第28話 女神の宣戦

 里奈は俺のことを見ている。俺も里奈のことを見ていた。


 しかし……今里奈はなんと言った? 留奈が……俺のことを好きになっているって言ったのか?


 俺はどのように返事したら良いのかわからなかった。そんな俺を見て、里奈は微かに笑った。


「まさか……気づいていなかった?」


「気づいて、って……いや。そもそも、そんの、わからないでしょ……」


 俺がそう言うと里奈はなぜか嬉しそうに声をあげて笑った。


「わかるって。あのね、私達双子だからわかるんだって。まぁ、双子じゃなくても留奈ちゃんってわかりやすいからわかると思うけど」


 里奈はそう言って急に窓の外を見る。流れる景色を見ながら、里奈は話し始める。


「小さい時はさ、私達、ずっと二人一緒だったでしょ?」


「え……あ、あぁ。そうだったと思うけど」


「でもね、中学校入ったあたりだったかなぁ……留奈ちゃんがどうも、私と一緒なのが嫌になってきちゃったのか……そんな感じになってきちゃったんだよね」


 少し寂しそうにそう言う里奈。里奈と留奈がどうにも距離感があった理由はそこらへんにあるのだろうか。


「そういえば、留奈ちゃんも昔は部活入っていてね。水泳部だったんだよ?」


「え? そ、そうなの?」


 いきなり出てきた新情報に俺は驚いてしまう。


「うん。だから今でもスタイルいいでしょ? 私に似て」


 そう言われると、たしかに運動をしていないようには見えないくらいに、スラッ

とした身体だと思うが……いやいや。あまり想像するのはやめよう。


「でも、それもあんまり長く続かなかったんだよね。中学卒業くらいで辞めちゃって……詳しいことは私にも話してくれなかったんだ。それからは、学校も変わっちゃったし、髪も染めちゃったしで……どんどん私と違うようになってきちゃった。双子なのにね」


 そう言ってから里奈は悲しそうに、小さくため息を付いた。


「……留奈は、自分が自分であるためにそうした、みたいなこと、言っていたな」


「え? 留奈ちゃんが?」


 こんなことを勝手にそう言うのは悪いと思ったが、思わず俺は言ってしまった。里奈は少し意外そうな顔をしていたが、なぜか納得したように一人で頷いている。


「……なるほど。じゃあ、留奈ちゃんは、むしろ、私と違う存在でいたいってことなんだね」


「え……ま、まぁ、そんな感じなんじゃないかな?」


 すると、里奈は急にニヤリと微笑む。何かを思いついたような……ただ、おそらく、それはあまり良くないことなのではないかということは彼女の笑顔の感じで理解できた。


「じゃあ……留奈ちゃんはきっと、私が持っていないものが欲しいんだ」


「え……まぁ、それは、そうかもしれないけど……」


「それが、昭彦なんだよ」


 そう言って里奈は俺を指差す。俺はただその指先を見ていることしか出来なかった。


「……俺?」


「うん。なるほどね~。確かに私達は二人いるけど、昭彦は一人……どちらか一人しか手に入れることができないからね」


「ちょ、ちょっと待って。それじゃ、まるで俺が物みたいな――」


「じゃあ、昭彦が選んでくれてもいいんだよ?」


 と、里奈は急に真面目な顔になって俺を見る。俺は思わずそのまま言葉を飲み込んでしまう。


「……俺が?」


「うん。だってそうでしょ? 留奈ちゃんが昭彦の事好きだっていうなら、それに答えてあげればいいじゃない」


「そ、それは……そうかもしれないけど……」


 俺はそう言われて思い出す。この前、キスしてしまったことを。


 あの時俺とキスした女の子の顔は……そこまで思い出して、俺はその顔が今目の前にいる女の子のものであることを思い出した。


「それとも……留奈ちゃんを選べない?」


 なぜか挑戦的に微笑む里奈。俺は何も言えずに黙るしかなかった。ちょうど、その時電車が止まった。里奈が立ち上がる。


「ねぇ、少し酷いこと言ってもいい? こんなこと、絶対留奈ちゃんにも言わないんだけど」


「え? 酷いこと?」


「うん。正直、留奈ちゃんがどんどん悪い方に変わっていく時に、私はそうならないように、努力していたんだ。私は双子の姉妹として正しい姿を示そうとしていた。だから、私は自分に自信があるし、どんなに容姿が似ていても私の方が正しい姿だと思ってたんだ」


「自分のほうが……正しい」


 俺がそう呟くと、里奈は誇らしげに俺に笑顔を見せる。


「私はね、正しい姿であるからこそ、その分、そんな私にご褒美が来ると思って今まで生きてきた……それが私のアイデンティティ」


 そう言うと里奈はそのまま電車を降りていってしまった。


「じゃ、昭彦。勉強教えるの、忘れないでね!」


 いつのまにか終点に着いていたようで、俺はそのまま電車を降りていく里奈の爽やかな姿を見ている。


その姿はそれこそ、戦いに望む女神のようにどこか勇ましさを感じてしまうのだった。

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