2-3


 結局、食あたりを克服した物部耳子は体調が快復し、会議室にストックしていた非常食のレジ袋からおにぎりを見繕って2、3個ぺろりと平らげてしまった。そして彼女は何事もなかったかのように骨河係長にいう。

「結局、おちおちテレビ局までついてこられたんですね?」

「……! あ……当たり前だ! っていうか、こいつらがついて来いって言ったんだ! 何も私が自らついて行きたいなぞといった覚えはないんだがな!」

「そうですか。しかしそれが賢明ですよ」

 澤神滑は泣き笑いのように突然声をあげる。

「はははは、何はともあれよかったよ! 一時はどうなることかと……」

「だいたい、今日は半日休みを貰うといってたはずですが……、これじゃあ下手したら誘拐も同然ですからね?」

「違うんだよ物部君! 捜査状況が思ったほど芳しくないんだ!」

「同じことです。二人の若者の怪談、人形屋敷の怪談、必要な情報はすべて揃ってる。だから君は安心して家で安静にしていてくれ……そういったのは澤神プロデューサー、あなたでしょう?」

「うううっ!」

 一方的に責められる滑が不憫に思えたのか、加藤ボルテックスが会話に割って入る。

「事情が変わったんだ……人形屋敷の主人はゴーストの正体じゃないかもしれない……この怪談はもっとずっと根が深い」

 加藤が助け舟を出すと、これを好機と見るや俄然と滑は強気に息巻く。

「そうなんだ! 僕らは人形屋敷とその狭い範囲だけに盲目になってたけれど、そうじゃないかもしれないんだよっ!」

 物部耳子は口元に手を当てて思案した挙句にいう。

「それって…………しかし霊場は人形屋敷。そして屋敷の記録に残る最古の家主こそあの”人形マニアの男”だったじゃないですか。後にも先にも、屋敷を祟る霊が他にいるようには思えませんでしたが?」

「まったく! 君ってやつは血も涙もない女の子だな! そうやって手当たり次第に屁理屈で丸め込むから男も寄ってこないんじゃないかっ!」

「……?」

 物部耳子は困惑したようにいう。

「私は、プロデューサーを男性と思ったことは一度もありませんが……?」

「うぐぅっ!?」

 すると、滑はいっそうショックを受けてうなだれてしまった。骨河係長がいう。

「霊場とゴーストは切っても切れない関係ってワケか」

 骨河係長は考える。

「(確かに人形屋敷の怪談は屋敷の経緯から始まっている……これ以上過去にさかのぼることはできないんだ!)」

「可能性があるとするならば……」

 と、物部耳子。人差し指を突き立てて見せた。

「それは人形屋敷とはまったく別のところから関連する怪談が見つかった場合だけ」

「というと?」

「係長。私が語った怪談。実は複数の怪談をピックアップしたものなんです」

 物部耳子は続けていう。

「本来、人形屋敷の怪談は複数あった。それを我々が編纂しひとつの怪談としてまとめたものなのです。だから語り部は怪談の中で入れ替わる。当然です。元は別々の怪談だったのですから」

「怪談はすでに完全に解明されている?」

 加藤ボルテックスはいう。

「だが物部、よく考えても見てくれ……人形マニアの男もまた、人形を恐れていたんだ! おかしいとは思わないか? ならば家主は一体何者に殺された!? 自殺か? さもなければ、人形マニアの男を殺す、さらに強大な霊がいると考えてしかるべきじゃあないか!?」

「他に怪談は存在しない……それが真実を物語っています」

「怪談を探すべきだ! このまま収録に挑めば、数字は取れる。おそらく俺たちは助かるだろう! しかしゴーストの正体は明らかにならない! 霊の魂が救済されることはないんだ!」

「――――ちょっと待て!」

「「……!」」

 口論を始める二人の間に入って、骨河係長は高らかに言いつけた。

「怪談ならある……しかも人形屋敷が一切関与しない、”人形”にまつわる、この土地の古い怪談だ」

「な……!?」

「タケオ……それはいったい?」

「青人形という……私も詳しくは知らないが目ヶ一郎の件で事情聴取に来た警察が俺に話して伝えてきたものなんだ」


 * * *


 骨河係長が話して伝えた青人形の怪談は確かに彼らの推理にひとつの疑問を投げかけるものだった。それぞれに長考した挙句に、物部耳子が興奮気味に息巻く。

「人形師……B君……間違いない。人形屋敷の怪談へ因縁をつなぐ、最古の怪談です!」

 さらに、立て続けに加藤ボルテックスも興味深そうに口を開いた。

「その怪談が事実ならば、人形屋敷を祟るゴーストの正体はB君か人形師かもしれないな」

 骨河係長は嘆息していう。

「しかし、駄目なんだよ……この青人形の怪談は話し伝わってる部分が断片的なんだ。この怪談の怖さはそこに起因してる。断片的だからB君がどうなったのか、人形師がどうなったのかなんてのは全部憶測の域にある。古い民話だからこそのジレンマかもしれないが……」

「安心しろタケオ。たとえすべてがわからずとも、この怪談からわかることはある」

「……本当か!?」

「まず……二人の若者の話を思い出してくれ、Dが人形屋敷で見つけた人形マニアの残したノート。仮に”Dのノート”と名づけよう。このマクガフィンには”預言者”のキーワードが出てきた」

「ああ?」

「預言者とは……つまるところB君のことではないのか?」

「……!?」

 骨河係長はゾッとして怖気立ってしまった。二つの怪談が繋がったのだ。加藤ボルテックスは続けていう。

「預言者は暗喩表現……そして青人形の怪談を知るものだけが、真の意味を突き止めることができる……当人の語り部がそんな厄介な仕掛けを意識してたかはわからんが……」

 骨河係長は興奮気味にまくし立てる。

「なぁ、物部よ。マクガフィンとはなんだ?」

「……」

 加藤ボルテックスと物部耳子はやれやれといった様子で顔を見合わせた。物部がいう。

「マクガフィンとは物語内において必然性のない事象のことをさします。たとえば幽霊と語り部は怪談を成立させる上で必ず必要なものです。一文字一句違ってはならない。一方、日時や土地、小道具などは本来であれば、欠けていても怪談は成立するもの。これらは怪談が伝来する過程で歪曲してしまう可能性も内包しているのです」

「な……なるほど、ぐぬぬぬ」

 しょうみな話が、骨河係長にはイマイチ意味が理解できなかった。加藤ボルテックスがいう。

「話を戻すぞ……すると人形マニアの家主は、何らかの理由から青人形の怪談とB君の予言を調べる必要に迫られた。それは何のためだ? そして二人の若者の話に出てきたDは思わせぶりな態度から見ても、明らかにその意味を知っている様子だった……彼もまた青人形の怪談に秘められた真の意図に気づいていたとは言えないだろうか!?」

 その時、骨河係長が加藤ボルテックスの話に水を差す。

「――――ちょっと待て! しかしマクガフィンなんだろう!? 伝承者が面白がって作り変えたかもしれないではないか! なぜ、それが動かぬ証拠のように扱われるのだ!?」

「青人形の怪談を知らなければ……このような脚色の仕様もまた思いつかないからです。二人の若者の話を作った人間はもともと、この青人形の怪談を知っていました」

 加藤ボルテックスは話を続ける。

「すると人形マニアがなぜ、見渡す限りの僻地の忌々諱町の地域にやってきたのかも頷ける話だ……彼はもともと”高名な人形師”の作る精緻な人形を手に入れるためにやって来たのではないか? 市場ではお目にかかれない秘蔵の品。製作者の居る町ならば手に入ると考えたのかもしれない……!」

「しかし、一方で呪われた人形のことを知ってしまった。彼は怖いもの見たさからマニア心が触発され、あるひょんなことから人形を手にする機会を得た。しかしそれは同時に、人形屋敷の怪談へと繋がる切欠となった……」

 その時、三人が同時に改めてあることに確信を持った。それはもはや動かさざる事実だ。

「(これが人形屋敷の怪談の、バックボーン!)」

「こうしちゃいられない! プロデューサー! 調査続行だ! この怪談はもう一度調べなおす必要がある! 時間がない」

「待てよ加藤君。はやる気持ちはわかるが、まだ時間はたっぷりあるんだ」

「しかし……っ」

「骨河君。君の話した青人形とかいう怪談は確かに刑事から聞いたんだね?」

「ああ?」

「その刑事が何物かは知らないが、僕らがここ数日間、寝る間も惜しんで怪談を調べてきたのは事実なんだよ。そのくせ刑事風情が、僕らも知らない怪談をおいそれと引っ張り出してこられたことには、なんか僕、どうしても引っかかっちゃうんだよなあ……」

「情報源が信用できないってことか?」

「なんにせよ、今まで通りに調べても尻尾は掴めないでしょ? 何者かの手によって握りつぶされた可能性があるよね」

「どういうことなのだ?」

「"語り継がれなくなった理由”が……そこにはあるはずだよ……それが怪談の正体を追う鍵になるはずだ」

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