第39話 迫る選択

 そして、俺と里奈は電車に乗っていた。


 すでに里奈が降りるべき駅はとっくに過ぎている。里奈が電車を降りなかったのを見て、本気で休もうとしているということを俺は理解した。


 そして、俺が降りなければいけない駅にも、あと少しで着いてしまう。


「で、どうするの? 昭彦は」


 里奈は唐突に俺にそう聞いてきた。俺はそう聞かれてもすぐには答えられなかった。


 俺が答えないのはわかっていたのか、里奈は小さくため息をつく。


「答えないのが一番だめだと思うけど」


 そんなことは俺だってわかっている。だけど……答えられないのである。もちろん、答えなければいけないということもわかっている。


 だけど、俺がそれをやっていいのか……それがどうしても最後にわからないのだ。


 俺は電車の外を見る。次の駅は俺が降りなければいけない駅だ。ここは強行突破してでも、里奈を置いて一人で降りてしまうのが得策なのではないか……そんなズルい考えが俺の頭の中に浮かんでくる。


「昭彦」


 と、里奈が俺の名前を呼んだ。俺は思わず里奈を見てしまう。


 鋭い目つきで里奈は俺のことを見ている。その視線はそれこそ「逃げるな」と俺に言っているかのような目つきだった。


 次の駅に着く。電車の扉が開く。俺は……動かなかった。そして、電車の扉は無情にも、閉まってしまったのだった。


「……降りたりしないって」


 俺がそう言うと、里奈は満足そうに微笑んだ。それからしばらく俺と里奈は黙ったままで電車に乗っていた。


 正直、これから里奈が何をしようとしているのかわからなかった。


 里奈にしたって、俺に対して告白のようなことをしてきたのだ。それに対して俺は答えていない。それならば、里奈はこれから俺に何を話させようとしているのだろう。


 まさか、これから俺に対して夏祭りのときの都築のように「選択」の続きを迫ろうとしているのだろうか。だとすると、俺はまったく準備ができていないのだが……


 それからも里奈はずっと黙ったままだった。俺も何を話しかけたら良いのかわからず、しゃべることができなかった。


 このままだと、俺の最寄りの駅の反対方向の終点にまで着いてしまう……俺がそう思ったときだった。


「とりあえず、終点まで行ってみようか」


 里奈がそう言ったことで、どこへ行こうとしているのかようやくわかった。


「……なんで?」


 問題はそこではなかった。なぜ終点まで行こうとしているのか、そこに何があるのか、俺にはまるで理解できなかった。


 俺が問いかけても里奈は微笑むだけだった。かといって、すでに学校に戻っても大遅刻である。そもそも、学校に行こうという気分ではない。なので、俺はそれ以上里奈には深く聞かないでおくことにした。


「……フフッ」


 と、急に里奈は笑い出した。俺は益々混乱してしまう。


「え……どうしたの?」


「いや……こういうふうに電車にずっと乗っていると、小学生の頃の遠足を思い出さない?」


 嬉しそうにそういう里奈。共感はなんとなくできるが……今はそういう懐かしさにも浸ることはできなかった。


「……ああ。そうかもな」


「小学生の頃はさ、どこに行くか、何をするか決めなくても、楽しかったよね。そんなの行ってみてから、やってみてから考えればいいんだ、って。でも、今はもう違う」


 と、先程まで笑顔だった里奈は急に真剣な様子になって話を続けている。


「自分が誰かにどういう感じで接するのか、どういう感じで付き合っていくのか、そういうのも全部考えなくちゃいけない……面倒だね」


「……里奈」


「だから、わかるよ。昭彦の気持ち。いきなり、留奈ちゃんに好きって言われても困るもんね」


 そういう里奈の、留奈とそっくりな顔を見ていると、益々俺は自分が情けなくなってくる。


「里奈、俺は――」


「だけど、昭彦は決めなくちゃいけない。これからどうするか」


 そう言って里奈は俺の方を見て、ニッコリと微笑む。


「だって、私達、もう小学生じゃないでしょ?」


 笑顔でそういう里奈の言葉には、重みがあった。それと同時に電車の中ではついに俺の最寄り駅とは反対方向の終点にたどり着くアナウンスが流れたのだった。

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