第33話 祭りの後
「いやぁ……疲れたね」
その時、夏祭りの喧騒から少し離れた神社で、俺は境内の端にあすベンチに腰掛けてぼんやりと佇んでいた。
正直、人が多い場所というのは俺は苦手なのだ。だから、正直その時はかなり疲れてしまっていた。
「あ、昭彦、こんな所にいたの?」
と、程なくしてどこから俺がいるのを察したのか、浴衣姿の里奈がやってきた。俺は少し驚いてしまった。
「あ、あぁ……里奈」
「何? 疲れちゃった?」
そう言って自然に里奈は俺の隣に腰をおろした。俺は俄に緊張してしまった。
「……まぁ、そんな感じだな」
「なぁんだ。せっかくこんな可愛い女の子と一緒に夏祭りに来ているのに、もったいないなぁ」
里奈はニヤニヤしながら俺にそう言う。それにしても、いつもよりなんとなく距離が近い気がする。
それはいつも隣に座ってくるのはいつも通りなのだが、どうにも身体を近づけている気がするのである。
「えっと……里奈?」
「ん? どうしたの?」
「いや……その……夏樹は?」
俺は思わずそんなことを聞いてしまった。そう言うと里奈はただ優しく微笑むだけである。
「ん? いやぁ、どっか行っちゃったのかな? いつの間にかはぐれちゃった」
「え……それ、大丈夫なの?」
「まぁ、夏樹なら大丈夫でしょ。あの子しっかりしてるし」
そう言って里奈はジッと俺のことを見ている俺は思わず視線を反らしてしまう。
「あ。目、反らしたね」
里奈は不満そうにそう言う。俺はそれでも視線を反らしたままである。
「で、どうなの? 選択できた?」
直球で俺にそう聞いてくる里奈。俺は思わず黙ってしまう。
選択……つまり、俺は里奈か、留奈のどちらかを選べということなのだ。正直……俺は自分自身でもよくわかっていなかった。なんとなく心のどこかではわかっている気はするのだが、それを冷静に把握できていなかった。
「……わからない」
俺は正直な気持ちをそのまま里奈に言った。すると、里奈は小さくため息をつく。
「なにそれ~。つまんないなぁ。じゃあさ、ここで試してみればいいじゃん」
「え……試す?」
すると、里奈は俺の方に顔を向けて、その大きな目で俺を見つめてくる。
「ここでさ、キスしよ」
里奈はまるで軽く俺にそう言った。俺は一瞬意味がわからなかったが、すぐに里奈に何を言われたかがわかって慌てる。
「え……こ、ここで? っていうか、き、キスって……」
「そんなに驚くの? だって、したんでしょ? 留奈ちゃんとは」
そう言って里奈は俺にますます近づいてくる。今にもそのまま里奈の唇と自分の唇が重なってしまいそうなくらいの距離だった。
本当にしてしまっていいのか? 確かに留奈とはしたけれど、だからといって留奈としていいっていうのか?
そうこうしている間にも里奈はどんどん俺に近づいてくる。その顔を見ていると、俺の脳裏に浮かんだのは……駅のホームで俺にキスしてきた留奈の顔だった。
「里奈!」
と、そんな時に声が聞こえてきた。
「あれ。夏樹だ」
里奈は声のした方に顔を向ける。
「バレー部のみんなも来てるよ! こっち来て」
「……はぁ。そういえば来るって言ってたなぁ」
そう言ってから里奈は俺の方を見てニッコリと笑ってから、俺の耳元で囁く。
「このままここで待っててくれたら、続きしてあげるけど、どうする?」
思わず俺はそれを聞いて立ち上がってしまった。
「お、俺! ごめん! 帰る!」
思わずそう言ってそのまま俺は里奈の方を振り返らずに、足早でそのまま神社の境内を後にしてしまった。
「……あれで、良かったのかなぁ」
そして、現在。
帰りの電車で完全に疲れ切っていた。未だにすぐ近くにあった里奈の顔を思い出してしまう。それと同時にホームでの留奈の顔も。
「俺は……どうすれば――」
そんなことを考え込んでいる間に、いつのまにか終点だった。ふと、駅のホームを窓から眺める。
「……え?」
と、なぜかホームの上に人影が見える。それは間違いなく浴衣を着ている女の子でその顔には見覚えがある。
なぜなら、その子は――
「留奈?」
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