1-7 怪談『青人形』


 結局、骨河係長は部長に泣きついて、村山警部に同行させてもらった。先ほどの喫茶店に戻ってくる。佐藤巡査もいて席についていた。骨河係長はふと思った。

「(これで、いよいよ後には引き返せないな……)」

 佐藤巡査は骨河係長を睨みつけて奇妙な沈黙を保っている。刑事は料理を注文すると申し訳なさそうに話し出した。

「すみませんねぇ、骨河さん。営業妨害ってやつですね、これ」

「いえ……」

 重苦しい空気だった。村山警部は構わず続けて言う。

「郷に入らば郷に従えというでしょう? 私もね……ある意味”よそ者”ってやつなんですよ、骨河さん?」

 村山警部はあえてよそ者という言葉を強調する。警部は佐藤巡査にも目配せしていう。

「だから、この忌々諱町の暗黙の了解なんてのもこれっぽっちも知らないし、興味もない。このまま都市化計画が進んでいけばいずれそんな文化も廃れていずれなくなってしまうと考えていますよ」

「……」

「そんなことはない」

 沈黙していた佐藤巡査が口を挟む。村山警部は笑って続ける。

「怒らないでくださいよ……なにもあんたがたのアイデンティティを否定しているわけじゃないんだよ」

 村山警部は不気味に目を見開いて、ニヤニヤ顔で骨河係長をじっと見つめてくる。

「ただね、骨河さん、この一件とあなたになんらかの因果関係があるとすれば、確かにあなたも悪い。しかし、その四割くらいはこの土地の穢れにも起因していると思うんですよ」

「穢れ……ですと?」

「いやなに、私も深くは知らないんですがね……この土地の人間と生活を共にするということは、ある意味では知らなければならないこともあると、肝に銘じておいて欲しいんだ」

さらに村山警部は、これが前置き――――と、言葉を続ける。

「こんな怪談を知っていますか? 骨河さん?」

 村山警部の軽薄な笑顔が突然神妙な顔つきになった。場の空気は一転して邪悪で不穏なものになった。朝日の差し込むレストランでの一幕とはとても思えないものだ。気味の悪いオーラのようなものが三人を取り囲むようだった。

何の因果か知りませんが、……このあたりは人形の出てくる怪談がやたらに多い。私も仕事柄その筋では情報通。今回させていただく怪談はこの町で一番有名な人形師の怪談。


今でこそ幽霊トンネル呼ばわりさてる町の西端の"赤坂トンネル"。昔はそこに村がありました。赤坂村という村です。辺鄙な村ですよ。人形師とは村で唯一の有名人。仮にAとしましょう。腕利きの人形師のAさんにはB君という子供がいました。問題はB君のことなんですよ。


実は当時からB君には悪いうわさが出回っていて、たとえばAさんは結婚していなかった。Aさんいわく親戚から貰い受けたとかなんとか……、しかしB君は白痴の子だったらしいです。昔の日本というのは今より世間体の社会。家族に白痴の子がいれば今以上に偏見の対象になる。確かに身寄りのないAさんに託すのも頷ける話でしょうか。


そんなB君。ある日、村の子供とかくれんぼをして遊んでいるとき。

鬼の子が気づいたそうです。隠れているB君に近づいたとき何かをぼそぼそとつぶやいていると。

「……?」

恐る恐る近づいて耳をそばだててみる。聞こえてきたそうですよ。B君の呟きが。

「○○くんは……あと一年……○○ちゃんは……あと三年」なんてね。

鬼の子はぞっとしました。なぜって、B君のつぶやきの中に寿命という言葉を聞き取ることができました。そればかりか何がどうして、なぜ寿命が来てしまうのかも説明します。決してB君の創作とは思えないリアルなものでした。

ただでさえ数字も理解できない白痴の子が預言者まがいのことをしているんですから、恐ろしくないわけがありません。鬼の子はB君に話しかけます。


その瞬間。「うわああああああ」と、絶叫したそうです。

B君の顔が人形に見えたそうですよ。

まるで表情の感じられない当面に白目のない真っ黒な瞳がぎょろりと男の子をにらみつけました。鬼の子は蛇に睨まれたカエル。そのまま気絶してしまったそうです。狭い村のこと、彼の話が広まるにはそう時間のかかることじゃありません。子供たちは気味悪がって次第にB君に近づかなくなりました。それはB君のほうも同じでした。一件は収束したように思われました。


ところがある日のこと。仮にC君としましょうか。

彼の家にB君が訪ねてきました。大雨の日。ずぶぬれになりながら彼の家へ押しかけてきたんですよ。C君はギョッとして目を見張りました。

「助けてくれ!」と、B君はいったそうです。ただ事ではない様子です。

「このままじゃ殺される、殺されるんだよ」と。

B君は泣きじゃくっていました。しかし涙か、雨粒か判別できません。C君は圧倒されてB君の訴えに聞き入っていました。

「あの家は普通じゃないっ! このままじゃあ人形にされてしまうんだっ」

C君は何を言っているのか意味がわかりませんでした。彼にとって死ぬことと人形にされることは同義なのか。人形にされるとはいったいなに?


それ以前に村に蔓延する話の中で普通じゃないのはB君です。

落ち着いて話すよう促しても、白痴の子。どうにも話が見えてこない。かろうじて聞き取れるのはやはり「人形にされる」という不気味な悲鳴にも似た訴えだけでした。

困り果てたC君ですが両親に相談してB君を泊めてあげることにしました。せめてAさんに事情を説明しに行こう、そうC君の父親が言いました。ところがB君がそれを引き止めます。「明日改めて報告しに行けばいい」平和な村のこと。話はそれで手打ちになりました。


しかし、異変が起きました。

翌日B君の姿がどこにもないのです。「おかしい……」昨晩はB君があまりにも駄々をこねるものだから、寝室の扉にも内側から鍵をかけました。自分から開錠しない限り出て行くことはありません。事情が変わったのでしょうか?


B君の捜索がはじまりました。ところがB君は見つかりませんでした。


その直後のことです。Aさんが現れて、B君が死んだと息巻いたのです。Aさんは昨晩B君が消えてずっと行方を捜していました。今朝ぱったりといえのどまで血だらけになって死んでいるのを見つけたというんです。しかし妙なことにAさんはB君のことについてそれ以上話そうとしません。


納得しないC君一家とAさんとで言い争いになりました。ですがC君一家も村のほかの誰もがAさんを問い詰めるような真似はできませんでした。なぜならAさんはまともではありません。紙は真っ白に変色し、顔は赤黒く高潮し、目は黄色くぎらついていました。まさに鬼のような姿だったのです。

「お前らか……お前らがBのことを殺したのかっ!」

Aさんは子供たちに向かって怒鳴り散らします。Aさんは大人たちが取り押さえるとようやく静かになりました。


その後のことは……実はよく知られていません。Aさんがどうなったのか、赤坂村の人々がどうなったのか……まるでわかりません。ただ、数年後に赤坂トンネルを作るため役人が村へ向かったそうです。絶句したそうですよ。


数年前まで確かに活気があった村が、廃村になっていたそうなんです。

そして例の人形師の住んでいた家も見つけたそうです。

家屋の中には、今で言うマネキンのような人形が何体もぶら下がっていたそうです。よく見るとどれにも人の名前が彫られていました。気味の悪い人形がゆらゆらゆれているというんです。さらに部屋の奥にはおぞましい人形が一体あったといいます。

彼曰く死体と見間違えたそうです。

部屋全体が赤黒い染みで染まっていました。人形は何かに満足したようににんまりと不気味に表情を歪めています。体はツギハギのサルの皮で縫われたものだったそうです。


そして彼は、かつての人形師のAさんとB君の話を知り、ひとつの考察を立てたそうです。結局人形師は生きた人間を作ろうとしたんじゃないだろうか? ってね。


村は壊されトンネルは建設されました。

人形は消えたそうですよ。そして今現在も行方知らずだそうです。


話はこれで終わりです。

しかし私自身どうにも腑に落ちないと毎回感じるんですよ。この話をするとね。はたして怪談と言えるのだろうか?

私が思うに怪談とは聞き手も話してもすべてが理解できて初めて怪談としての体を成すと思うんです。しかし、この話には判然としない箇所が多すぎる。にもかかわらず、私はこの怪談を何十回、何百回と話すたびに底知れぬ得体の知れない恐怖を拭えないばかりか、いっそう強まっていくんです。そのときに思ったんですよ。ああ、これこそがこの怪談の存在意義なんだと、判然としない部分こそがこの怪談の恐怖の正体なんだとね。



きっとこの話の真相がわかってしまった時、その誰かはこの怪談に呪われてしまうんじゃないかと思うんですよ。だからこそ、この話は忌々諱町に伝わる一種の禁忌なんだとね……


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