第32話 彼女の本気
そして、ついに里奈が言っていた夏祭りの日がやってきた。
期末テストが終わったと思って、ぼんやりとしていたら、その日はすぐにやってきてしまった。俺自身も心のどこかで考えなければいけないと考えていたのに拘わらず、その日はやってきてしまった。
しかも、里奈は前日に俺の家に電話してきているのだ。どうやら、小学校の頃の連絡網を頼りに電話してきたらしい。おかげで最初に出た母親にニヤニヤとした視線を見られることになってしまった。
とりあえず、俺は駅に向かっていた。里奈は駅で待ち合わせようとのことであった。俺は完全に私服で来てしまっているんだが……まぁ、男は浴衣とか来なくていいのだろう、と勝手に思い込むことにしている。
なんとなくだが、いつもより駅までの道が遠いような気がしながらも、俺は駅に辿り着いた。ホームを見渡したが……まだ、里奈らしき人物はいないようである。
それにしても、本当にこれで良かったんだろうか。俺の頭の中に残っているのは留奈のことである。
留奈はやはり無理をしているように見えた。そして、何かを言いたそうであった……そんな里奈に対して俺は何も言ってやることが出来なかった。果たして俺の「選択」はあれでよかったのか……未だに俺はそのことが気にかかっているのである。
「昭彦? どうしたの? 難しい顔して」
と、里奈の声が聞こえてきたので俺は顔をそちらに向ける。と、思わず言葉を失ってしまった。
白を貴重として朝顔の柄が入った涼しげな見た目の浴衣……それを来た里奈が俺の前に立っていた。
「なぁ~んだ。昭彦は浴衣じゃないのか。残念」
少し不満そうにそういう里奈。
「ご、ごめん……」
「あれ? なんか、顔紅いよ? もしかして、私の着物姿が綺麗すぎたのかな?」
嬉しそうにそう言いながら、着物を俺に見せつけるように動いてみせる里奈。
想像以上だった。正直、友達もいない俺にとって、女の子が浴衣を着てくるというイベントがあまりにも刺激が強すぎるのである。
「で? 似合う?」
と、里奈にそう聞かれる。俺は少し恥ずかしかったが……素直に答えることにした。
「あ、あぁ……いいと思う」
「ホント? よかった~!」
と、そういうと里奈はニヤリと笑った後で俺の耳元に口を近づける。
「留奈ちゃんには、昭彦と一緒に夏祭り行くって言ってきたから」
囁くようにそう言って俺のことを見る里奈。その里奈の言葉を聞いて、俺はそれまでの興奮が一時的に落ち着いた。
里奈は……本気だ。本気で俺に……自分のことを「選択」させる気だ。
無論、里奈はそれを意識的にしているわけではない。彼女は無意識に、それを行っているのだ。だから、俺はこれから気をつけて行動する必要がある。
「あ、電車来たよ」
俺がそんなことを考えていると、里奈が俺の手を掴んで電車の方へ引っ張っていく。
「さぁ、行こう!」
笑顔でそういう里奈。俺は……冷静に「選択」を出来るのか。
そんな頭の中で思い出すのは、双子の女神の小説のことである。
あの話……あの後どうなったんだ? 主人公は一体どちらの女神を選択したんだろう?
そんなことを考えながら俺と里奈は電車に乗り込んだのだった。
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