2-10


 その頃、KBS局の会議室ではADたちと共に番組ゴーストパパラッチの本番前の打ち合わせが行われていた。番組は一発本番の生放送。綿密な打ち合わせを行う。トラブルがあっても対応できるよう事前に筋書きを作っておくのだ。しかし、澤神滑と加藤ボルテックスは物部耳子がなかなか帰ってこないことに痺れを切らしていた。加藤はもう何度目にもなる電話の呼び出しに応答がないと、舌打ちしてスマホをポケットにしまった。

「遅い……一体何をやってるんだ!」

「大丈夫かなぁ? 何かあったんじゃあ……」

「それにしても連絡も寄越さないのはおかしい。ちょっと行って来ます……」

「加藤君?」

 その時だった。会議室の扉が勢いよく開くと物部耳子が飛び込んできた。

「……遅くなりました」

 珍しくあわてた様子の物部耳子。加藤と澤神滑は彼女を見てほっと安堵した。

「良かったよぉ。今加藤君と一緒に君の心配をしてたんだぁ」

「物部、タケオは?」

「置いてきました……邪魔だったので」

「他に言い方ないの!? まあ、間違っちゃいないんだけどさ……」

 三人はスタッフとテーブルを囲み、持ち寄った話を出し合う。

「……と、いうことだ。トシさんっつうじいさんは岩田と直接面識はなかったものの、又聞きで事故現場と、またどデカい人形の化け物に連れ去れる姿を見たって言うんだ……」

「その岩田って人のくだり、青人形のB君の怪談に似ていますね」

「俺も思ったさ。やっぱりあの怪談こそが一連の怪談の中核を成すものだったんだ……物部、タケオと一緒に青人形の怪談は調べたんだろう?」

「ええ。怪談のことを知っている人と会いました」

「本当か!?」

「しかし、ちょっとややこしいことになってて……いえ、今の話を聞いてはっきりしました。この一連の怪談のストーリーです」

「なんだと! 怪談の正体がわかったというのか!?」

「ええ。……まず、最初に明らかにしたいのが、この物語の主人公である人形師という人物が村においてどんな立場にあったのか……青人形の冒頭にも出てきますが、おそらく他の村人からはやっかみ、羨みの対象となる立場にあったのだろうと推察します。そして、その関係性が悲劇の引き金となった」

「なるほど?」

「そして次に、青人形の怪談。あの怪談が何のために存在したのかを明らかにすることが、この物語を紐解く上で最も重要なことなのです」

「すべての大元になった怪談か……」

「いいえ、間逆なんです。だからこそ、その存在意義が私には理解できない。なぜなら始まりの怪談は二人の若者の話。青人形は村における二つ目の怪談だったのですよ」

「……なんだと。何を馬鹿なことを……若者の怪談は現代をモチーフにして作られた。自動車が出てくれば、赤坂トンネルも出てくる……それだけじゃない。人形屋敷と、青人形の怪談前提条件とするDのノートまで出てくる! この怪談がなぜ最初の怪談といえるのだ!?」

 その時、滑はハッとしてようにつぶやく。

「複合怪談だね……!?」

「?」

「その通り……我々が人形師の怪談を作ったように、何者かもまた、何らかの理由で二人の若者の話を作った……その時に材料に利用されたのが今は失われた本当の原初の怪談だったのですよ……」

「ばかなっ!? なぜそうと言い切れる!?」

「道中、骨河係長とDの死体が引き上げられたという湖と赤坂トンネルに接続する山道に通りかかったんです。その時あることを思いついたんですよ。なぜDは”どざえもん”でなかったのかとね」

「どざえもん? ……長時間水中に放置されて膨れ上がった水死体か!?」

「ええ、矛盾しています。数日後に引き上げられたなら、Dの死体は相応に変形していなければならなかった。ツギハギ怪談がもたらした矛盾をはらんでいます……おそらく最初の怪談では、死後まもなくの水死者が引き上げられたのでしょう……だから二人の若者の話は”帰ってきた怪談”ではなく”最初の怪談”なのです……しかし構成の問題で、もっと早く気づくべきだったとは思いますが」

「どういうことだ?」

「素人怪談なんです。この怪談には二つのオチがある。一個の怪談としてはしつこすぎる。怪談を冒涜しているとさえいえます!」

「そ……そこまで怒らなくても……」

「その時にふと思ったんですよ。この怪談を作ったのは雑誌記者の連中だってね……おそらく山川事件の触発されたのか、自分たちで新たなネタを創作したのでしょう」

「だけど……そうしたら、もう滅茶苦茶! この怪談はもう何も信用できないよぉ……」

「問題ありません。この怪談はあくまでも最初の怪談が含まれていて、なおかつ青人形とはまったく別の形態だということがわかれば十分なのです。問題はこの怪談がかつて存在したことを踏まえたときに、冒頭に出てきた青人形の立ち位置をもう一度考えるということ」

「? 意味がわからんぞ?」

「村にまつわる人形の怪談はひとつで事足りるはず。何らかの理由で、何者かが作為的に二つ目の怪談を生み出す必要に迫られた……怪談には二つの側面があると私は思います。ひとつは実話。歴史の闇に葬られた出来事を揶揄する意図で生み出されたもの。そして、もう一方は戒めの怪談。人を怖がらせるために創作された怪談です」

「そんなことはわかってる! 何をいまさら……」

「本当ですか? 今回の事件は怪談の相反する役割を見事に体現しているといえます。一つ目の怪談が生まれた経緯は、何らかの事件に関するアイロニーの意図があると思われます。そして二つ目の青人形。これは戒めの意図、あるいは、復讐の怪談だと私は思うのです」

「復讐だと!?」

「被害者に近い者が計画した復讐の怪談です」

「加害者とは誰なんだ!?」

「決まってます……村人たちですよ」

「!!?」

「この怪談は仲間たちに信じ込ませ、また怖がらせる便宜上最初の怪談よりも恐ろしい必要があった。こうして、人形師の村人惨殺を匂わせる、世にも恐ろしい禁忌の怪談は創作されたのです……そして語り部はまんまと復讐を果たします。村人たちは青人形に恐れをなして、みんな村から逃げ出してしまった……」

「ほんとうに、物部君がいったように”間逆”だったんだね……事実があったから怪談が発生したわけじゃなく、”怪談があったからこそ、それが事実となってしまった”わけだ」

「ええ。そうです、青人形とは完全にオールフィクションの怪談だったんですよ。ここまでが前提条件として話を進めます。いいですね?」

「まだ……あるのか?」

 加藤ボルテックスは続けて言う。

「しかし人形屋敷は!? 語り部は復讐を果たし、ゴーストも報われたに違いない! 安らかに眠ってもいいはずじゃないのか!?」

「ふふふふ……」

 物部耳子は笑って続けた。

「ここがすごく面白いところ。いえ、どうしようもなく面白いところなんですよ」

「……?」

「村人は今でも青人形の怪談を信じています。そして、その一部は地域に住み続けている。彼らは被害者の死が公にならなかったことへの罪悪感を持ち続けている。彼らの正体こそが”人形”。青人形の怪談により、怪物に仕立て上げられてしまった哀れな人形なんですよ」

「意味がわからん!? 説明しろ!」

「近い未来。地域に一人の若者がやってくる。村人たちは彼が青人形の怪談を調べていることを知る……止めないとっ……だけど、彼はいずれ殺しの真相へとたどり着いてしまう……!」

「!」

「彼らは若者を殺害しました。さて、語り部は彼らをなんと表現するべきでしょうか。青人形の遺志に駆り立てられた哀れな人形じゃないですか。それ以外表現のしようがない」

「……しかしっ、じゃあ人形は青人形のときに生まれたってことか!?」

「その通りです。村人はみな、人形になっているでしょう。青人形のオチにね……この一連の怪談は禁忌なんです。ひとつの真実を包み隠すために暗躍した人形たちによる禁忌」

「悲劇は積み重なっていく……」

「しかし物部。それが真実ならまだわからないことがある……肝心の青人形の怪談を創作した人間だ」

「それはわかりません。また、それは明らかにするべきではないことです」

 と、物部耳子はきっぱりといった。

「これはあくまでも怪談なのですから。真偽のほどを定かにする必要なんてない。そうでしょう?」

「そうだが……しかし……」

 うめき声をあげる加藤の横で、澤神滑はひそかに思っていた。

「(そうだよね。それが怪談師としての物部君の矜持。それ以上先は自分の領分でないことをきっちりと弁えてるんだ……)」

 そして、滑はふと物部耳子の顔を改めてまじまじと見つめた。

「(やはりこの子は恐ろしい子だ……人の業を見抜く嗅覚がずば抜けている……そして推理力も洞察力も……たった一日の調査で一連の怪談を取り巻く意図をすべて明らかにしてしまった……拝み屋の才能とはすなわち観察眼だ。そして彼女が暴き出す真実はいつだって創作よりはるかにゾッとする、恐ろしいものなんだから……)」

「!」

 その時、滑の見る目の前で物部耳子がぐらりとよろめいた。

「物部君!?」

 そのまま、物部耳子は床にばたりと倒れてしまった。

「物部ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 加藤ボルテックスが絶叫して物部耳子を抱きかかえる。

「しっかりしろ!? どうしたんだ!?」

「……」

 物部耳子は気絶したように動かなくなってしまった。とっさに滑が触腕を伸ばして額に当てる。

「大変だよぉっ! すごい熱がある……おいみんな! 誰か来てくれ!」

「こ……こんな時に、それにしてもどうして!? ――――」

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