第30話 恩返し

 結局、期末テストはなんとか終わらせることが出来た。正直、よく出来たような気もするし、出来なかった気もする。


 というか、目下俺にとってはそんなことはどうでもいいような気もする。俺にとっては今は里奈と留奈のことがとても気になっている。


 考えてみれば俺にとっては二人共、久しぶりにあった小学校の頃のただの友達だったはずだ。


 それなのに、今はなんだかとんでもないことになってきてしまっている。俺は一体これからどうすればいいのか……そんなことを考えなければいけない状態にまでなってきてしまっている。


 そんな折、電車が止まった。そして、扉が開く。


「あ! 昭彦!」


 と、扉が開くと同時にこちらに向かって走ってくるのは、里奈だった。相変わらずの元気の良さと、人懐っこい笑顔を俺に向けてくる。


「あ……やぁ」


「いやぁ、やっとテスト、終わったね。あ! ほら、夏樹!」


 と、後から入ってきたのは、里奈の友達の夏樹だった。こちらも相変わらずの仏頂面で俺の方にやってくる。


「ほら、夏樹。昭彦に言うことあるんじゃない?」


 と、里奈にそう言われると夏樹は少し恥ずかしそうに視線をそらした後で、チラリと俺の方を見る。


「……世話になった」


「あ……あぁ。別にいいよ」


 その言葉で俺は何を言われたのかを理解する。この前里奈に勉強を教えた際に、実は夏樹も着いてきていたのだ。


 正直、夏樹は里奈に比べると飲み込みが悪く、あまり勉強ができないといった感じだった。だから、俺としても教えるのは苦労したのだが。


「それでさ、夏樹と私で話してたんだよね。何か昭彦に恩返しができないかな、って」


「え? 恩返し? いや、別にそういうのはいいって」


「いやいや、私達としてもさすがに教えてもらって何もしないっていうのは悪いしね」


 里奈はそう言ってニコニコと笑っている。夏樹の方は相変わらず無愛想だったが。


「……まぁ、そういうのならいいけど……何をしてくれるの?」


「フフッ。昭彦、夏祭りにいかない?」


「……へ? 夏祭り?」


 いきなり出てきた言葉に俺は驚いてしまった。夏祭り……いや、それがどういうものかはわかっているが、ここ最近聞いたことのない言葉だったからだ。


「うん。ほら、この沿線にある駅でやっているでしょ? 結構人気あるんだよ? 一緒に行こうよ。夏樹の着物姿可愛いよ?」


「り、里奈……! わ、私も行くのか!?」


 いきなり話を振られた夏樹は慌てた様子で動揺していた。


「そりゃあそうでしょ? 恩返しなんだよ?」


「そ、それは……そうかもしれないが……」


 夏樹は恨めしそうに俺のことを見る。なぜ、俺がそんな目で見られなくてはならないのか……


 と、いつの間にか電車は夏樹が降りる駅についてしまった。


「じゃ、夏樹。あとで連絡するから、よろしくね」


 里奈に勝手にそう決められてしまい、明らかに夏樹は不服そうだった。しかし、そのまま恨めしそうな視線を俺に向けたままで、電車を降りていったのだった。


 夏樹が降りた後、俺と里奈は黙ったままだった。一体何を考えているのか、俺には理解できなかった。


「……で、分かっているよね?」


 ふいに里奈が俺にそう言ってきた。俺は里奈の方を向く。


「え? 分かっているって?」


 俺が訊ねると、里奈はニッコリと笑う。


「言ったでしょ? 私のアイデンティティの話」


「……アイデンティティ」


 俺がそう繰り返すと留奈は立ち上がる。


「私は、私が正しいと思うことをするよ。私が正しくあるためにね」


 留奈はそう言い残して終点で停車した電車の扉の方に歩いていく。そして、扉が開くと共に俺の方に振り返る。


「だから、昭彦も、正しい選択をしてね」


 まるで俺に言い聞かすようにそう言って里奈は扉から出ていった。俺はただ、その言葉が頭の中で延々と響いていたのだった。

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