第26話 悩む理由

 その日はとても暑い日だった。外を歩いているとそのまま暑さで倒れてしまうんじゃないかと言うくらいに暑かった。


 ただ、それは電車の中に入ってしまえば関係のない話である。だからこそ、ホームで待っている時間がとても待ち遠しかった。


「ねぇ」


 と、そんな折、隣から声が聞こえてきた。俺は声のした方に顔を向ける。


「あ……留奈」


 すぐに声をかけてきたのが留奈だということは理解できた。髪の長さは以前と同じなのだが……金髪に戻っている。


「……久しぶり」


 言われてみれば留奈に会うのは随分と久しぶりであった。俺はどう返事をしたら良いのかわからず、ただ、留奈のことを見ている。


 と、そんな時に電車がホームに入ってきた。扉が開くとともに俺と留奈は同時に電車の中に入っていく。


 電車の中はとても涼しかった。だが、隣に留奈がいることを考えると、素直に快適ということは難しいような気がした。


 電車が走り出しても、俺と留奈は黙ったままだった。どちらかが話し始めればいいのだが、何を話せば良いのかわからない。俺自身には一体何を話せばいいのかまるでわからなかった。


「……昭彦」


 先に口を開いたのは留奈だった。俺は留奈の方に顔を向ける。


「……何?」


「その……ごめん」


 留奈だけそう言って申し訳無さそうに俯いてしまった。俺はただそんな悲しそうな顔をする留奈を見ていることしかできない。


「あ……いや、別に……」


 俺は少し経ってからそう言う事しか出来なかった。留奈は俺がそう言うと顔を上げて俺のことを見る。


「……変なヤツだと思うよね?」


「え? 変なヤツ?」


「……いや、だって、里奈ちゃんのフリしてたんだよ? 髪を切って色を戻して……おまけに制服も用意して……」


 言われてみればそうだった。そもそも留奈は駅まで変えて、里奈のフリをしていた。かなり徹底していたと言える。


「……なんで、そこまでしたの?」


 俺は思わず留奈にそう聞いてしまった。留奈は俺にそう聞かれると少し戸惑っていたが、少し恥ずかしそうにしながら俺のことを見る。


「……いや、その……里奈ちゃんじゃないと駄目だと思ったから」


「え? 駄目って……」


 すると、留奈は少し自嘲気味に笑いながら俺の方を見る。


「あはは……だって、私、何もないからさ。里奈ちゃんは友達も多いし、部活のエースだし、何より人に好かれやすいから……」


 留奈は少し悲しそうにしながらそう続ける。ふと、里奈が言っていた「留奈は自分に自信がない」という言葉を思い出す。


「……それに比べて私は……」


「……いや、別にそれは……悩むことなの?」


 と、俺は思わずそう言ってしまった。すると、留奈は目を丸くして俺のことを見る。


「え……だ、だって……」


「いや、俺だって別に友達いないし、人付き合いも悪いよ? でも、別にそれで悩んでないけど」


 俺がそう言うと留奈はしばらくの間俺のことをマジマジと見ていた。俺はそんなに変な事を言っただろうか。


「……フフッ。昭彦、面白いこと言うね」


 と、急に笑顔になった留奈はそう言った。面白いかどうかはわからないが、留奈がそう言ってくれて何よりである。


 そんな折、電車がゆっくりと停車する。見ると、すでに留奈が降りる駅だった。


「あ。降りなきゃ。昭彦、その……聞きたいことあるんだけど、今度会ったら聞いていい?」


「え? あ、いいけど……」


「うん! それじゃ、また今度ね!」


 留奈は元気良く電車を降りていった。最初会った時はかなり元気がなかったので心配だったが、あれくらいになってくれたら大丈夫だろう。


 それにしても留奈が降りたあとで今更ながらに思うが……俺はあの子とキスしてしまったんだよな……


「……思い出したら恥ずかしくなってきた」


 俺はまだ登校中だというのになんだか妙な気分になりながら、学校へと向かったのだった。

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