第31話 積極性

 俺は帰りの電車でとてもぼんやりとしていた。


 その原因はと言えば、昨日の里奈との会話が原因である。夏祭りって……しかも、里奈と夏樹と行かなければならなくなった。


 あまりにもそれが唐突すぎてどうにも俺には現実に思えないのである。そして、どうやってそれに対処すればいいのか……それさえもまるで考えられなかった。


 そんなことを考えながら電車に揺られていたのである。


 最近はあまり帰りの電車で落ち着いていられなくなっている気がする。それが悪いとかそういうことではなく、俺自身もこんなことになるとは思ってもみなかったという意味である。


 解決策は……考えてみれば簡単である。それは里奈の言う通り、俺が「選択」をすればそれで全て終わるのだ。


 しかし、俺は……どうすればいいのかわからない。選択って……それってつまり、俺が双子姉妹のうちのどちらかと……付き合うってことなのか?


 帰りの電車でたまたま会った小学校の頃の双子と付き合う……あまりにも非現的だ。ちょっと俺自身がからかわれてしまっているのかとも思ってしまう。


 だけど……からかうにしてはあまりにも大真面目すぎる。だから、これは真剣な行為、というわけだ。


 と、俺がそんなことを考えていると電車が止まり、扉が開く。いつのまにか、留奈が乗ってくる駅まで辿り着いていた。


 そして、その通りに、留奈が電車に乗ってきた。今日は一人のようである。しかし、留奈は俺のことを一瞬見るが、すぐに顔を反らしてしまい、そのまま俺の向かいの席に座った。


 ……なんだろう。今日は話しかけてこないのだろうか。俺は疑問に思いながらも、留奈に話しかけることができなかった。


 そして、電車が動き出す。俺は留奈の方をちらりと見る。留奈も俺の方を見ていたが、すぐに目をそらしてしまった。


 意味がわからないまま、電車は進んでいく。そして、終点に近づいてくるに連れて段々と人の数も減っていく。


 そして、次の駅が終点の駅で、俺は立ち上がり、留奈の方に近づいていった。


「留奈」


 目の前に立ったままで、俺が声をかけると、留奈は少し怯えたような目で俺のことを見る。


「あ、あぁ……昭彦。い、いたんだね……」


「……気づいてたでしょ。こっち見てたし」


 俺がそう言うと留奈は気まずそうに視線を反らす。


「……また、俺を避けたいの?」


「え……そ、そういうわけじゃ……ないけど」


「……里奈にさ、夏祭りに行かないかって誘われたんだけど」


 俺がそう言うと留奈は目を丸くして俺を見る。そして、悲しそうに顔を歪めた跡で、無理やり笑顔をつくる。


「よ……よかったじゃん……せ、青春だね。あはは」


「その……留奈は行かないの?」


 俺は思い切って聞いてみた。すると、留奈は少し驚いたような顔をしたあとで、首を横にふる。


「行かないって……そういうの、苦手だし」


「なぁ、留奈。その……俺はその……たぶん、このままだと……」


 自分でも俺は何を言おうとしているのかよくわからなかった。だが、留奈に知ってほしいことがあった。


 里奈は……とても積極的だ。そして、それはきっと悪意や邪気がない、自然体で積極的なのだ。


 そして、その積極性が向かってきた場合、俺はそれを拒否できない消極的な人間だ。


 そのことを留奈に知ってほしかった。


 留奈は何も言わずに俯いている。ゆっくりと電車が止まっていく。俺は留奈に何か言ってほしかった。


 電車が完全に停止し、扉が開く。すると、急に留奈が立ち上がった。


「……夏祭り、楽しんできてね」


 それだけ言うと、留奈はそのまま電車を降りていってしまった。俺はその時気づいた。


 俺は自分で自分に言い訳しているだけだ。留奈に言ってもらうのではなく、むしろ、自分で言うべきではなかったのか、と。


 そんな後悔をしながら、しばらくしてから俺も電車を降りたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る