第38話 逃避行

 その日は朝からなんだか気だるかった。


 俺の頭の中にあるのは……留奈のことだった。


 俺は結局、留奈の告白に答えることができなかった。それどころか、最低の対応で留奈を失望させてしまったのだ。


 俺は一体どのように返事すれば良かったのだろう。留奈のことを好きだと言えばよかったのだろうか。


 でも、それは俺の確かな気持ちなのだろうか。本当に俺は留奈に好きだと返事していいのか……そんなことを今でも俺は考えている。


 あれから留奈には会っていない。会えばきっと、今度こそ返事をしなければならないだろう。俺にはその準備ができていない……だから、会いたくないのだ。


 かといってこのままでいいのかという、間違いなくダメな気がする。だが、この状況をどのように打破すればいいのかは、俺には――


「あれ? 昭彦?」


 と、俺は声のした方に顔を向ける。見覚えのある顔、そして、声。


「る、留奈……」


「へ? あはは。違うって。ほら、私」


 そう言って彼女は髪の毛を指す。見ると、その髪の色は黒だった。


「あ……里奈」


「どうしたの? すごく怯えちゃってたけど……なんか、留奈ちゃんとの間に何かあった?」


 そう言われても俺は何も言えなかった。留奈から告白されているのに、それに対して返事ができていないなど、里奈に話すことじゃない。


「……いや、なんでもないよ」


「あはは。嘘が下手だねぇ、昭彦は」


 里奈は笑いながらそう言った。俺自身、どう見ても何かあるようにしか見えないし、実際、嘘が下手なのは事実なのだが。


「……悪いけど、里奈に話せる内容じゃない」


「留奈ちゃんから告白された……とか?」


 そう言われて思わず里奈の事を見てしまう。里奈はお見通しだと言わんばかりに得意げな顔をしている。


「……留奈から聞いたの?」


「ううん。ただ、様子からしてそうなんだろうなぁ、って思ったよ。留奈ちゃんも最近元気ないし」


「……俺のせいだ。俺の……」


 返事ができない、自分の気持ちがわからない自分自身が情けない……そう思っていても行動に移せないことがさらに情けなさを実感させる。


「っていうか、留奈ちゃんだけじゃなくて、昭彦。私にも返事してないんじゃない?」


「え……? あ……」


 言われてみると、里奈とは夏祭り以来だ。そして、神社の境内で言われたことも。


「……ごめん」


 そう言うと里奈は少し考え込んだ後で、小さく頷いた。


「よし。今日はズル休みしよう」


「え? な、何いってんの?」


 里奈がそう言うと同時に電車がホームに入ってくる。


「だから、今日はお休み。昭彦も付き合ってよ」


「え……いやいや。だ、大丈夫なの? 里奈、そういうの……」


「あはは。一日くらい平気だって。それより大事なこと、私、昭彦に確認したいから」


 そう言って俺と里奈は電車に乗り込んだ。俺はまたしても、難しい局面に突入してしまったようだった。

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