3-1
ボーン、と、地上波デジタル3番KBSにて11時の時報が鳴った。
いよいよ生放送廃墟突撃番組ゴーストパパラッチの放送が始まろうとしている。
それぞれの思いを胸にテレビの前に人が集まってくる。
ある人はお茶の間に、ある人は寝室に、ある人は夜の閑散としたオフィスに。
* * *
村山警部は部下の若い刑事と一緒に、所轄のオフィスのテレビにかじりついていた。刑事は言う。
「いよいよはじまりますね、ゴーストパパラッチ」
「どうなるか見ものだな」
「我々も他人事じゃないですから」
「まあ、それもあるか」
「人形とは何者なのか。彼らはどうオチをつける気なんでしょう?」
「いつもどおり悪戯に真実を暴いたら、大変なことになる。いくら連中でもわかってるはずだ……」
* * *
喫茶店を店じまいした佐竹は自宅のお茶の間でテレビに見入っていた。
「……」
「お父さん、何見てるの?」
「……ああ、お前はもう寝なさい」
「はーい」
佐竹は寝自宅を済ませて目を擦りながらお茶の前へやってきた子供を寝かしつけた。
「この放送は、娘には見せるわけにはいかない……」
佐竹は気が気じゃなかった。手に汗握り、固唾を呑んでテレビ画面を見守っていた。
* * *
その時、飯島登美子は寝室にある小さな卓上テレビを見ていた。
「……」
無言でテレビを見守る様はあまりにも異様だった。隣には飯島実朝がいて、ぐぅぐぅと寝息を立てている。登美子は彼がテレビなど普段は見ないことを知っている。釣りと相撲だけが趣味の面白みのない男性だ。ましてや民放のテレビ番組など興味があるはずがなかった。
* * *
CMからブツリと黒背景の画面に切り替わると、おどろおどろしい男性の声のナレーションで番組が始まる。
「――今宵もひとつの怪談が番組スタッフによって解明されようとしている――」
画面には大きな文字で”人形屋敷”というテロップが表示された、そして背景には何枚もの写真が現れては消えていく。いずれも、ひとつの廃墟を映し出した写真で、不気味な歪みや、奇妙な写りこみのある心霊写真だった。ナレーションは続く。地名には自主規制音が被せられていた。
「皆さんは人形屋敷を聞いたことがあるだろうか? ○○県○○○町にある物々しい廃墟。この建物を発端にすると思われる怪談の数々は膨大な数にのぼる。なぜこれほどの怪談が現れては消え、そして人々の記憶に残り続けるのだろうか?」
画面はインタビュー映像に変わった。どの人物もモザイクがかけられていて名前こそ伏せられているが人形屋敷の近所に住む住人たちだという。
『もう私たちが越してきた頃にはとっくにあったけど?』
『人形屋敷? あそこはやばいよ、止めときな兄ちゃんたち……』
『窓から人形が見えるの。それで十年前くらいに当時の自治会の理事が苦情が多いからって窓を封鎖したんだけど。あんな廃墟とっとと撤去しちゃえばいいのに……』
『人形屋敷……昔近所の坊さんが供養に来てたことがあったね』
インタビューが終わると、今度はカセットテープが映し出された。ナレーションは続く。
「番組スタッフはある筋からひとつの怪談を入手した。それは失踪した関係者Iの行方に関係するものだった。また人形屋敷の怪談に関係する貴重な実話でもある。今回はその生の音源をお聞きいただこう……」
エコーのかかった声で、番組スタッフと当人との会話が繰り広げられる。
『あんた外人の人? 何のよう?』
『以前お話した○○と申します』
『ああ、あんたがそうなの。それで何が聞きたいの?』
『失踪した○○さんのことについてお話を……』
『ついこの間まで相部屋だったんだよ! そんで人形に引きずられてどっか行っちまった! それっきりだよ。もう何度も話したろ!』
『何度も?』
『あんた警察の人だろ! もう帰ってくれ!』
ガタゴトと物音が割り込むと、シーンがカットされたようで一瞬で静かになった。
『○○は血だらけで病院に担ぎ込まれた時はすでにイカれてたよ!』
『先ほどおっしゃられたよう妄言癖が酷かった?』
『俺たちとは別の世界が見えてるようだ。看護婦のお姉ちゃんからも聞いたんだよ。あの事故も、人形がやったんだって。助手席の奴は即死。○○は右側から何者かに手を取られたんだって必死で訴えてたらしい』
『……』
『そしてやつと相部屋になってから数日。ゾッとしたよ。ある晩、夜中に、本当に人形が、病室の中に入ってきて、あいつを引きずって出て行ったんだ!』
『それ以降○○は?』
『見てない、一回も見てない。うわさじゃ隣の第一病院に移ったそうだよ』
* * *
画面が切り替わると、夜中の暗い人形屋敷を背景に明るい光を一心に浴びる骨皮係長の姿があった。彼はカメラに向かって手をかざすと、まだ垢抜けない様子でぎこちなく話し出す。
「どうもみんな! 骨河丈夫だ! 今回初めてゴーストテラーを代行する。大目に見て欲しい。早速だが今回我々が突撃するのは人形屋敷! かの有名な忌々諱町に伝わる人形怪談の発祥地として有名……今回はこの屋敷の真実を暴くべく突入したいと思うっ」
ついに生放送が始まった。スタッフたちは緊張の面持ちでお互いに顔を見合わせる。澤神滑と一部のスタッフは中継車に待機して、番組の構成編集などを担う。現場には加藤ボルテックスをはじめとする撮影スタッフが骨河係長に同行する。
加藤はふと思っていた。
「(なかなか様になっているぞ……! こいつはプロデューサーの目もあながち間違ってないのかも!?)」
その気持ちは骨河係長も同じだった。最後の打ち合わせの合間にゴーストパパラッチの過去の放送を視聴して雰囲気を掴んだ様子で、見よう見真似だったものの手ごたえを掴んだようだ。骨河係長は調子をよくしてリポートを続ける。
「早速だが視聴者のみんなは人形屋敷の怪談を知ってるかな? え? 知ってる? ああそう、VTRで補完している……そう。怪談のとおり人形屋敷は別に人形がいるからってこんな通名になったわけじゃないんだ? それならばなぜ、屋敷は人形屋敷などという、いかにもおどろおどろしい名前になったのか? 今から屋敷の中へと突入しようと思う!」
骨河係長を先頭に、ゴーストパパラッチの撮影スタッフは彼に続いて屋敷の中へと踏み込む。加藤ボルテックスがライトで薄暗い進行方向を照らす。骨河係長はいう。
「見ての通り! 人形屋敷には人形があるわけじゃない! しかし存在しないはずの人形がそこにいるから恐ろしいんだ! ――!」
突然のことだった。ガシャンっと、物音がして骨河係長は絶叫し飛び上がる。加藤ボルテックスが小声で言う。
「(ただの物音だぞ)」
「(霊障だ!)」
「(……まさか。早く行けよ!)」
「(骨河さん!)」
「……」
骨河係長は、カメラ後ろのスタッフとの小競り合いの末に、リポートを再開する。
「人形屋敷に近づくものは人形屋敷に祟られる……そして怪談になってしまうといわれているんだ! 二人の若者の話という怪談もあるだろう! あれこそが人形屋敷の及ぼすたたりの恐ろしさを体現した怪談! しかしなぜ二人は祟られてしまったのか!? 人形屋敷にまつわるある禁忌に触れてしまったからなのだ! それでは先を急ごう――――」
「……」
その時、加藤ボルテックスはカメラでしっかりと骨河係長の姿を捉えつつも、手に持ったスマホでSNSの番組公式ハッシュタグ#ゴーストパパラッチによる、リアルタイムで寄せられる番組コメントを閲覧していた。
『誰だこいつ?』
『なにごにょごにょやってんだよw』
『耳子ちゃんじゃないゴーストなんて……』
『おいおい、いきなり始まっちゃったぞ?』
『大丈夫なのかよ……?』
「(むぅ……やはり、当たり障りなく始まったとはいえ、違和感は拭えないか)」
加藤ボルテックスは小声で背後のスタッフにいう。
「視聴率は?」
「4%前後を推移してます」
「むぅ……」
加藤ボルテックスは思う。
「(とりあえずは及第点か、物部がいなくとも極端には落ちなかった……)」
ゴーストパパラッチは深夜番組という性質上、視聴率は常に低く推移する。民放の深夜番組では5%も取れれば上々というのが現状だった。ゴーストパパラッチは最高視聴率で14%をたたき出す怪物番組でもある。加藤ボルテックスはいう。
「とりあえずタケオの好きにさせよう! 3%を下回ったら何らかのてこ入れを指示しようか!」
「了解しました」
骨河係長はリビングをぐるりと探索する。彼はあるものを探していた。二人の若者の怪談にも出てきたという重要な小道具だった。骨河係長は焦りを感じていた。
「(ない……あれがない! やっぱり架空のものだったっていうのか……または怪談を知った何者かに盗まれてしまったのか……)」
「タケオ……おいタケオ!」
「?」
骨河係長が調子よくリポートしている途中、加藤ボルテックスが背後から小声で呼びかけてくる。スタッフがカンペを持っていた。骨河係長はまじまじとカンペを読む。
「(視聴率が落ちてる……?)」
加藤ボルテックスはマイクが拾わないよう、声にならない声で訴えかけてくる。骨河係長はほとほとうんざりしていた。
「(だから言ったのだ……ホラ見たことか。急にテラーが交代したばかりか、まがい物のずぶの素人の私が早々、器用に代役が務まるわけないだろう……)」
カンペの画用紙はぺらりとめくられる。そこにはマジックペンで骨河係長の目を疑うようなことが書かれていた。骨河係長は絶句してしまう。
「(インチキ霊能者を装え……?)」
骨河係長は難しすぎる指示だと思った。途端に怒りの感情が込み上げてくる。彼は小声でいう。
「無理だって! 何させるのよ!」
「とにかく絵に寂しい! 何か動きのあることをしろ!」
「……」
骨河係長は渋々、カンペの指示に従うことにした。
「あああ! ああっ! 皆さん! 幻聴が聞こえる……! 私は霊感があるからわかるんです! 他には誰にも聞こえない、霊たちのささやき声が聞こえるっ!」
「大丈夫ですか骨河さん」
「大丈夫じゃないです! 苦しい! 肩が重たい!」
「何とかしてください! 骨河さん!」
「あわわわわわわ。もうダメぇ~……」
骨河係長はよろよろと歩き回って、その場にぱたりと倒れこんでしまった。
その姿を見て加藤ボルテックスはスタッフとひそひそ話しこんでいた。
「茶番だな」
「まったくです」
「大根役者が大根演技をするほど、退屈な絵面もない」
「視聴率がぐんぐん下がっていきます」
「……」
加藤ボルテックスはスマホを見る。
『どうしたんだよw 何があったんだよw』
『インチキだなぁ』
『眠くなってきた……あとは頼む』
「大変だ……視聴率が2%台に……」
「……!」
その時だった。がたりとまた、どこからか物音がした。
「うわぁぁぁぁぁっ」
骨河係長はリアルに絶叫してその場にうずくまってしまう。緊張の空気が立ち込める。加藤ボルテックスは骨河係長のことは放っておいてカメラで天井を映した。その瞬間、みしみしと音が聞こえてくる。床が踏みしめられるような音が天井から聞こえてきたのだ。
骨河係長は床にうずくまったまま絶叫する。
「だからいっただろ! 廃墟で猿芝居するとか駄目ユーチューバーかよ! 幽霊絶対怒ってるよ!」
加藤ボルテックスはガンマイクを持った音声スタッフに向けて指示を出す。
「拾えてるか……! この音、絶対に撮り漏らすなよ!?」
「はい!」
カメラはぐんぐん天井に寄っていく。またミシミシと音がすると、パララとほこりが落ちてくる。その現象は、確かにカメラに収められていた。加藤ボルテックスは小声で骨河係長に話しかける。
「二階からだ……タケオ、よく怪談を思い出せよ!」
「え?」
「人形屋敷の怪談……人形は天井裏で見つかっているだろう……」
「おいおい嘘だろ!? 上に行けって言ってるのか!?」
「ゴーストテラーだろ……幽霊と出会わなきゃ終われないんだよ!」
「……」
骨河係長は立ち上がってカメラに向かっていう。
「仕方ない……じゃあ行きましょうか」
骨河係長はうんざりした様子でとぼとぼと歩き出した。
「……!」
その時、加藤ボルテックスは不意にスマホを見た。彼は殺到するコメントに目を疑う。
『今回のテラーはすげぇびびりなんだな』
『リアクションがすごい』
『怪談よりギャグに全振りしたテラーなのか』
「(予想外だった……まさかタケオのリアクションが視聴者に好感触を与えている!)」
加藤ボルテックスがスタッフに聞くと、視聴率は4%台まで立て直してきているという。
「まだ、悲観的になる状況じゃないってことだ……!」
骨河係長と一向は、二階へと続く階段の前までやってくる。物々しいオーラが立ち込める階段だった。当然、行く先は暗闇になっていて状況がまったくわからない。骨河係長は額に手をあてて、うつむいて頭を左右に振る演技をこれ見よがしにカメラの前でひけらかしてみせた。
「暗い……どうやら我々は調査を断念せざるを得ない状況になってしまいました。非常に口惜しいです……悔しい。しかし仕方がない……」
「いや、行けよ!?」
「何よ? 無理無理無理無理! 無理だって!」
「……!」
加藤は痺れを切らしたように舌打ちすると、小声でまくし立てるようにいう。
「行けよタケオ!? 放送中だ! ビビってる場合じゃないって! ただでさえ時間押してるんだぞ!」
「骨河さん!」
「わかったよ! 押すなよ? 絶対押すなよ!?」
骨河係長は先陣を切ってゆっくりと階段を上っていく。情けない声が漏れる。
「う……う……ううう……う……うっ!?」
最上段についた瞬間。突然骨河係長はピタリと止まった。
「ぬうううわぁぁぁぁぁぁっ!?」
骨河係長は足を滑らせて、二階から無様な姿で真っ逆さまにごろごろと転がり落ちてしまったのだ。加藤ボルテックスは絶叫する。
「タケオオォォォォォ!」
『うるせぇw』
『タケオなんで転んじゃったんだよw』
『ぜんぜん怖くないよ』
加藤ボルテックスが思わずいう。
「霊……障……!?」
「いい加減にしてくださいよ骨河さん!」
「いたたた……いやマジできついよ、この仕事!」
「緊張感台無しですよ! もうほんと!」
「何があった?」
「人形が!」
「なんだと!?」
「いたような……いなかったような……」
「……」
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