第25話 嬉しい事実

 里奈は俺のことをジッと見ていた。俺は里奈から視線をそらすことが出来なかった。


 留奈とのこと……里奈は知っていると言った。だとすれば、どこまで知っているんだ?


「……フフッ。そのことは、知らないと思った?」


 里奈は俺に優しく微笑む。ただ、なんというか、少し恐ろしいと俺は感じてしまった。


「えっと……留奈に聞いたのか?」


「そうね~。留奈ちゃんが話してくれたんだ。いやぁ~。なんでか知らないけど、急に髪の色も戻して、私と同じような髪型になっと思ったらさぁ~。留奈ちゃんもやる時はやるね~」


 里奈はまるで他人事であるかのように呑気に感心している。


「……里奈は、怒ってるのか?」


「え? 何を?」


 ポカンとした顔で俺を見ている里奈。特に怒っているわけではないようである。


「いや……だって、里奈はお前のフリをしていたわけだし……それに、その俺と、キスまでしちゃって……」


「う~ん。まぁいいんじゃない? 結構面白い事考えるなぁ、って思ったよ」


 そう言って里奈は笑っているので、特に気にしていないようである。


「それに、留奈ちゃんらしいな、って思ったよ」


「……え?」


 そう言うと里奈は満面の笑みを俺に向けてくる。


「だって、私のフリをしていたってことは、留奈ちゃん、自分に自信がないから私のフリをしていたんでしょ? 自信があったら、私のフリなんてしないでしょ?」


 まったく悪気もなく、里奈はそう言った。俺は何も返事をすることが出来なかった。


 自信がない……確かに留奈は、里奈のフリをしていた。自分ではなく、里奈の姿を借りて俺と話していたのだ。


 そう言われてしまうと、俺も何も言えなくなってしまった。


「……そうかもな」


 俺がそう言うと里奈は満足そうに頷いた。それと同時に電車が停車する。いつの間にか既に終点だった。


「それに、私としてはむしろ、嬉しい事実ができたしね」


「嬉しいこと? なんだ?」


「だって、昭彦と最初にキスしたのは、私と同じの容姿の、私と同じ顔の女の子なんだよ? それがたとえ双子であっても、それはもはや、私とキスしたことに変わりないんじゃない?」


「え……そ、それは……」


 そう言って里奈はなぜか急に俺の耳元に口を近づける。


「だからさ……もう一回私とする?」


 思わず俺は里奈から距離を取ってしまう。里奈は少し驚いていたが、すぐに笑っていた。


「……里奈。冗談に聞こえないんだけど」


「え? 別に冗談のつもりで言ったわけじゃないんだけど」


 そう言うと里奈は立ち上がる。


「そういえば、そろそろ期末テストだから、また勉強、教えてよ」


「え……あ、あぁ……それは、いいけど……」


「ありがと~! いやぁ~。さすがにキスまでしただけの仲だね」


「いや、お前とはしてないんだけど……」


「まぁまぁ。細かいことは気にしないで。どうせ、そのうちすることになるんだから」


 そう言って里奈はそのまま扉の方へ向かっていく。


「じゃあ、またね」


 里奈はそのまま俺を残して先にホームへ降りると、行ってしまった。電車内で残された俺はしばらく呆然としていた。


「……今、なんだかすごいことを言ってなかったか?」


 そのことに気がついたのは、里奈がいなくなってしばらく経ってからのことなのであった。


 これから、俺はあの双子姉妹とどのように接していけばいいのだろう。ふと、脳裏にはかつて失くしてしまった双子の女神が出てくる小説のことが浮かんでいたのだった。

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