2-1


「(なにやらただ事じゃないことになっている……!)」

 骨皮係長はそう思っていた。

 加藤ボルテックスと名乗るシークレットサービス体型の黒服黒人グラサン幽霊と一緒に物部耳子を介抱すると、商店街に横付けして駐車していた。彼のものだという黒塗りの大型バンに乗り込んだ。骨河係長はゾッとしてしまった。

 行き先を言わない加藤。勝手に発進してしまう彼に骨皮係長は助手席から恐る恐る訊ねる。

「どこにいくのだ?」

「KBSだ」

 KBSテレビジョン。

 元々はラジオ放送局として発足したという、ここ忌々諱町のローカル放送局だった。

「テレビ局にいくのか!?」

「……元々プロデューサーと落ち合う段取りになっていた」

「プロデューサーだと?」

「……」

 加藤ボルテックスは面倒くさそうに思案していた。そして答える。

「我々は……何というかテレビ局員なんだ」

「KBSの人間なのか?」

 途端に、骨河係長は張り詰めた緊張感が解けて、ほっとして安堵する。

「(どこに連れて行かれるんだと思った。しかしテレビ局? 一先ず安心だが、しかし、霊能力者とテレビ局に何の関係があるというのだ……?)」

 骨河係長の考えを察したように、振り返ることもなく加藤はいう。

「……心霊番組というやつがあるだろう」

「ああ?」

「まあなんだ。心霊アドバイザーというやつなんだ。二十年ほど前に大ブームになって、急速に衰退していった心霊番組。別に視聴率が低いわけでも、タレントが嫌がったわけでもない。なぜ? その背景にはガチで霊障が発生してしまうという、由々しき問題があった……」

「霊障?」

 骨河係長は思った。

「(聞きなれない言葉だ。話の文脈から察するに、何か重大なことなんだろうことはわかるんだが……)」

「霊に障られると書いて”霊障”だ。要するに霊に関わったことにより何らかの災難が降りかかることを意味する」

「偶然じゃないのか?」

「それを判別するのが我々の仕事。そして、我々がそう判断したからにはそこに霊が関与していたことは揺ぎ無い事実といえる」

「なんだかインチキな商売だな?」

「当時のテレビ局のお偉方も同じようなことを嘯いた。そしてみんな消えていったよ」

「……なんだと?」

「似ていると思わないか? 人形屋敷にまつわる一連の怪談にだよ」

 そういって、加藤ボルテックスはニヤリとほくそ笑んだ。フロントミラー越しに骨河係長も彼の笑みを目にした。骨河係長はゾッとして怖気立ってしまう。決して楽しいがゆえの笑みではないと理解できたからだ。

「我々の言うことを大人しく信じていれば最悪の事態は免れた。些細なはした金のために自らのキャリアか、最悪は命までもが奪われてしまった。まったく、哀れな連中だよ本当に……」

「ひどいやつだ!? それを知っていて見て見ぬフリをしたのか!?」

「我々は心霊のプロフェッショナルだが、社会的に強いわけではない。それに、信じるも信じないも本人の自由だ。たとえば国によって信仰が異なるように、霊の存在を無神論者説くことは、それは難しいことなんだ」

「そりゃそうだが……っ」

 骨河係長は何か歯がゆいものを感じていた。加藤ボルテックスは話を続ける。

「結局、そうした事故は後を絶たず、やむなく心霊カルチャーは放送業界の禁忌となって消えた。今でも大手の放送局はそのルールを頑なに守り続けている……あんたがテレビっ子かどうかは知らんが、夏の風物詩の怪談番組を昨今はほとほと見かけない。そう思わないか?」

「まあ……言われてみれば確かにそうだな」

「そこには、こんな裏話があったんだよ……しかし、それでも心霊番組をやりたいっていう変わり者のプロデューサーには俺たちのような人間が参加しクルーを結成する」

「あんたのボスも変わり者なのか?」

「変わり者……いや、中身よりも外見のほうがずっと変わり者なんだが……」

「?」

「とにかく、うちの番組はずっとヘンテコでクレイジーなテレビ番組ってことさ」

「わたしは?」

「悪いがあんたは巻き添えだ。どうせノコノコ物部の家までやって来たってことは厄介な事情を抱え込んでるんだろ?」

「うっ」

「……その顔は図星だな? そういうことだ。悪いことは言わない。あんたも我々と一緒に行動したほうが何かと都合がいい」

「この日本人形は?」

 ドン、と。骨河係長は物部耳子の自宅から持ち出した、髪の長い日本人形を加藤の目の前に掲げて見せた。加藤のグラサンがきらりと光った。

「む……それは、私が人形屋敷からチョロっと拝借したものだ」

「貴様のせいじゃないかっ!?」

「そうともいえるな」

「おい!」

「案ずるな。調査のために必要になっただけだ。ケチ臭いこと抜かすなよ。一個ぐらい持ち出したって罰は当たらないさね」

「……!(おいおいおいおい、本当に大丈夫なのか!? こいつ言ってるそばからやってることが矛盾してるじゃないか!?)」

 骨河係長は日本人形を家から持ち出したことに恐ろしくなって、そっと毛布をかけてやった。


 * * *


 三人は忌々諱町内の湾岸エリアにあるKBS局放送センターへとやってくる。地下駐車場に車を止める。加藤ボルテックスは物部耳子を軽々背負い上げ、骨皮係長は彼に続く。

「テレビ局は初めてか?」

「そうだ。いや……」

「?」

「ラジオ局なら一時期出入りしていたな」

「なにゆえ?」

「聞くな。昔のことだ」

 局内は忙しなく、局員が出入りしている。ローカル放送局のため閑散としている。ほとんどが局員で、タレントなどはまばらだった。局の廊下を歩く道中、暇を持て余したかのように加藤ボルテックスはいう。

「怪談は? あんたは幾つ知ってる?」

「え?」

「人形屋敷に端を発する怪談は、その後に幾つもの怪談話にも派生し、我々に解明するよう助けを求めてる」

「……!」

――あなたも、怪談になるのかもしれませんね……この地域の人形にまつわる怪談の一つに……――

 骨皮係長は思い出していた。わざわざどこでも商事まで事情聴取に来た警察官の不気味な文言だ。

「(あれは……このことをいっていたのか)」

 どこか腑に落ちるものを感じた骨皮係長は、興味深く加藤の言葉に耳を傾けていた。

「怪談は知られたがっている。そして幽霊は知られたがっている。ゆえに怪談は人の耳に残る。人の魂に強く共鳴するようなっている」

「(霊は知られたがっている……つまり、連中は霊の正体を追っているというのか?)」

 骨河係長はあらためて訊ねる。

「怪談とは戒めの風習だ。物部はいっていた。それじゃあ矛盾するじゃないか?」

「いい質問だ。グッジョブだ。しかし、ダブルスタンダードなんだよ。力なきものを遠ざけ、力あるものに助けを請う。そういうものだ」

「?」

 二人は話のネタがなくなり手持ち無沙汰になって沈黙する。少し考え込んで骨河係長は突然クスクスと笑い出した。

「ふふ。しかし、よくよく考えてみると、面白い話だな……」

「?」

「いや、なに……幽霊が助けを求めてる、か……まるで幽霊にも意思があるかのようだ。もし一人の人間として自我を保ちこの有様を眺めていたのなら、彼らは一体何を思い、我々に何を訴えかけているのか。純粋に興味深いと思ったのだ」

 すると、加藤はしばらく頓狂な顔をしていたが、すぐに顔を引き締めて強い口調でいう。

「いいぞ! そのワクワク感こそ、霊の力を跳ね返す原動力になる! 好奇心と探究心こそが我々テレビマンの武器だ!」

「?」

「そもそもなぜ、テレビ? 疑問に思わなかったか?」

 加藤は続けていう。

「我々はあくまでも局の雇われ人だが逆にテレビという構造を利用してもいる」

「どういうことなのだ?」

「例えば……ホラー映画を想像してみてくれ。ひとりで見る。怖いな? 彼女や友達と二人で見ると、少し怖さが薄れる。そうだろ?」

「あ……ああ、まあな」

「むしろ、怖さを通り越して。ちょっとワクワクするだろ?」

「それは知らんが」

「恐怖とは霊のもたらす力の産物だ。それが薄れるとはすなわち影響を受ける量が減るという事。”観測する人間同士で負担を分かちあう”と考えてもらうとわかりやすい」

「それがなんなのだ?」

「その上でテレビというメディアは都合がいい。幽霊の"恐るべき力を受け流し視聴者に少しずつ肩代わりしてもらうツール"が我々にとってはテレビカメラだったのだ!」

「そういうことか……」

「例えばあらゆる霊能力者も、幽霊の力をいなすことが一番難しいという。霊障とは、それに失敗し被る、霊能力者における手痛いしっぺ返しなのだ」

「な……なるほど」

「霊場とは読んで字の如く幽霊のテリトリー。ひとり肝試しで気が狂いそうになるように、霊場では幽霊の力によってそれ以上の恐怖をもろに受ける。実際に人は発狂する。そうして死人が出る。怪談になってしまう。しかし、カメラがあれば突入可能だ」

「(テレビは除霊行為における盾みたいなもんってことか。敵のテリトリーに踏み込まないと除霊ができないんだ……それにしても、じゃあ彼らでいう”剣”にあたるものはなんだ? どうやって彼らは霊を祓う? 私はまだ、一番重要なことを何も知らされていないのだ……)」

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