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 翌日。今朝の娘は昨晩とは変わって上機嫌だった。

 骨河係長は朝食の最中に帰宅が遅くなった弁明も兼ねて、昨日の出来事細かく包み隠さずに話して伝えた。すると、どうやら人形屋敷の話は忌々諱町では有名な怪談らしいことがわかる。しかも、娘は頓狂な顔をしていう。

「それって……今晩ゴーストでやる怪談?」

「ゴースト?」

 骨河係長が引っかかると、娘は「ゴーストパパラッチ」といって、骨河係長を睨みつける。彼はたじたじになってしゅんとして縮こまる。それから娘は続けていう。

「それで? パパはその人形に取り付かれたっていうの?」

 娘は半笑いだった。骨河係長は完全にからかわれてると思った。

「ウソじゃないぞ。本当のことだ」

 骨河係長は必至の形相で息巻く。ところが、むしろ逆効果だったようで娘は笑い出した。

「くすくす、パパって心霊云々なんて不謹慎だ! とかいっておいて結局幽霊信じてるんじゃん」

 骨河係長はかっとなって言い返す。

「それとこれとは話が別だろうっ」

「同じことでしょ? だって信じてなかったら怖がる必要ないじゃん?」

「……」

 骨河係長は昨日のことを思い出していた。あの飲みの席でのことだ。

『係長ダサーイ』『かっこわるーい』

 デジャヴを感じた係長は、これ以上グズグズと言い訳するともっと立場が悪くなると思った。

「気分が悪い……」

「何? もう出て行くの?」

 骨河係長は朝食もそこそこに彼女を無視して出勤する。娘が背後から呼び止めた。

「ねぇ、でももしその話が本当だとしたらさ、相談したほうがいいよ。忌々諱町には昔からその手の話を請け負ってくれる専門家がたくさんいるんだからさ。きっとまともに取り合ってくれるよ~」

「(専門家だと? 心霊に専門家なんているのかは甚だ疑問だが、もしそうならこの街全体がロクでもない場所ということだ!)」

 骨河係長は会社行きの市バスに乗り込んでから、ガクッと肩を落とした。

「まったく……なんてとんでもないところに赴任してきてしまったのだ」


 * * *


 普段よりも早くに出勤してきてしまった骨河係長。うんざりしたようにデスクにつく。

「はぁ……」

 時間を持て余した彼は、かばんから途中に購入した朝刊を取り出す。

 見出しには”山川事件決着か?被疑者有力候補に精神疾患の疑い、でたらめ供述に取調室は周章狼狽”と表記されていた。

「山川事件……」

 近頃巷を騒がせる奇妙な事件だった。

 被害者のHは巷で有名な山道で発見された。山道は巷で有名な心霊スポット。そもそも自殺者が多発する場所として界隈では有名であり、それが心霊体験や怪談を機に爆発的に知れ渡ることになる。おかげで事件現場に最初に駆けつけたのは、地元の三流心霊雑誌の記者たちだった。警察は山道での自殺者が表沙汰になることを恐れて、何とかして大衆に広まることを阻止しようと動いたが、かえって裏目に出てゴシップ誌で歪曲して面白おかしく伝えられてしまった。その中には驚くべき事実まで含まれていて騒動は泥沼化の一途をたどる。ある意味では山道に彷徨う報われない魂たちが引き起こした一種の祟りなのかもしれないと、骨河係長は皮肉な想像をしていた。

「まったく……だらしのない連中だな」

 記事を読もうとした瞬間、オフィスの扉が開く。部長だった。

「部長!」

「おはよう、骨河君」

 部長は心なしか憂鬱だった。彼は骨河係長に近づいてくるなりいう。

「丁度よかった、実は言いにくいことなんだがね……」

「へ?」

「渦巻君とは、もうこの先一緒に仕事をすることはなくなる」

「……」

 骨河係長は呆気に取られて、思わず頭が真っ白になってしまう。

「(それは、どういう意味なんだろう……?)」

 骨河係長は、意味を勘ぐる。

「(目ヶ一郎は……何か重大なミスを犯したのか、さもなくば、こんな辺境のど田舎部署から飛ばされる先など、このどこでも商事に他にあるはずがない。それ以外に考えられるのは……リストラか、確か目ヶ一郎には家族がいたはずだ……そうしたら、すごく気の毒だな……)」

 骨河係長がそんなことをぼおっと考えていたら、部長は気が変わったようにいう。

「とにかく……このことはあまり詮索せんでくれ……」

「……!」

 部長は不自然に汗をかいていた。骨河係長には、まるで焦っているかのようにも見えた。当然、骨河係長の方は納得できるはずもなかった。

「あの……」

「ん?」

「すみませんが、それだけじゃあなんとも気がすまないんですよ。ほら、彼は自分がナントカ部署にやってきてはじめての部下です。なんというか……ちょっと納得できないといいますか――――」

「ちょっといいですか?」

 と、第三者が二人の会話に割って入ってくる。骨河係長はギョッとして後ずさりする。男は黒いスーツ姿の壮年の男性。懐から何かを取り出す。警察手帳だった。

「改めて早朝に失礼。時間がなかったもので」

「ああ! いいんですよ。ええっと、骨河君こちら佐藤巡査、忌々諱町警察署に勤めてる刑事さんだ。今日は事情聴取にいらっしゃった」

「どうも……」

「!」

 骨河係長は、いよいよただ事ではないように思えた。

 なぜ警察がナントカ部署を訪ねてくる必要がある。消えた目ヶ一郎の件の以外に他には考えられなかった。部長は骨河係長に待ったをかけると、勝手にいそいそと二人でやり取りをはじめてしまう。

「それで渦巻さんの件ですが……(ヒソヒソ」

「ええ、わかっております、本当に……(ヒソヒソ」

「ええ、ええ、ちゃんと説明しますので……(ヒソヒソ」

「あああああっ、もうじれったい!」

「「!」」

 二人はギョッとして骨河係長に注目する。彼は部長に飛び掛った。

「部長! これはいったいぜんたいどういう事なんですか! 私に説明をっ!」

「ちょちょちょちょ! 骨河君落ち着きたまえよっ! ぐぐぐぐぐ、ぐるじい!」

「教えてくださいよ部長! 目ヶ一郎の奴に一体何があったのかをっ!」

「ちょっと、落ち着いてください骨河殿!?」

「ええい、もうわかったぞ! こっちが親切心から関わるなといってやってるのに……、ぐぬぬ、この、わからずやっ! 君もついてきたまえ! いいから! 君も一緒についてきたまえぇっ」

「……!」


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