第34話 過ち

 俺はゆっくりとホームに降りる。見ると、ホームに確かに誰かが立っている。


 その人は浴衣を着ているのが、少し離れたここからでもわかる。電灯に照らされた顔からはそれが留奈であることがわかった。


 花火の模様のある紺色の浴衣と、明るい金髪がコントラストになっていて、正直、とても美しいと感じた。俺はそのまま留奈の方にゆっくりと近づいていく。


「あ……昭彦」


 留奈の方も俺に気づいたようで、気まずそうに視線を反らした後で俺の方を見る。


「……留奈も、夏祭りに?」


 俺がそういうと留奈は苦笑いしながら首を横にふる。


「ううん。行ってないよ。ここにいただけ」


「え……じゃあ、まさか……」


 俺がそう言うと留奈は少しいいにくそうな顔をしていたが、急に笑顔になって俺の方を見る。


「うん。昭彦のこと、待ってた」


 俺はその顔を見て、何か胸に衝撃が走った。留奈がずっとここで俺のことを待っていてくれた……そう考えると、なんだかとても……嬉しい気分になった。


「そ、そうか……な、なんか……ごめん」


「なんで謝るの? 別に勝手に待ってただけだから」


 そう言うと留奈も俺の方に近づいていてくる。思わず俺は身構えてしまう。


 そして、そのまま留奈は……俺の右手を両手で掴んだ。


「え……な、何して……」


「……里奈ちゃんと、何かあった?」


 とても不安そうな表情で留奈はそう言う。俺は自身の頭部に血液が集まっていくのを理解した。


「い、いや……な、何も……」


「……ホントに?」


 留奈は俺のことをジッと見ている。俺もなんとか心を落ち着かせようとしながらも小さく頷いた。


 すると、留奈は少し安心したように笑顔になった。


「……そっか。よし」


 と、なぜか急に留奈は思いつめたような顔で俺のことを見る。俺はむしろ先程からギュッと留奈の両手に掴まれている右手に意識が行ってしまっていて、あまり集中できていなかった。


「ねぇ、昭彦」


 留奈は真剣な顔で俺のことを見てくる。俺はその真剣さに少し戸惑ってしまう。


「え……は、はい……」


「私と……付き合ってほしい」


 留奈ははっきりと、俺の耳に明確に聞こえるようにそう言ってきた。俺は何を言われたのかは理解できたが、それが本当に自分に向けて言われた言葉であったのかは確信できなかった。


「……え。その……付き合う、って……そういう?」


「うん。彼氏彼女の関係。ダメ?」


 留奈も少し恥ずかしそうだが、はっきりとそう言った。俺は完全に頭の中で情報の処理ができていなかった。そして、半ば混乱していた。


「え……その……な、なんというか……」


「なんというか?」


「い……今、答えないと、ダメかな?」


 自分でもめちゃくちゃ情けないと思ったが……その時はそう言うしかなかった。自分に対して、今、そんなことを言われると思わなかったし、それに対してどのように答えるべきかも理解していなかった。


 留奈は少しの間、俺のことを見ていた。そして、急になぜか笑いだした。


「え……どうしたの?」


「……ううん。なんでもない。やっぱりいいや」


「え……や、やっぱり、いいって……」


「うん。今言ったこと、あんまり気にしないで。さてと……そろそろ帰ろうかな」


 留奈はまるで何事もなかったかのように笑っている。俺は……自分でも、自分がとんでもない対応をしたことを今更ながらにひしひしと感じていた。


 と、留奈がそう言った時だった。俺の背後でドォンと大きな音がした。


「あ! 見て、昭彦!」


 留奈がそう言って夜空を指差す。見ると、いくつもの花火が打ち上げられていた。


「ここでも、花火見られるんだ。ラッキーだったね」


 花火に照らされて明るくなる彼女の横顔を見ながら、俺は、自分がしてしまった過ちに苛まれていたのだった。

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