って、昌真はたまらない気持ちになった。


「……少し考えればこうなるかも知れないってことくらいわかったんだ。佐倉の話をちゃんと聞かないで、二人で馬鹿やって……」


「……」


「だいたい佐倉がもうやめたらって言ってくれたとき、やめるって言わなかったのがそもそもの間違いだったんだ。復讐なんてもうどうでもいいと思ってたのに……。なんで俺は高岡をハメることにあんなにこだわったんだろ」


「キミ、それわかんないの?」


「え?」


「なんでキミが高岡への復讐にこだわってたかなんて、そんなの決まってるじゃない。キミがあやかちゃんと離れたくなかったからよ」


 少し呆れたような顔で何でもないことのようにそう言う佐倉に、昌真は頭が真っ白になり、何も言い返せなかった。


 そんな昌真に佐倉は小さく苦笑いし、カクテルのグラスを手に取りながら言葉を継いだ。


「たぶんそれ以上に、あの子がキミと離れたくないと思ってたのもあるんだろうけどね」


「そう……か」


 すとん、と何かが胸の中ではまった気がした。


 考えてみればそもそもの最初から高岡への復讐などどうでもよかったのだ。無視して逃げることもできた、途中で関係を切ってしまうことも……。


 それができなかったのはもうずっと前から――たぶん、会ったばかりの頃からあやかが好きだったから。


 俺があやかに恋をしていたから。


 ……きっとそういうことだったのだ。


「キミも写真見たんでしょ? ごめんなさいだけど私、笑っちゃった。ホテルから腕組んで出てきたわけでもキスしてるわけでもないのに、あんな小学生が見ても『あ、この二人出来上がっちゃってる』てのがまるわかりの写真撮られちゃうなんてねぇ」


「……」


「あやかちゃんと一緒に写ってたのが高岡涼馬本人かどうかなんて問題じゃないのよ。キミたち二人が恋に落ちちゃったことが問題なの。自分たち以外なんにも目に入らなくなっちゃうくらいホンモノの、ね。だからあの記事書いた人は何も取り違えてなんかいないの。だってそうでしょ? 恋愛禁止のグループの子が恋愛してることをスクープしただけなんだから」


「……そうだな、整理できた」


 自分は冷静だと思っていた。だが、まったく冷静ではなかったようだ。佐倉の指摘は耳に痛いが、まさにその通りだ。


 俺たちの失敗は、俺たちが恋に落ちたこと――


 まずはそれを認めよう。だがその上で、この問題を解決するために俺は何をすればいいのか。


「昌真クンは、あやかちゃんにアイドル続けてほしいの?」


「……ああ。続けてほしい」


「アイドル続けてる間は――ってゆうか、多分そうなるともうあやかちゃんとは付き合えなくなっちゃうと思うけど、それでもいいの?」


「それでもいい」


「そう」


 溜息にのせてそう言うと、佐倉はカクテルのグラスを傾けた。そのまましばらくグラスを眺めていたが、やがてふっと息を吐くと昌真の方を見ずに言った。


「正直に言っちゃうとねぇ、ライバルグループの子がどうなろうと私はどうだっていいのよ。そんなに仲良かったわけじゃないし、会ったのもこないだが初めてだし」


「……」


「でも私も噛んじゃってるし、このままあの子が消えて終わりってのも後味悪いのよねぇ。だから大サービス。キミたちのために、ひとつだけ私にできることをしてあげる」


「……どんな?」


「キミの学校、もうすぐ学園祭なんでしょ? 薫ヶ丘高校って言ったっけ。その学園祭で高岡涼馬がシークレットライブするってネタを知り合いの記者に流してあげる。ホットだから一人くらいは来てくれるかもよ?」


「それで……俺はどうすればいいんだ?」


「さぁ? そこまでは面倒見切れないなぁ。自分で考えれば?」


「……」


「ステージでマイク持って『あれは高岡じゃなかった! 俺が変装して口説いてただけだ!』なんて演説してもいいけど、記者には無視されちゃうかもねぇ。そんなの全然おいしくないし。記者の人も仕事だから、おいしくないネタを記事になんてしてくれないわよ? これを記事にしたら面白い、絶対に読者が食いついてくる。今回なんかは特にそう思える内容じゃないとねぇ」


「……」


「ひょっとしたら昌真クンともこれでお別れになるかも知れないし、お姉さんからの忠告。キミ、いつか言ってたよね? ロスジェネは上の方の子が恋愛沙汰になってもお咎めなしなのに、下の方の子だとクビだから嫌いだって。その通りよ。アイドルって遊びじゃなくてビジネスだからどうしてもそうなっちゃうの。お金にならない子なんて囲っておく意味ないし、数字の取れる子はいてもらわなくちゃ困るもの。あの子がいるのはそういう世界なの。でも、だったらあの子がここで消されないためにはどうすればいいかわかる?」


「……わからない」


「簡単じゃない。あの子が上の方の子になればいいのよ」


「それは……そうかも知れない。けど、あいつがこれまでずっと努力してきてどうにもならなかったのに、いきなり上の方になるなんてそんな簡単には……」


「わっかんないわよぉ? アイドルなんて火がつくときは一瞬だもの。そうねぇ、たとえば派手に炎上しちゃったときとか」


「……」


「派手に炎上しちゃうとたいてい燃え尽きちゃってなんにも残らないんだけど、たまに火がついたまま残っちゃう人っているわよね? たとえば無実の罪が明らかになって、敵だった人たちがみんなファンになっちゃったときとか。……ま、炎上してばっかの私がこんなこと言うのもなんだけど」


 茶化すような佐倉の言葉に、昌真は自分の中で何かが生まれようとしているのを感じた。


 希望だ――希望が生まれようとしている。


 昌真は全力で頭を回転させ始めた。佐倉が言っているのはまさに今回のケースだ。可能性は低い……ほとんどゼロに等しい。だが、それでも――


「あの子のためになりふり構わず必死になっちゃって、キミってばホントに王子様よねぇ。私はあの子はアイドルなんかやめちゃって昌真クンと付き合った方が幸せになれると思うけど、昌真クンがどうしてもあの子にアイドル続けさせてあげたいなら、この機会にキミがあの子を上の子にしてあげれば?」


「……」


「逆風から守ってあげようなんて考えてちゃダメね。ここは逆風を追い風に変えちゃうくらいじゃないと」


「……」


「ホントはそれ、あやかちゃんが自分でやらないといけないのよ? この厳しい世界で戦っていくのはあの子自身なんだから。でも、王子様がキスし損ねたせいでお姫様はまだ目、覚ましてないみたいだし、嵐を前に大ピンチってとこかしら。魔法使いのロリビッチにも風向き変えちゃうような魔法は使えない。でも、とっても頭がいい王子様だったら、そんな奇跡くらい簡単に起こせちゃうんじゃない?」


 一歩先も見えない真っ暗闇に一筋の光がさした――そんな気がした。


 一度目を離せば見失ってしまいそうなか細い光。だが、この光を信じるしかない。


 俺が進むべき道は決まった。そう思って昌真はカウンターのスツールから立ち、真っ直ぐに背を伸ばして佐倉の前に立った。


「ありがとうございましたッ!」


 深々と一礼し、昌真は店から飛び出していった。


 踊っていた外人たちが驚いたように昌真を見て、だがすぐにまたダンスに戻る。突然のことに目を丸くしていた佐倉も、やがて昌真が出ていった扉からグラスに目を戻した。


「ありがとうございました――か」


 佐倉は呟いて、グラスを手に取った。淡い緑色のカクテルを眺めながら、さっきの昌真を思い出したかのようにぷっと小さく吹きだした。


「あーあ、私にもどっかにいい男転がってないかなぁ」


 カウンターの下で脚をぶらつかせながら、夢見る少女のように佐倉は呟いた。

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