第22話 偽装

 里奈は完全に黙ってしまった。何も言わずに俯いている。


 俺と夏樹は思わず顔を見合わせてしまう。夏樹は今一度里奈の方を見る。


「……おい、聞いているのか?」


「あ……あはは……ご、ごめん。実はちょっと私も急に調子悪くなっちゃってさぁ……帰ることにしたんだよね」


 里奈はそう言って苦笑いしながら夏樹に対応する。夏樹は少し面食らった様子だったが、いつもの仏頂面で里奈を見る。


「……調子が悪い? さっきはそんなこと言っていなかったじゃないか」


「いやー、だから、急に調子悪くなっちゃってさ。ごめんね?」


 そう言って申し訳なさそうに謝る里奈。夏樹はそれでも里奈のことを疑っているようである。


「……そうか。しかし、どうにも、私には違和感しかないんだが」


 夏樹はそう言って今一度里奈のことをジッと見つめる。里奈は笑顔のままで夏樹のことを見ている。


「え……違和感って何?」


「……なぁ、変なことを聞いてもいいか?」


 夏樹はそう言ってから里奈のことをじっと見る。


「変なこと? まぁ、別にいいけど……」


「私の名前はなんだ? 言ってくれ」


 いきなりのその質問に俺も驚いてしまった。しかし、夏樹は本気のようで、至極真面目な顔をしている。いや、いつも同じような表情なのでわからないのだが……


 里奈も同様に驚いている。それはそうだろう。いきなり親友に名前を言ってくれと言われたら驚くのも決まっている。


 しかし……夏樹がここまで聞くということは完全に彼女は、俺の隣にいる里奈のことを疑っているということだ。


 じゃあ、もし、俺の隣にいる里奈が、里奈じゃなければ……誰だというのだ?


 まさか、それは、やはり――


「名前って……何言ってるの? 夏樹」


 と、それは当然だと言わんばかりに簡単に、里奈はそう言った。言われてしまった夏樹の方も驚いているようだった。


「なっ……お前……いや、でも、私の名前を……」


「当たり前でしょ? 私達、親友でしょ?」


 里奈がそう言って微笑むと、夏樹はそれでも少し不満そうだったが、どうやら観念したようだった。


「……すまない。変なことを聞いた。でも、里奈。調子が悪くなったら連絡してくれ。私だって心配じゃないか」


「あはは……ごめんって。今度からちゃんと連絡するからさ」


 そう里奈が言うと同時に電車が止まる。夏樹が降りる駅だった。


「では、里奈。あまり無理はするなよ」


 そう言って夏樹は電車を降りていった。里奈も降りていく夏樹に手を振っている。


 実際、俺自身も夏樹と同じように一瞬、疑ってしまった。もしかすると……と、思ってしまった。


 でも、そんなことあり得ないんだよな。だって、もしそうだとすると。そんなことをする意味がないし、理由もないのだから。


「……なーんだ。やっぱり親友も見分けられないんだ」


 電車が終点に近づいた頃、里奈がそう言った。


「……え?」


「あんなに近くで見てもわからないって、ホントに親友なのかも疑わしいけどね。って言っても、私の友達も私のこと分からなかったから、そんなもんか」


 そう言って里奈は俺の方を見てから、ニッコリと笑う。その笑顔は、どこか恐ろしいものを感じさせた。


「……里奈?」


「明日には絶対里奈ちゃんにバレちゃうから、もうおしまいだね。まぁ、正直、めちゃくちゃ面白かったからいいんだけど」


「な……何言っているんだ? バレちゃうって……」


 電車がゆっくりとスピードを落としていく。里奈は俺のことを見たままで視線をそらさない。俺も視線を反らせなかった。


 窓の外を風景が流れていく。そして、電車が完全に止まると共に、扉が音を立ててゆっくりと開いた。


 車両の中にはすでに誰もいなかった。俺と里奈? だけが互いを見つめ合っていた。

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