第6話 溶暗
「来いよ」
レオの挑発に男達はひひ、と
一番後ろの一人は、短銃を見せびらかすようにくるくると回している。他の者も棒切れのような短刀――匕首を威嚇するように構えていた。どう考えても自分たちが優勢だと思っているのだろう。
比較的治安の良いジャポネスク・シティでは、公安局以外の人間は銃器を持てないという厳しい法律がある。だが、黒いシャツの胸元から見える肌に色鮮やかな奇妙な意匠を刻んでいる男達は、絶対に公安の人間ではない。
「いいんかね、お兄さん。俺たちはこの界隈じゃちょっとしたカオなんだよ。兄さんみたいな派手な奴がうろついて、しかも俺たちの仕事の邪魔をされちゃあちょっとばかり俺らが困る。ま、度胸だけは買ってやるがよ」
薄暗い大きな部屋の奥ではリーダー格と思しき男が相変わらず短銃を弄んでいる、彼はまるで世間話をするような調子でレオに笑いかけた。
「いくら兄さんのガタイがでかいからと言って、こいつを食らえば当たり所によっちゃあ、二度とお日様が拝めねぇよ。悪いこた言わねぇ、その男前面にひびが入らねぇ内に、この辺りから……いいや、この街から――」
男はそこで少し言葉を切った。
「――失せな?」
「俺は何も拝んだりしねぇ」
腹の底からどうでもよさそうにレオは言った。
彼は濃いグラスをかけて、全身に黒いレザーを纏っている。なりは|厳(いか)ついが、武器らしいものは持っていない。なのに丸腰を気にかけようともしない気だるそうな様子に、背後の男たちが突然いきり立った。
「てめぇっ! ゴーヘイの兄貴がこれだけ筋を通して下さってんのが分からねぇのかよ!」
「余裕ぶっこいてると痛い目会うぜぇ! 優しく言ってやっている内が花だってんだっ!」
「その面に碁盤の目を刻んでやろうかぁっ!」
「……ゴバンた何だ? いいからさっさと来いよ、もうめんどくせんだよ」
レオの投げやりな態度は男たちには挑発としか思えない。
「なんだとこら」
「兄貴! こいつもうヤっちまいましょうぜ」
「ああ……わかったよ……兄さん、舎弟たちもこう言ってる。度胸だけは買ってやるが、所詮は長生きできねぇ運命だってあきらめな」
ゴーヘイは手下たちを振り返った。それが合図――
「らぁっ!」
ゴロツキにしては珍しい統制力で、レオの周りを取り囲んだ男たちが一斉に飛びかかる。手に手に物騒な得物を振りかざしながら。
「――な……な……」
急所を突かれてうめき声も上げられない彼らが、レオを中心とした放射状に転がったのはその僅か数十秒後であった。
ゴーヘイは全身を震わせながら、息ひとつ乱さずに佇立する大きな影を見つめた。彼らは知る由もないが、その立ち姿は旧世界の古代と呼ばれる時代の彫刻のようだ。
「もう容赦しねぇ、死ねぇ!」
言い終わらないうちに、乾いた音が響いた。
短銃が発射されたのだ。
だが、弾道上に男の姿はなく、むなしく土壁にめり込んだ弾が薄い埃を撒いて――
「ぎゃっ!」
突然下方から伸びた長い脚が男の腕を蹴り上げる。手から飛んだ武器が金属音を散らしながら、床の上を滑って行った。
「へたくそだな。バレバレだぜ」
レオはブリッジの姿勢から腕の力だけでぐいと立ち上がった。同時にグラスが外され、その顔貌が明らかになる。薄闇に浮かび上がる金色の目に真上から見下ろされてゴーヘイが引き攣った。野人の瞳が闇で光る事は、その筋の人間には有名な話だ。
「ひ! て……てめぇ……まさか……や、野人……?」
レオは応えない。
ただ僅かにその美しい目を半開きにして興味なさそうにゴーヘイを見ただけだった。
野人。
人間の亜種である彼らは、優れたハンターだという。だが、彼らの多くは大都市の雑踏の中にその身を置き、人間たちの間に潜んで暮らしている。
ジャポネスク・シティは、街としては中規模以下のこじんまりとした都市国家である。無論、この世界の国家である以上、多種多様な人々が暮らしてはいるが、この世界では数の少ないジャポネーゼと言われる人たちがまとまって暮らす、少し特殊な街でもある。一般市民の武器の携行は厳しく制限されており、その結果、治安も他の大都市に比べると良好だ。
だから、凶悪事件を専門とする野人のハンターたちの仕事はこの街にはほとんど無いはずなのだ。
「野人が何でこの街に……」
「仕事。どっかのエライ人から最近、お前らのような奴らが増えてきたからって掃除を頼まれた」
レオはあっさり言った。
「俺は鼻が利くからな。銃や麻薬の匂いに敏感なんだよ」
言い終わらないうちに、大きな拳が飛んできて、ゴーヘイは宙を飛び、自分が放った弾丸が作った模様の上に激突した。ごきりと言う嫌な音がしたのはどこかの骨が折れたせいだろう。
気を失った彼に一瞥も与えず、レオは上着の中から端末を取り出した。
「終わった。どうせどっかで見てただろう? ……報酬? 報酬は……ああ、それでいい」
レオはどうでもいいように言い捨てて通話を切った。
さっきまでの冷徹さはすっかり影をひそめ、彼は男たちが倒れ伏している足下に目もくれず、背中を丸めてとぼとぼと立ち去る。
その姿は無防備で、今なら小さなナイフ一本で彼を仕留められたかもしれなかった。倒れ伏している彼らが起き上がれたならば。だが無論誰も意識を回復せず、したがってレオが子どものように鼻を啜り上げた事も気付かぬままだった。
「金……か。金なんかもらってもムツミはちっとも喜びやしねぇ……けど、他に俺が稼げるものなんてないんだ。畜生! 何を贈ればムツミを喜ばせてやれるんだろう俺の馬鹿」
そうしてレオは、今日も日の元に出てゆく。
彼にとって、唯一無二の存在に会いに行かねばならないのだ。
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