第40話 思い違い
「おー。初めて来たね」
里奈はホームに降りるなり、周囲を物珍しそうに見回していた。
俺もこの駅に来るのは初めてだったので、たしかに初めての景色だった。随分と長い時間電車に乗っていた。すでに時間は放課後の時間である。
どことなく、俺の最寄り駅と似ている景色だが、それ以上に閑散としているように見える。
「とりあえず、降りようか」
「え……あ、うん」
里奈に言われるままに乗越料金を払って、ホームの外へ出る。見たことのない町、見たことのない景色、かといって、それで気分が盛り上がるとかそういうことはなかった。
「あ。公園がある」
駅から少し歩いた場所に公園があった。里奈は公園の方に近づいていく。遊具もなく、端っこにベンチが申し訳程度に設定されている程度で、公園というよりは小さな広場、といったほうが正しいような場所だった。
「ここで、話そうか」
「え……ここで?」
里奈は俺の質問には答えずにそのままベンチに向かっていく。そして、そのまま腰をおろした。仕方なく俺も同様に里奈の座っているベンチに腰を下ろす。
「で、気持ちは決まった?」
唐突に里奈は俺にそう聞いてきた。もちろん、そんな簡単に気持ちが決まっているわけがない。
「……いや、まだだ」
俺は正直にそう言った。里奈は困ったような顔で俺のことを見る。
「そっか……ま、そうだろうと思ったけど」
里奈がそう言ったきり、俺も里奈も喋らなくなってしまった。無言のままに時間が過ぎていく。こんな時間に制服姿の男女がベンチに座っていたら怪しまれると思うのだが
「正直、私はどっちでもいいかなぁ」
と、先にそう言ってきたのは、里奈の方だった。
「え……どっちでもいいっていうのは……」
「昭彦が私を選んでも、留奈ちゃんを選んでも、どっちでも良いって意味」
至極当たり前のように里奈はそう言った。そう言われてしまって俺は思わず戸惑ってしまう。
「……里奈は、俺のことが好きなのか?」
自分でも驚く程に、その質問は俺の口から飛び出した。里奈はしばらく俺のことを見ていたが、優しく俺に微笑む。
「うん。好きだよ。でも、それがどれくらいの好きかは、わからない」
「どれくらいの好き、って……」
「ライクなのか、ラブなのか……もしくはその両方なのか。私にはわからないってこと。昭彦の方こそ、わかってるわけ?」
そう言われると俺だって返答できなかった。
「ただ……留奈ちゃんは、昭彦に対して、ラブだってことはわかるかなぁ」
遠くを見つめるようにして里奈はそう言う。俺にしても、それは……理解できることだった。
「……というか、昭彦自身もうわかっているんじゃないの?」
「え……いや、だから、俺はわからないって……」
「じゃあ、この場で私とキスできる?」
里奈はいきなりそう言ってきた。俺は思わず言葉に詰まる。しばらく里奈は俺のことを見ていた。
「……ごめん」
それから、小さい声で俺はそう言った。里奈は俺のことを見つめていたあとで、小さくため息をつく。
「……いやぁ、負けだね。完全に」
「え……負けって……」
「……前にも話したけど、私と留奈ちゃんは、双子なのに違う方向に向かってた。正直、私の中では、私が正しくて、留奈ちゃんがどんどん不真面目な方に堕落していっているんだろうな、って思ってたんだ」
正しさ、堕落……俺の中でその言葉が妙に強く聞こえた。
「実際、留奈ちゃんは学校でもあんまりうまく行っていないみたいだった。でも、私にはバレー部の仲間がいる……私のほうが正しいと思ってたんだ。でも……昭彦は違った」
「え……俺?」
「うん。だって、昭彦。私達に対して変わらず接してきたじゃない。それこそ、小学校の時と同じように」
そう言って急に里奈は立ち上がる。大きく伸びをしてから、俺の方に顔を向ける。
「だから、とても勉強になったよ。私が考えていたことがただの勘違いで、留奈ちゃんが堕落しているなんてこと、私の思い違いだったんだ。留奈ちゃんは変わらず瑠奈ちゃんだったんだ、って……」
里奈はなぜか少し目を潤ませていた。それは単純に俺との関係だけでなく、留奈との関係の影響もあることは理解できた。
「だから、ホントに、ありがとね」
「里奈、俺は――」
「あー! ストップ!」
と、急に里奈は俺の前に手を出して、しゃべるのを制止する。
「こんなところで大事なこと……昭彦の気持ちを言わないで」
「え……じゃあ、電車とか、いつもの駅とか……?」
「うん。私と留奈ちゃん、昭彦が偶然にも出会ったのは電車の中なんだから」
そう言って里奈はニッコリと微笑んだ。俺は情けないとは思いながら、言われたとおりに小さく頷いた。
「よろしい。では、明日。昭彦の気持ちを私達のどちらかにはっきり言って」
「え……どちらか?」
「そう。明日はきっと、どちらかが、いつもの駅のホームで待ってると思うから」
そう言って里奈はそのまま公園から出ていこうとする。
「それと! 今日は一緒に帰るの気不味いから、一本跡の電車で帰ってね!」
それだけ言って、里奈は去っていってしまった。俺はベンチに座ったままで少し考え込む。しばらく経って、オレンジ色の光が差し込んできた頃、俺は立ち上がる。
「……明日、か」
俺は自分に言い聞かせるようにそうつぶやきながら立ち上がると、駅の方へと向かって歩き出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます