031 逆襲のドッペルゲンガー

 後日。世界にぶつけるの意味を曲解したあやかがさすがに処女童貞のくだりは伏せつつも、昌真に言われたほぼそのままを地上波にのせる。想いを通い合わせただけ、キスもしない、手も繋がない、会うことさえない。果たしてそれを恋愛と呼べるのか? 昌真が夢想だにしなかった形で、けれども昌真の提言通り、あやかがレギュラー出演するようになった『YOYOよーちん』を舞台に恋愛の定義をめぐる一大論争が巻き起こる。事態を重くみた――というよりおいしいとみたプロデューサーサイドから、特例としてキスまでいかず公衆の面前でならという条件であやかに彼氏と二人で会うことを許可する公式見解が出される。これを機に議論はますますヒートアップ。恋愛禁止なのに彼氏がいるのはおかしいというファンの意見に応える『便宜上彼氏という呼称を用いているが、ここでの彼氏は“Lover”ではなく“He”』というプロデューサーの発言がまた話題となる。だが晒し者になることを怖れる昌真はあやかへの宣言通り電話だけのスタンスを貫き、落胆したあやかがまた半泣きですべてを暴露。「ここ連れて来たらええやん。彼氏も芸能界目指しとるんちゃうの?」と水を向けるよーちんにあやかは、いつか売れるにしてもこんな売れ方だけはしたくないというあまりにもまともな昌真のコメントを披露。そのコメントに多くの視聴者が共感。あやかの口から語られる彼氏の人物像に注目が集まり始める。以後、テレビであやかの彼氏として紹介されるその人物のイメージ図にはもっぱら高岡の顔写真が使われることになるが、それがほぼ本人であったことは言うまでもない。連日にわたる全国放送での羞恥プレイに何度も心が折れそうになりながら昌真は、自分がらみの暴露話でポジティブスパイラルに乗ったあやかの活躍に水はさせないと口止めはせず勉強に逃避。ほとんど勉学という殻に引き籠もった感のあるここでの研鑽と、不本意ながら勉強に捧げてしまった夏休みの蓄積とが昌真の中で開花し、全国模試で自己ベストとなる上位二桁台の好成績を叩き出す。昌真個人への取材、写真撮影は学校側の配慮で原則禁止が通達されていたものの、学校関係者全員の口に戸板は立てられず模試の結果がマスコミにリーク。軽い気持ちでよーちんが口にした「全国で二桁ってそんなすごいん?」という発言にゲスト出演していたインテリ芸人が激しく反応。受験に熱い想いを持つ芸能人のみならずこれを好機とばかりに売り込みをかける予備校まで巻き込んでの白熱した議論に発展。おバカキャラの方向に傾きつつあったあやかに、全国屈指の進学校に通うスーパーエリートの彼氏(高岡涼馬似)という彩りが加わり、コントラストのはっきりしたカップルは多くの視聴者の関心の的となる。受験について正しい認識を持つに至ったよーちんの「彼氏、東大いけるんちゃう?」という発言をトリガーにあやかが例の台詞『勉強頑張ってるのは東大行くためじゃない。胸はってやりたいことやるためだ』を誇らしげに暴露。この台詞を著名な教育関係のコメンテーターが「学生の鑑」と絶賛。以後、ウェブではやっかみもこめて『ミラーマン彼氏』の渾名が定着する。ミラーマンだけは勘弁してほしいという昌真のボヤキをまたしてもあやかがリークし、『YOYOよーちん』で「彼氏の渾名を考えよう企画」が発足。その企画の中で彼氏との想い出を求められたあやかが頬を赤らめながら『俺があやかであやかが俺で』のエピソードを披露。知的な彼のためにと満場一致で決められた新たな渾名は『ドッペルゲンガー』……であったが、もちろん誰もそんな名前で昌真を呼ぶことはなくついた渾名が『ドッペル彼氏』。ウェブではミラーマンの呼称も根強く残る。あれよあれよと言う間に時代の寵児に祭り上げられた二人。『ドッペル彼氏』が新語流行語大賞の候補にノミネートされ、少なくともメディアの関心度では高岡涼馬を上回るまでになったところで、対抗心を燃やしてかあるいは別の意図があってか、高岡涼馬がそんな二人の恋をイメージした曲を書いていると公表した。その曲名は『ドッペルゲンガー』――

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