第44話 話の続き
その日、俺はぼんやりと帰っていた。
すでに留奈から告白を受けて、それを了承してから数日……俺と留奈は付き合っている。
付き合ってはいるのだが……いかんせん、どうも実感がなかった。
毎日、留奈と俺は一緒に登校しているのだが、それまでとどうにも変わらないような気がする。
なにか、こう……俺は留奈に対して一線を超えられていないというか……まだ、友達の関係から一歩進めていないようなそんなはがゆい気分だった。
本来ならいつもは帰りも留奈と一緒なのだが、今日は留奈が用事があるらしく、先の電車で帰ってくれとのことだったので、留奈とは会わない。
なんというか……今の俺にとって電車の中は酷く広く感じてしまった。
留奈の告白を受けるまでは一人で帰っていたというのに、人間の慣れというのは恐ろしいものである。
ふと、以前やっていたように本を読もうかと思ったが、持っていなかった。
そういえば、俺が読んでいたあの本……結局、結末はどうなったのだろう。今になって急に気になってきた。
双子の女神と、主人公の選択……
「……双子の女神、か」
自分でも少し恥ずかしかったが思わずつぶやいてしまった。いや、仮に俺が主人公だとすれば、すでに選択はしている。でも……果たしてそれは、俺自身が能動的に選択しているのだろうか。
自分の気持ちを……強い気持ちを、彼女に伝えるべきではないのか、そんなことを俺は考えていた。
と、電車が停車した。見ると、そこは……里奈がいつも乗ってくる駅であった。
「え」
そう思っていた矢先、まさしく、開いた電車に、一人の少女が乗り込んでくる。
「お。昭彦。久しぶり」
まるで何事もなかったかのように、里奈は俺を見つけると笑顔でそう言った。俺としてはむしろ、めちゃくちゃ気不味いと感じてしまった。
俺が困惑しているのも気にせずに、里奈はそのまま空いていた俺の隣の席に座る。
「あ……あぁ。久しぶり」
「いやぁ。最近全然会わないけど、相変わらずだね。どう? 留奈ちゃんとは」
留奈ちゃんとはどう、って……聞かれても、どう答えればいいのか俺にはわからなかった。
「あ……ま、まぁ……かな」
「は? まぁまぁ? ちょっと……それ、マジで言ってるの?」
少し怒ったような調子で里奈は俺のことを見る。
「え……ど、どういうこと?」
「あのねぇ……昭彦。わかってると思うけど、昭彦は、私じゃなくて、留奈ちゃんを選んだんだよ? 私を選ばずに、留奈ちゃんを選んだの。わかる?」
強調するように何度もそういう里奈。俺は小さくうなずくしかできなかった。
「それってさぁ、留奈ちゃんの事が、私より好きだったってことでしょ? つまり、昭彦は留奈ちゃんの事をかなり好きなんだよ」
「え……ま、まぁ……それは……」
「違うの?」
「ち、違わないけどさ……」
流石にそこまで言われるとちょっと恥ずかしかった。だが、里奈は本気のようだった。
「だったら、その気持ち、ちゃんと留奈ちゃんに伝えたの?」
そう言われて俺はハッとする。そうだ……やはり、俺は伝えてないのだ。だから、こんなもやもやとした気分なのだ。
なんということだ……こんなことを、俺が選択しなかった里奈から言われるなんて……
「……伝えてない」
「……まぁ、そうだろうと思った」
里奈はそう言うと呆れたように少し微笑んだ。そして、なぜかカバンから何かを取り出す。それは……一冊の文庫本だった。
「え……それって……」
それは、まさしく俺がなくした双子の女神と主人公の選択の小説だった。
「……え? 昭彦。この小説知っているの?」
里奈は目を丸くして俺のことを見る。
「え……あ、うん……結構前に電車で失くして……」
「あ……それじゃあ、これ、昭彦のかな? 前に電車に落ちててさ。いやぁ~、あんまり小説とか読まないけど、これ面白かったよ」
そう言うと里奈は俺に文庫本を返す。
「……もしかして、双子の女神で、私達のこと思い出した?」
そう言われて少し恥ずかしかったので、俺は思わず顔をそらしてしまう。
「ふふっ。わかりやすいなぁ、昭彦は」
「……悪かったね」
「ううん。でも、実際、私達にそっくりだったよ。その双子」
と、そう言うと里奈はいきなり立ち上がった。アナウンスですでに次の駅が終点だということがわかる。
「昭彦。それ、最後まで読んでないんでしょ?」
「え……ま、まぁ……」
「だったら、最後まで読んでみなよ。そうしたら、たぶん、留奈ちゃんにどうしてあげたらいいのか、わかると思うよ」
電車が止まる。そう言って笑いながら、里奈は開いたドアへと向かっていってしまう。慌てて俺もそのままドアに向い、同時にホームに降りた。
「じゃ、私は帰るから。昭彦はもちろん、帰らないよね?」
「え……」
「だって、待つでしょ? 留奈ちゃんのこと」
当然だというように、里奈はそう言う。俺は少し困ったが、すぐに苦笑いしながら小さく頷いた。
「ああ。じゃあ、ここでさよならだ、里奈」
「うん。またね」
里奈はそう言って振り返らずにそのまま行った。きっと里奈は言いたいことはたくさんあった気がする。でも、俺はそれを聞かないし、聞く権利もない。
「……じゃあ、続きを読むか」
俺は待合のベンチに座って、久しぶりに手元に戻ってきた本を読み始めたのだった。
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