028 爆誕のシンデレラガール

 薫ヶ丘を震撼させたライブの三日後。『君に届け! 恋にならなかったこの想い』という昌真でなくとも両手で顔を覆いたくなるようなタイトルの記事がさる週刊誌の紙面を飾った。


 その記事を書いたのは佐倉から情報提供を受けた、例の写真週刊誌とはライバル関係にある有力誌の記者だった。スッパ抜かれて悔しく思っていたところへ予期せぬ佐倉マキからのタレコミを受け、半信半疑ながら薫陶祭に潜入。そこで昌真のライブを目にしたのである。


 当然ながら記者は昌真の意図など完全に見抜いた。


 そこからの記者は老獪だった。例の写真週刊誌の記事を必要以上にけなすことなく、逆に昌真のライブを徹底的に美談に仕立て上げたのだ。その美談とはもちろん、一人のアイドルの未来を拓くため、生まれたばかりの恋を自らの手で終わらせた男の、涙なしには語れない物語である。


 そうした方が裏もとらずいい加減な記事を書いたライバル誌にダメージがいくと計算してのことだったが、実のところそればかりではない。奇しくも記者は薫ヶ丘のOBであった。昌真の演奏を聴くうちに在校当時の記憶が蘇り、不覚にも涙してしまったのである。


 それで、記者は決心した。その日のうちに追加取材を終え、徹夜で書き上げたその記事は、若き後輩の心を汲み、叶わなかった想いに引導を渡してやろうという兄心と、だがそれでも二人を応援したいという気持ちが溢れる記者一代の名文となった。


 ただ、それ以上に読者の注目を集めたのが追加取材の内容である。


 記者はこの件について業界関係者二名からコメントを得ていた。一名は情報提供者である佐倉マキ、そしてもう一名は驚くべきことに高岡涼馬本人であった。記者は商売道具であるICレコーダーで昌真たちのライブを録音していたのだ。その音源を聴いた高岡のコメントが多くのファンを唸らせた。


『僕の歌うホムンクルスとは別の解釈。でもこれは彼の解釈の方が正しい。自分の書いた曲を他人が歌うのを聞いてこんなに心が動いたのは初めて。ぜひ彼に会ってみたい』


 高岡涼馬が普段は気のいいチャラ男だがこと音楽に関してだけは偏屈と言っていいほどに厳しく、他のアーティストを褒めることが滅多にないということを知る人は知っている。それがこの手放しでの褒めようは何だと憶測は走り、週刊誌の刊行当日から編集部には音源を聴かせてほしいという問い合わせが殺到した。


 一方で、佐倉のコメントは定常運転だった。


『会ったことあるよ。亞鵺伽ちゃんと三人で』


「マキちゃんは彼のことどう思ったの?」


『けっこういい男だし、とっちゃおうかなって』


「で、とっちゃった?」


『ううん、とらなかった』


「なんで?」


『まだ亞鵺伽ちゃんと付き合ってないみたいだったから。付き合い始めてからとっちゃう方が楽しいでしょ?』


「安定のブラックご馳走さまです」


 小誌は――もとい私は二人を応援したい。彼の気持ちを汲むなら応援してはならないのかも知れない。だがそれでも、私はこの二人を応援したい――


 そんな週刊誌らしくない文句で記事は締めくくられていた。


◇ ◇ ◇


 記事を読み終えたとき、恥ずかしさがまったくなかったと言えば嘘になるが、それ以上に昌真が感じたのは感謝だった。……この記者は自分の意図を隅々まで汲んで救いの手を差し伸べてくれた。本当にどれだけ感謝しても感謝し尽くせない。


 彼女らしいやり方で最大限のアシストをしてくれた佐倉はもちろん、予想だにしなかった高岡のコメントにも深く感じるものがあった。とりわけ『解釈』という言葉を使って自分の演奏を評価してくれたのが嬉しかった。


 ずっと目の上のたんこぶのように思っていた男――だが、もうわだかまりはない。果たせなかった復讐の代わりに彼とわかりあえた。……おまけにしてはできすぎだ。できるなら俺も彼に会ってみたい。けれどもその機会が来ることはないだろう。


 やるだけのことはやった。俺にできるのはここまで――


 そう思って昌真は、あやかの連絡先をスマホから削除した。


◇ ◇ ◇


 昌真たちのライブの記事が出た週。あやかは久し振りに『YOYOよーちん』に呼ばれた。マネージャーはあやかの精神状態を考慮して断ろうかと言ったが、あやかは健気にも出演を希望した。


 ――そこで、放送事故は起きた。


 MCのよーちんとしてはあやかをいじる気は毛頭なく、旧ファミリーのよしみで禊ぎの場を用意したつもりだった。だが、よーちんの冒頭の挨拶「で、久し振りの亞鵺伽ちゃんやけど、最近どうなん?」をどうとったのか、能面と呼ばれたその顔がみるみる変化してゆくのをカメラはとらえた。


 やがて決壊寸前というべきか、涙をこらえるものすごい顔がテレビ画面に大写しになり、周囲が固唾を呑んで見守る中、「ぼうあばないがらもうあわないから」の一言と共にそれは決壊した。慌てて火消しにかかるよーちん。


「いや、ちゃうねん! 責めとるんちゃうって! ……あー、でもあれや。ついでやから聞いとこ。ほんまになんもやってへんの?」


「なんもやってへんわー!」


 なぜか関西弁で絶叫するあやかに周囲は爆笑。つられてよーちんも笑いそうになるがどうにかこらえて事態の収拾に努める。


「わかったから! みんな信じとる。あやかちゃんのこと信じとるで、みんな」


「信じるも信じないも、始まる前に終わっちゃったんだよー!」


「え、あ、そうなん?」


「アイドル辞めたくないって言ったらあたしのために歌ってくれたんだよー! 髪の毛まで切ってやってくれたんだよー! あたし博士だったんだよー!」


 涙だか鼻水だかわからないものでぐちゃぐちゃになった顔で支離滅裂なことを捲し立てるあやかにさすがにストップがかかり、捕まった宇宙人のように両腕をスタッフに担がれて号泣しながらあやかは退場となった。


 本来ならカットされるべきシーンだったが、笑いすぎて腹筋が攣った番組プロデューサーの鶴の一声で放送となり、当然、視聴者にも腹筋を攣る者が続出した。


 同時にそのあやかの姿を見た者は等しく「あ……(察し)」となった。


 計算してやったわけではもちろんない。だが、あやかはその自爆放送テロによって多くの味方をつけることに成功したのである。


◇ ◇ ◇


 ハッシュタグ「♯能面崩壊の瞬間」でくくられるMADが動画投稿サイトを賑わすようになったのはその翌日からだった。


 とりわけ完成度が高かったタイトル『A・YA・KA・SHI』はアップされて三日で百万回再生を達成し、その週のレコードとなった。


 それを皮切りに新たな金の鉱脈に群がるプロの投稿者たちによってMADは増殖。才能の無駄遣いによる珠玉の作品も数多く見られたが、悪意だけが先行する質の悪い動画も増えた。


 悪ノリを糾弾する声が自然発生的にSNSであがるようになり、自分たちの行いを正当化する投稿者の反論と、更には面白がって話題にする野次馬たちの声とでSNSを二分する議論に発展。


 結果、はなれが炎上したような形で亞鵺伽の人気に火がついた。


◇ ◇ ◇


 未遂に終わったとはいえファンの知らないところで恋をしていた亞鵺伽に厳罰を求める声は小さくなかった。だがそれ以上に、爆誕した壊れ系ぶっちゃけキャラのこれからに期待する視聴者は多かった。ワイドショーによりお茶の間にまで及んだ大騒ぎの結果、あやかへのお咎めはうやむやのままとなった。


 ――後日、プロデューサーより「当面『YOYOよーちん』にレギュラー出演し、どんないじりにも耐え抜くこと」という罰なのかご褒美なのかよくわからないペナルティが亞鵺伽に課せられた。


 それはとりもなおさず佐倉が示唆し、昌真がなりふり構わず実行した作戦の完全勝利を意味した。

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