2-9 怪談『F君の話』


 結局、それ以上の収穫があるわけでもなく、二人はとぼとぼと飯島宅から出てきた。帰りがけに、見送るといって玄関前まで出てきた飯島実朝に骨河係長は頭を下げて謝罪する。

「ほんとうに、あのようなことになって申し訳ない」

「いいえ! こちらこそ妻があのように取り乱してしまい申し訳なかった!」

 彼は心からそのことを気にかけている様子だった。

 二人は彼と分かれると、車を止めたままの赤坂村資料館へと向かった。狭い住宅地に駐車できるスペースはなく結局は徒歩でここまで来てしまった。ところが暗くなってから二人は後悔する。中心街から遠く離れた街中は街路灯も少なく真っ暗闇だった。そんな時、不意に物部耳子がいう。

「係長……」

「ん?」

「突然なんですが、ここでお別れしましょう」

「……はぁ?」

 骨河係長は、開いた口がふさがらなかった。物部耳子は腕時計を見ながらいう。

「時間がかなり押してるんです……係長を家まで送り届ける時間が惜しい……」

「ちょっと待てって……はははは、冗談なしだぜ!? この辺境のクソ田舎だぞっ!?」

「ちょっと行けば、駅がありますよ? 各停しか止まらないですけど……」

「き……貴様、本気で言ってるのか……」

 わなわなと打ち震える骨河係長。続けざまにいう。

「私はまがいなりにも今日一日を共にした仲間だったはずだ! 違うとは言わせないぞ!?」

「確かにそうです、だけど素人。現場で騒がれたらたまりません」

「……!」

 物部耳子はポツリといった。

「また明日、会社で会いましょう。お互いに無事でいられたらね……」


 * * *


 結局、骨河係長は物部耳子に叩き返されていよいよ一人でとぼとぼと帰路につくのだった。

「はぁ……思えば散々だったな……」

 骨河係長は思う。

「(あの時には頭に血が上ってて無我夢中だったけど、よく考えてみればそうだ。現場じゃお荷物。私だってテレビなんかに出てたくない。挙句の果てには目の敵にする心霊番組。物部の言うことはまともだ……しかし一体何のため私は……)」

そんなことをうだうだと考えながら秘境駅を目指す夜道の道中に突然暗がりに街路灯に照らされた何か背の低い子供のようなものが骨河係長の目の前に立ちはだかったのだ。

「……ひぃぃっ!?」

 骨河係長は甲高い声で絶叫し、無様に尻餅をついてしまう。

「な……何者なのだ! 殺すなぁっ! 私は死にたくないぞぉ!?」

「ひっひっひっひっひ」

「……!」

 しわがれた声が笑い、そしてゆっくりと近づいてくる。照らし出された顔は間違いなく、飯島宅で見た、飯島登美子の顔だった。骨河係長はゾッとして後ずさりする。

「な……飯島登美子! 貴様……そういうことか……私がひとりになるタイミングを見計らい……私を食うつもりだったんだな!? そうだろう!? なぁ!?」

「……」

 飯島登美子は無言のままゆるゆると骨河係長へ近づいてくる。

「ひぃぃぃぃぃぃっ!」

 骨河係長は絶叫して青い顔をして頭を抱える。

「食うなっ、私を食うなっやまんばっ、私は骨と皮しかないやせっぽちなのだ!」

「お前さん……こんな怪談を知っているかね?」

「……へ?」

 骨河係長が顔を持ちあげると、飯島登美子は静かに淡々と怪談を語りだしたのだ。

この話は、私が知る中でもとてもとても古い話。

人形の関わる良くない話でも一番古い話だ。


あるところに、有名な人形師がいた、彼は腕のいい職人だったんだよ。この名もなき小さな村の中でひとり異彩を放っていたんだ。村人たちは彼のことを良く思っていなかった。いわゆる村八分ってやつだね……。


狭い社会で生きてると人間どんどん小さくなっていくものさ。

小さな村の村人なんて誰も満足してない。誰も彼もがすさんでいるよ、生ける亡者みたいなものさ。


ある日のことだった。人形師には子供がいたんだ。その子をF君と呼ぼう。彼も村の子供たちに混じって遊んでいたんだ。純粋な子供さ、大人の妬みも憎しみも、子供の世界じゃまるで関係ないからね。


ある村人の家に子供たちがやってきた。

村で一番の権力者。仮にGさんと呼ぶことにしようか。Gさんのうちでは月に何回か子供たちを招いて大きな催しを開く。村の子供たちにとってそれは何よりの楽しみだったんだよ。もちろんF君も例外じゃない。


Gさんは他の子供そっちのけでFくんをひいきする。村の子供たちは不満だったし、Fくんが許せなかったんだ。Gさんは彼のために特別にこしらえたお菓子を用意していたんだ。Fくんは何の引け目もなくお菓子を受け取る。まれに、その光景に耐えられなくなった村の子供がそのお菓子に手を出すんだ。その時のGさんの顔といったら見るに絶えないものがあったね。


「こらっ、何やってるんだお前っ」


Gさんは親御さんの前でも平気で暴力をふるったよ。なぜって、村で一番の権力者だったからさ。それはある種の躾なんだよ。すべての恨みつらみはGさんでなくFくんに向けられる。大人にはむかうのは不可能だからね。


Fくんは次第に虐められるようになったんだよ、あんたはいじめを受けたことはあるかね? 村のいじめってのは壮絶だよ、なにせ都会と違って引き篭る家もなければ、嫌でも村の人々と馴れ馴れしくしなければいけないからね。


雨の日も風の日も、Fくんは村の子供たちに虐められていたんだ。しかしおかしいね? 一体そんなことをして誰が喜ぶんだい? ほくそ笑んでいたのさ、Gさんは遠くからいじめられているFくんの姿を見るのがたまらなく楽しかったんだよ。


しかしFくんにはわからなかったんだ。自分が恵まれていること、贔屓されていることが子供たちにとって鼻持ちならないことだってことがね。次第にいじめはエスカレートしていったんだ。そして、ついにその日が来てしまった。殺してしまったんだよ。村の子供たちがFくんをね。ふざけた話さ。悲しいことだけどFくんは死を持って彼らに罰を与えたんだ。


しかしところがどっこい、Gさんはそんな子供たちのことを庇い立てしたんだ。Fくんは湖に飛び込んで溺れ死んでしまったと……、人形師は嘆き悲しんだよ。彼にはたったひとりの血を分けた家族なんだ。そこで人形師は彼に似せた人形を作ったんだよ。それがFくんの代わりになるわけがないんだ。せいぜい気休めのようなものだったんだよ。しかしね、人形師は毎日々々、一日も欠かさず話しかけたんだ。まるで動物に言葉を覚えさせるようにね。


そしてある日、奇跡が起きた。なんと人形にFくんの魂が宿って話し出すようになったって言うんだ。しかし村人たちは恐怖に打ち震えたのさ。なぜかって? もしFくんの魂が本当に人形に宿ったのだとしたら、Fくんは事の真相を洗いざらい人形師に喋ってしまうじゃないか。村人たちは、特にGさんは気が気でなかったんだ。


そこである日、人形師が家を留守にしている間に人形を奪って燃やしてしまおう。そういう算段を立てたんだよ。数日たって、ようやくその日がやってきた、村人たちは手はず通り人形師の家へ忍び込み人形を盗み出そうとしたんだ、しかしいざ人形に対面して村人は驚いたんだ。


それは人形じゃなかった。血まみれで腐り果てたF君の死体だったんだよ。

村人たちは恐怖に打ち震えた、あの日誤って殺してしまい、湖に捨てたFくんの死体が何故ここにあるのだろうか? しかし村人全員が犯人だと知りながら、まるで知らないことのように振舞っていた人形師がたまらなく何よりも不気味に思えたんだ。


村人たちは急遽計画を変更した、その日のうちにFくんの死体を燃やしてしまうことにしたんだ。村人たちは丹念にかまどの調整をしたよ、もし燃え残ったりでもしたら大変だ、この期に及んでまだ人形師に知られることを危惧していたんだよ。


そしてその時が来た、腐ったFくんの死体を炉に投げ入れたんだ。Fくんばブスブスと嫌な音を立ててゆっくりと燃えていく、しかし水気を含んでいるためかなかなか灰にならなかったんだよ。


「ええい、薪を継ぎ足せっ」


Gさんは気が気ではなかった。いつ人形師が帰ってきてもおかしくはなかったからね。村人が寄ってたかって集まっていれば人形師は必ず感づいてしまう。ことは早急に終わらせる必要があったんだ。しかしFくんの死体はなかなか燃えてくれなかった。薪をいくら継ぎ足したところで、ブスブスと嫌な臭いが立つだけだったんだ。そして運命の時が来た。人形師が帰ってきてしまったんだ。


「何を燃やしているんですか?」


予想通り、人形師は炉へやってきた、当然だった、普段は炉を使うことはほとんどないのだ、ましてや死体を燃やしたことなど一度もなかった。

しかし奇跡が起こったんだよ突然炉の炎が強くなりだしたんだ。Fくんは燃え切りはしなかったものの、既に炎に包まれており人形師が覗いたところで何が燃えているのかは既にわからないんだから。


「畑を荒らしまわっていた猪を捕まえたんだよ、それを処理するために炉を使っているんだ・・・」


誰が聞いてもわかるような言い訳だった、しかしこの際何でも良かった、人形師に燃やしているものさえバレなければそれでよかったのさ。

しかし、その音は突然聞こえてきたんだよ。

「……あ」

炉の中からうめき声のような音が聞こえてきたんだよ。

音は次第に大きくなりだしたんだ、まるでFくんの断末魔のようにね。


「おじさん」


それは既にうめき声なんかじゃなかった、れっきとした人の声だったのさ。


「おじさんお菓子ちょうだい」


その時ぐっと、炉の中から手が掴みかかってきたのさ。真っ赤に焼け爛れた、子供の手がね。Gさんは悲鳴を上げたよ、必死でその手から逃れようともがいたんだ。しかし恐ろしいほどの力でGさんを掴んで離そうとはしなかったんだよ。


「助けてくれぇっ」


ついにGさんは半身を炉の中へ引きずり込まれてしまったんだ。あまりの熱さにそばで見ていた人形師に助けを求めたのさ。

苦しむGさんとは裏腹に人形師は他人事のようにその光景を見ているだけだった。Gさんは必死で助けを求めたさ、それでも人形師は眺めているだけ。騙していたのは人形師も同じだったってわけ。

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