第23話 暴露

「ねぇ、昭彦……自分の価値ってわかる?」


「え?」


 誰もいなくなった電車内で、いきなり彼女は俺にそんなことを聞いてきた。

 

「自分の価値だよ。自分がこの世界に存在する意味、でもいいのかな? アイデンティティってヤツ……昭彦にはある?」


「アイデンティティって……なんで急にそんな――」


「私にはないよ。だって、自分よりも優秀で、真面目で、誰にでも優しい、自分とそっくりの人間がいるんだもん。いわゆる上位互換ってヤツ? だから私は自分のアイデンティティを見つけるために自分だけの形を見つけようとした。髪の色も金色にしたし、なるべく良い子ちゃんじゃないようにした……でも、昭彦に会って思い出しちゃったんだよ。小さい頃はそんなこと考えて無くて、ありのままの自分を受け入れてくれる人がいるって」


 そう言うと、里奈は立ち上がった。思わず俺も同時に立ち上がる。そして、そのまま里奈が電車を降りるので、それについていく形で俺も降車する。


「小さい頃は別にそういうこと考えなかったなぁ。双子でも別にいいかな、って。でも、最近自分がなんというか……影の方にいる存在、って感じしてさ。学校ではギャルっぽい感じだしてるけど、根本では根暗なんだよね。だから、昭彦のこと、好きなのかも」


 言っている意味がわからなかったが、なんだか、俺はとんでもない告白を聞いているような気がした。


 しかし、俺は何も言えずにただ、目の前の少女を見ていることしか出来なかった。


「昭彦はどう? 私のこと、好き?」


 笑顔でそう聞いてくる彼女に俺はすぐに反応できなかった。しばらくしてから、自分が一番気にしなければならないことを思い出して、口を開く。


「もしかして、お前は――」


 そう言いかけたときだった。いきなり彼女は俺の近くまで寄ってきたかと思うと、そのまま一気に距離を詰めて……いきなり俺の唇に、自身の唇を重ね合わせた。


 ……つまり、キスする形になってしまったのである。


 時間にして数秒のはずだったが、とんでもない長い時間のように思えた。それから、彼女は俺から離れていって、少し紅い顔で俺のことを見ている。


「そう……初めて君とキスとしたのは私……大村留奈ってことになるね」


 いたずらっぽくそう微笑む留奈。その笑顔を見て、俺は、俺自身がとんでもない間抜けだったことを理解する。


「えへへ……これで、昭彦は、これから先、里奈ちゃんと会っても、私とのキスを思い出すんだね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ……留奈。それじゃあ……今までずっと……お前は里奈のフリをしてたったことか?」


「うん。短い間だったけど、結構楽しめたね」


「なっ……なんで……こんなことを?」


 俺がそう言うと留奈は、それこそ、勝ち誇ったかのような顔で俺のことを見る。


「言ったでしょ? 里奈ちゃんには負けない、って」


 そう言って留奈はそのまま走り出してしまった。残された俺は未だに頭の中がぼんやりとしてしまっていた。


 そして、それからしばらく経ってから我に返る。


「……あ。普通に、キスされちゃった」


 もっと考えなければならないことが有ると思いながらも、一番最初に出てきた言葉はそんなとんでもなく間抜けな言葉なのであった。

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