3-2
骨河係長は気を取り直して二階へと上がる。同じ悲劇を二度と繰り返さないため、一向は骨河係長の背中をがっちりと拘束してから、ムカデ人間の要領で密着して後ろからついていく。加藤ボルテックスはふと思っていた。
「(カメラで捉えきれない二階の死角に現れた……! ゴーストは我々の存在に気づいたということか……)」
その場にいる全員の予想に反して視聴率は徐々に上昇していた。加藤ボルテックスは思わずほくそ笑んでしまう。
「(やはり、タケオの芸人張りのリアクションが、認められだしてるんだ!)」
二階に上がってきてすぐに骨河係長は敏感に何かを感じ取った様子だった。カメラを置き去りにして一人で歩き出した。彼はある異様な光景が目に留まった。
「見てくれ! これは二人の若者の怪談で出てきた窓だよ!」
骨河係長は興奮気味にカメラを呼びつける。彼は窓辺に立って窓をふさぐ扉のような硬い板に触れてみせた。
「完全に外から釘が打ち込まれている……今この瞬間、我々は怪談の登場人物と同じ場所に立っているんです……!」
骨河係長は説明しながら、カメラに向かって訴えかけるように両手を広げて見せた。怪談のシチュエーションと同じ状況に立つことで徐々に緊張感が増す良い演出だ。カメラが骨河係長にズームしていく。彼は考え込むようにいう。
「しかし、この窓のやつが事実だったならば目当てのあれも絶対あってしかるべきなのだ……一体どこに……!」
骨河係長と一向は、人形屋敷の二階を探し回った。程なくして目当てのものを見つけ出した。骨河係長は目の色を変えてタンスの中からそれを取り出してカメラの前に掲げて見せたのだ。
「見てくれ! やっぱりあった!」
「骨河さん、それは?」
「間違いない……二人の若者の怪談に出てきた”Dのノート”だ!」
「……!」
骨河係長は再び訴えかけるようにカメラに向かって手を差し伸べた。
「多くの視聴者の方ならばわかるはずだ! このノートが持つ意味の重大さに……!」
興奮気味にまくし立てる骨河係長に触発された様子で、番組スタッフも思わず声を出してしまう。
「まさかそんなものがっ! 二人の若者の話にも出てきたノートですね! 話によると預言が書かれてたっていう……!」
「こら、勝手に喋るんじゃない!」
「ひぃ……はい」
加藤ボルテックスに叱られるとスタッフはしゅんとなってしまった。加藤はいう。
「何が書いてあるんだ?」
骨河係長が震える手でノートをめくると、そこには誰もが想像もしていなかったことが記されていた。
「なんだと……?」
骨河係長は呆気にとられたようにノートを睨みつけ、その場で放心状態になってしまう。まるで放送事故のような静寂が立ち込める中で加藤ボルテックスはいう。
「どうした?」
その時、骨河係長は反応できないでいた。
「(そんな……これはBの呪いのノートなんかじゃない……!)」
彼が手にしたノートにはある事件についてを調べてまとめたものだった。かつて赤坂村で人形師と呼ばれた男性。糸川眞一郎という人物が湖で溺死体になって引き上げられたという簡潔なものだった。自殺した男性は死後すぐに沿岸に打ち上げられており、目立った外傷はないとのこと。ノートの記されているのはその程度のことだった。その時、骨河係長はハッとして思い出していたのだ。物部耳子が話していたことだ。
――マクガフィンとは物語内において必然性のない事象のことをさします。欠けていても怪談は成立するもの。これらは怪談が伝来する過程で歪曲してしまう可能性も内包しているのです――
「(事実……マクガフィンは書き換えられていたのだ! 怪談において必要性がないと判断されて、ここに記されているものはまったく別の内容になった!)」
ところが新事実を知ったとき、骨河係長の脳裏にはまたひとつ嫌な疑惑が思い浮かんできてしまった。
「(子供は? いったい子供はどこに行ったというのだ?)」
骨河係長は一連の怪談における登場人物への疑問が芽生えた。最後の怪談、そして青人形の怪談には必ず子供が現れた。骨河係長には、どうしても意味なく付け加えられた”マクガフィン”とはとても思えなかったのだ。しかし新しい疑問が浮上した反面、その疑惑を晴らす正解がどうしても思いつかなかった。この生放送の最中という状況下にあって、骨河係長は焦る気持ちとは裏腹に、手渡された台本通りにただ物語を追うことなど到底できなかったのだ。二つのジレンマが彼の中で葛藤していた。加藤ボルテックスは手に汗握って歯噛みする。
「(どうしたんだタケオ! 何か喋れよ!)」
骨河係長はスタッフからの圧力に耐えかねてぐっと目を瞑る。彼は冷静になろうとした。
「(私は……いや、我々は、何かを根底から見誤ってる……!?)」
骨河係長は怖気立ってしまった。本番中の間違いは許されない状況の中、突然足場が消えて底の見えない暗闇に投げ出されてしまったかのような錯覚にも陥る。しばらくして骨河係長ははじかれたように歩きはじめた。加藤ボルテックスは絶句する。
「(どうするつもりなんだ……タケオ!)」
番組はテラーが進行するものだ。スタッフたちは番組をリードする骨河係長に大人しくついていくことしかできなかった。骨河係長は移動中にカメラに向かって話しかける。
「段々わかってきました……! 人形! そしてゴーストの目的ですよ!」
骨河係長は興奮気味にまくし立てる。
「我々ゴーストパパラッチは一連の怪談を知り、この人形屋敷の真実を暴きだしました! この台本には、その真実の一切合財全てが書いてあるんですよ!」
そういって骨河係長は後ろポケットに丸めてある台本を取り出してカメラの前に掲げて見せた。そして困ったように顔を歪めてみせる。
「しかし、我々はひとつ大きな見過ごしをしていました! 何者がゴーストになり、そして何者が苦しみ、現世にとらわれ続け、そうまでして後世に何かを訴えようとしているのか! それが明らかにならなければ我々の全ての行為など! ユーチューバーの廃墟探索と大差ないんです! そう! 悪戯に霊を辱めて、暴き出して、テレビのおもちゃにする! そうでないと息巻くならば彼が何を望み、どうするべきか、死者に代わって我々が真意を代弁してやる必要がある、そうではないでしょうか!?」
「……!」
その瞬間、骨河係長越しに加藤ボルテックスの視界に人形が移り込んだ。彼はまさかと思った。しかし何度見てもカメラのファインダーは薄暗い物陰に人形の姿を捉えていた。不安はスタッフにも伝染した様子で、スタッフは加藤に言う。
「加藤さん……あれが見えてるのは僕だけですか?」
「いや……」
加藤はごくりと息を飲む。
「(行きがけに同じ場所を何度も通ったはず。あんなものはなかったんだ。あれは今、突然に現れた! 間違いない。ゴーストだ!)」
まるで、骨河係長の語りに共鳴するかのように突如としてゴーストはカメラの前に現れたのだ。加藤ボルテックスには、それは自分の存在を誇示しているかのようにも思えた。
『おい、なんだよあれ』
『見えてる?』
『放送事故だろ!』
骨河係長はそんな状況など露知らず緊張の面持ちで話し続ける。なぜなら彼は自分の背後など見えようがなかった。また加藤たちスタッフの動揺に気づく事すらできないほどトークに熱を帯び集中していた。骨河係長は続けていう。
「怪談には屋根裏が出てくる。家主が殺され、また人形が出てくるという噂の天井裏ですよ! 皆さん、ゴーストに会いに行きましょう!」
骨河係長たち一行は屋根裏へのぼる階段を見つける。その最中にもカメラにはちらちらと人形が写りこむ。次第に屋敷は人形だらけの様相を見せた。加藤ボルテックスはゾッとしていた。
「(視聴率がそこそこ好調なのにこれだけ霊がカメラに映りこんでる……!)」
一向が屋根裏へと踏み込むと、骨河係長は背筋に悪寒が走った。
「冷たい……下階よりもずっと冷えた空気が滞留しているかのようです……見てください!」
骨河係長が加藤に促すと、彼はカメラであたりを見回すようにぐるりと一周してみせた。あたりには何もない。屋根裏はきれいに清掃されたあとだったのだ。
「私が思うに……人形屋敷の人形はここに保管されていたんじゃないかな……それが未だにこの空間に何らかの影響を及ぼし続けている……そうでなければこの温度差は明らかにおかしい!」
「……!」
ところが、骨河係長の言葉とは裏腹に、あたりには大小さまざまな人形が佇んでいた。まるでこちらを睨みつけるかのように遠くのほうからじっとこっちを見つめている。加藤は目の前の光景に思わず息を呑む。
「(違う……お前が見えてないだけだ!)」
幾度と霊場に上がりこんできた加藤といえども、恐怖のあまりに足のすくむ状況だった。彼は四方八方からゴーストに囲まれた経験など一度もない。骨河係長は話を続ける。
「……ひとつの怪談を語る必要があるようです。それが、このゴーストを供養する唯一の方法なんですよ」
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