2-7


 テーブル席に移動し、物部耳子と骨河係長は対面する形で村山警部と向かい合っていた。村山警部はコーヒーを一口飲んでから、嫌味な口ぶりで意気揚々と話し出す。

「今回は人形屋敷の怪談か、毎度毎度精が出るねぇ」

「刑事さんも山川事件で忙しいでしょう」

「生憎、あっちの方は俺の担当じゃないんだよ」

 骨河係長は物部耳子にひそひそ声で呼びかける。

「(なぁ、物部。村山警部とどういう関係なんだ?)」

「(事件性をはらむ番組の性質上、嫌でも付き合いがあるんです)」

「(な……なるほどなぁ)」

 村山警部は続けていう。

「物部耳子。この二人は何者なんだ?」

「サタケ&タケオです」

「!」

「北海道から上京してきた10年目のベテランで、浅草のストリップショーパブで師匠って呼ばれてます」

「なんなんだ、その設定」

「兄さん! タケ兄さんとタケ兄さん!」

「二人ともタケ兄さんだよ。ややこしいっ」

「それが劇場で唯一ウケるネタです」

「タケ兄さんのくだり!? それしかないの!? 私たち10年目で!?」

「五年前ダブルタケに改名するよう師匠に強要されたおかげで、主婦層に名前が浸透してません」

「10年目の知らないやつらが漫才してんの!?」

「芸能プロダクションのスカウトキャラバンに行ったら、チーズ臭ぇなぁ……って言われて一発不合格になります」

「名前だけで!?」

「そんなもんです……係長。どこでも商事に就職できて良かったですね」

「しゃらくさいよ。もう二度とするなよ、その話」

 村山警部は呆気にとられたような顔をしていた。

「……なるほど。ごほん。それで――――」

 当たり障りなく話が円滑に流れたことに物部耳子は上機嫌だった。

「(タケ&サタケで納得したみたいです!)」

「(単純に関わり合いになりたくなかったんじゃないか……)」

「青人形については何かわかったのか?」

「二人の若者の話は青人形の怪談と密接に関係しています。ゴーストの正体はおそらく人形師……」

「若者の話……ふふふ」

「? なぜ笑うのだ?」

「いや、ね……山川事件をモチーフにした怪談だろう? 馬鹿なやつらもいたものだなと思ってさ……」

「……!」

「骨河係長。どうして物部耳子と知り合ったかはわからないが、あんたがどれだけ足掻こうが無駄なことさ。あんたも同じ末路をたどる……」

「どういうことだ?」

「岩田という男を見た……あれはひどいことになってるよ」

「あんた岩田智人と面識があるのか!?」

「随分前のことだ……今どうなってるかは知らん」

「それで俺の前に現れたのか……!」

「岩田智人は行方不明のはずです!」

「なんだ……知らないのか?」

「なんです?」

「ふふ、まあいい……それから、赤坂村のことは探しても無駄だぞ」

「?」

「それだけだ。じゃあな。放送は今日だろ? 健闘を祈ってる……」

「待て! 意味深なことだけ言って去ってくつもりかっ!」

「俺も……祟られたくないんでね…………」

 と、言って、村山警部はそそくさと赤坂村資料館から出て行ってしまった。

「まったく……」

 骨河係長は怒り心頭だった。テーブルの上にはすっかり空っぽになったティーカップと、千円札だけが無造作に放られていた。


 * * *


「すまないね。あの人はああいう人なんだよ」

 と、佐竹はいう。骨河係長は応える。

「常連か?」

「ああ、青人形の怪談も俺が話してやった気がするよ」

「赤坂村は探しても無駄だって……」

「……」

「店主?」

「ん? いや……さぁな、ははは、俺にはさっぱり」

 佐竹のリアクションが骨河係長は妙に引っかかっていた。

「(……おいおい、頼むぞ)」

 その時、物部耳子が物憂げに言う。

「ふと、思ったんです」

「?」

「赤坂村は今はもうない。だけれど、かつての村人はまだこの地域に落ち延びていると思うんです。それは佐竹さんを見た時に確信に変わりました。もっとふるい怪談だとばかりに思っていました。けれども、マスターはまだお若いですからね」

 物部耳子の鋭い洞察だった。彼女が言うように、佐竹はまだ還暦前後といった若い風体をしていた。佐竹はぽりぽりと頬を引っかいて見せた。

「まいったな……はは」

「なぁ店主。私もひとつ疑問に思ったんだ」

「なんだい?」

「赤坂村資料館などと派手に銘振っていながらここに飾られている品はどれも文献と絵ばかりだ。なぁマスター。あんたも本当は赤坂村を探しているんじゃないのか?」

「……」

「そうだ。あんたがはじめて見た人形師の屋敷との衝撃的な出会い。それ以降、どうしても記憶の片隅にあって離れなかった。そしていよいよ調査に乗り出したのもむなしく、赤坂村という村の文献はまったくといっていいほど残っていない……あんたもまた赤坂村という幻の村を探している途中なんだ……こんな筋書きは、なかなか面白いとは思わないか?」

「ふふふ、まったくだな。しかし確かにその通りだよ。私も村の秘密を追ってる最中なんだ……しかし今じゃ、こんな喫茶店をやって、半ば本来の目的を失いかけてはいるがね」

「そういうことだったんですね……佐竹さん、人形屋敷の怪談はご存知ですか?」

「なんだ?」

「……ご存じない? 赤坂トンネルの向こうではメジャーな怪談なんですが?」

「知らないな……それも人形にまつわる怪談?」

「ええ」

「不思議なもんだな……元はといえば、赤坂村から始まった怪談。それが場所を変えて、姿を変えてまったく別の怪談として発現するなんて……まるで失われることに危機感を持った怪談が自らの意思で姿かたちを変えたかのようだ……」

「……」

「そういえば……いたなぁ、近所に住んでる年配のご夫妻なんだけれどね……赤坂村かは不明だが、彼らも相当古くからこの土地に住んでるはずだよ、私がまだあっちの仕事をしている頃から彼らの家はそこにあるからね」

「いらっしゃるんですね!」

「飯島登美子さんと飯島実朝さんという飯島夫妻だよ。住所は○○○○だ。私からも前もって連絡しておこう、なあに、実朝さんのほうは定年退職してから暇をもてあましてる。きっといい話し相手になってくれると思うよ」

「色々と迷惑をかけるな」

 佐竹はなんでもないさ、と、あくまでも協力的な態度だった。二人は彼に感謝の意を伝えて、赤坂村資料館から出てくる。夕暮れだった。二人は焦っていた。

「急ごう、もう日が暮れる」

「……そうですね」


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