2-6


 それからしばらくしてから、ファイバーは大変な迷惑をかけてしまったということで物部耳子の荷物の中に戻っていた。怒り心頭の骨河係長に対して物部耳子はいう。

「霊は逃げていきました」

「なんでよ!?」

「係長の恥ずかしいずっこけを見て満足したようです」

「…………幽霊ってみんなお前の生き写しみたいな性格してんのな」

「それはともかく、大丈夫ですか!?」

「いでででで、大丈夫なわけなかろう! 私がいくつだと思ってるんだっ、もう無茶したら死んじゃう体だよ! いでで」

「それは素直に悲しいです……」

「こっちのセリフだ。……あーあ。もう勤務明けよりクタクタだよ、私」

 骨河係長は背中をさすりながらよろよろと立ち上がる。

「しかしよかったです……。これで係長についていた霊は取り除かれたはず」

「不幸中の幸いだよほんと……」

「ずっこけのくだりは、ただのくたびれ損だと思うのですが?」

「いる!!? あれ!?」

 二人がトンネルから出てくると、ぱっと開けた光景が目の前に広がった。

 見渡す限りの平野のすぐ向こうにログハウスのような一軒家があった。二人がやってきた山道とは見違えた空間だった。

「すごい、トンネルの先はまるで別世界が広がっていたんですね!」

「脇に駐車したままの車が気になる。取りに戻ろう……ん?」

 トンネルの出口のそばには薄汚い立看板があった。どうやら前方に見える建物の案内看板のようだ。

「赤坂村資料館……?」

 骨河係長は物部と顔を見合わせた。


 * * *


 車に乗って戻ってくると、二人は真っ先にログハウスへと向かう。

 外装は外見にも増しておしゃれなつくりだ。とても年季が入ったようには見えない目新しいものだった。玄関の前へとやってくる。カランコロンと、カウベルが鳴る。二人は扉を開けて建物の中へと踏み込む。そこは手狭なカウンターを擁する小さな喫茶店だった。

「おやおや……珍しいお客さんだね!」

 と、清潔感漂うハンサムな壮年のマスターがコップを拭いながら二人を出迎えた。骨河係長はいう。

「邪魔するぞマスター。早速で悪いんだが話を聞きたいんだ」

「忙しい人たちだな! とりあえずこっちに来て話せよ?」

 二人は仕方なくカウンターに腰掛けた。今度は物部耳子が訊ねる。

「マスター。私たちは赤坂村という、今は失われた村について調査をしているんです」

「それで都合のいいこの建物が目に入ったってわけか」

「ここは何なのだ? マスター?」

「見ての通り赤坂村の資料館さ? しかしまぁ、そればっかじゃ需要がないってことでこうして喫茶店になっているけどね」

「なぜ資料館なんて?」

「事情があって村には縁があってね。小さな村落のことなんてそうそう資料には残ってないから、こうして自主的に調べ物をして勝手に資料館を名乗っているわけ」

 骨河係長は店内を物色する。マスターのいうように、赤坂村について調べた資料が展示されていた。ところが製糸業で栄えたことや、特殊なお祭や伝統工芸があったことなど、怪談や事件にはあまり関係ないことばかりで二人は落胆する。見かねた様子で店主が声をかけてくる。

「なるほど。やっぱり珍しいよ、あんたたちみたいな人はね」

「話すと長くなるんだが……マスター、青人形って怪談を知らないか?」

「ここいらじゃ一番有名な怪談だよ?」

「なんだって!?」

 その時、骨河係長はハッとして思った。村山警部の語った”よそ者”という言葉。そして、澤神滑がいう、” 語り継がれなくなった理由”。彼は二つの要素が繋がるような衝撃にも駆られた。

「(みんなよそ者だった、誰も彼もが知る怪談じゃあなかった……)」

 物部耳子も察しがついたように、分析する。

「赤坂村が廃村になる前後には入植者が爆発的に増えた経緯がある。怪談を知る人間の層が大々的に移り変わったから、私たちの調査のうちにも引っかからなかったってことですね……」

「……!」

 二人の考え込むようなしぐさを見たマスターは呆気にとられたようにぼそりという。

「あんたたち、何者なんだ?」

「?」

「見たところ、刑事さんにも記者さんにも見えないね……もう随分前に私用で訪ねてきた何とかっていう物好きな男もいたけれど……あんたたちもそのクチかい?」

 物部耳子がぴしゃりという。

「我々はゴーストパパラッチです」

「……! どこかで見たと思った! あんた物部耳子ちゃんだ!」

 そうしたら、突然、物部耳子はぽっと顔が赤くなった。その顔を見て骨河係長は思う。

「(まんざらでもないんだ……!)」

「そうか、いよいよといった感じだね……」

「あんた、……その口調じゃあ、随分前から待ち続けていたといわんばかりだな?」

「○つんと一軒家、的なノリですよ」

 すると、突然マスターはぐいっと腕を物部の方に伸ばしてきた。どうやら握手を求めているよう。物部は勢いに流されるままに握手を交わす。

「あ……こんな機会めったにないからね、へへへ、ありがとう。私は佐竹という。まあなんだ、お見知りおきをね」

 すると、物部耳子はほっぺに手を当てていう。

「係長。私、人気者です」

「もういいよ……、わかったから。話の続きだ」

「しかし、あんたたちあんまり口外せんほうがええよ? こんな仕事をしてるんだ。私がとやかくいう筋合いこそないがね……ただ、土民の人たちからすれば、それは耳心地の良い話じゃあないんだ」

「どういうことなのだ?」

 骨河係長が不思議そうに訊き返すと、応えたのは物部耳子だった。

「そうですね。あのような怪談、地域にとってマイナスイメージですから」

「な……なるほど」

「ひとつ訊いてもいいですか?」

「なんでも?」

「青人形とは……そもそもどういう意味なんでしょう?」

「実は私も知りたいんだよ」

「え?」

「うん……実はあの怪談に出てきた土地買いの人って私のことなんだよ」

「えええっ!?」

 骨河係長は驚き絶叫する。佐竹は続ける。

「うん、で、前半部分のことだけをもともと青人形って呼んだわけ」

「それじゃあ、あの青人形の怪談はノンフィクションってことですか!?」

「いいや、それがね、猿皮の人形ってのが出てくるでしょ? ありゃあまったくの嘘だよ。ただ怖いものに脚色したいがために作り出された大嘘さ……たぶんうちの仲間の誰かが誇張して、それが広まったんだろうね」

「じゃあ、佐竹さんは人形師の家で何を見たんですか?」

「人間の死体さ」

「……!」

「天井に吊るされた死体……怪談ではそれを”人形”と呼んだ。不気味な光景だったね」

 骨河係長はふと思った。

「(本来あるはずのもっと恐ろしいものが書き換えられて、そして新たなオチが付け加えられた。怪談の体裁を保つための試みだったのか……? しかし……なんかぐちゃぐちゃしててややこしいな?)」

「はははは。しかし、死体をマネキンにしてしまうとは良く考えたもんだよねー?」

「…………」

「はは……はははは」

「ちょっとドン引きです」

「なるほどなぁ、死体がマネキン、……マネキンマネキン、シオマネキ、なんちゃって……」

「…………はは」

「係長。見るも無残な北極ですよ」

「わかってるよ!? 人が滑ったのを抽象化するなよなっ!」

「……芸人は空気の落差を笑いに昇華するといいますが、真の恐怖を目の前にすると、中年の中途半端な駄洒落なんて見る影もなく掻き消えてしまうんですね」

「……おい」

「わたし……かえって怖くなってきました……」

 物部はぶるぶると体を震わせる。骨河係長は怒り心頭だった。

「怖がるなっ! 私の渾身の魂のギャグをっ!!!」

「佐竹さんが見たものは本当に死体の山だったんですか?」

「行政の人間に回収させたがね、あれはどう見ても……死体だったよ……」

「人形は?」

「それが……人形師の家に人形は見つからなかったんだよ」

「人形が、見つからない……?」

 骨河係長の物部は顔を見合わせた。その時、カランコロンとカウベルが鳴った。来店者が現れた。二人が振り返ると、骨河係長は血相を変えて驚愕した。彼は思わず絶句する。

「あっ――――あんたは!」

 相手も、骨河係長を指差し絶句する。村山警部だった。佐竹がおずおずという。

「おいおい、あんたたち知り合いだったのかい?」

「骨河丈夫係長っ! なぜここに……!」

「あんたこそどうして?」

「戒めの怪談といっとろうに……まさか怪談の調査でも……、……!」

 村山警部は物部耳子を見つけて、いっそう青い顔をした。物部耳子は物知り顔でいう。

「そういうことだったんですね……」

「え、え? 何? ここも知り合いなの?」

 と、骨河係長。村山警部が憎憎しげに言う。

「ふっふ……ゴーストパパラッチ、怪談師の物部耳子か……」

「お世話になっています……」


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