第18話 どちらの彼女か

 終点に着くと、ドアが開く。しかし……俺はすぐには電車から降りることが出来なかった。


 眼の前には里奈……もしくは、留奈がいる。無視してこのまま電車を降りるというのも一つの手だが、どう考えても無視できるような状況ではない。


 俺はとりあえず、立ち上がった。女の子の方は、微笑を浮かべながら俺のことを見ている。一体何がしたいのか俺には理解できなかった。


「帰るの?」


 女の子がそう言った。声では……やはり里奈か留奈かまったく判別できない。


「あ、ああ……帰るよ」


「そっか。じゃあ、私も帰ろうかな」


 そう言って女の子は立ち上がった。その挙動でも、やはり明確な区別はできなかった。


 ホームに降り立ち、俺と女の子は並んで歩く。俺は横目に女の子を見る。


 ……駄目だ。こんなに近くで見てもどちらかわからない。これでもし、間違えた場合はどうなるのだろう。


 里奈なら……きっと、笑って終わりだろう。だが、留奈だと……少し不味いかもしれない。いや、でももし留奈だとすると……なんで髪を短くしている? なんで自分の学校とは違う制服を着ている? そもそも、そんなことをする理由は?


 様々な疑問が頭の中を駆け巡ったが、それでも最終的な判断はできない。なにか、里奈にあって、留奈にないものと言えば……


「あ」


 俺は思わず立ち止まってしまった。


「どうしたの?」


 俺の隣の女の子も俺に訊ねる。


「そういえば……今日は部活は?」


 そう。里奈にあって、留奈にないものといえば部活である。そもそも、今日は早めに帰っているから、里奈であればこんな時間に俺と一緒に帰れるわけがないのである。


 俺がそう言うと女の子は少し考え込むように黙った後で、苦笑いしながら、返事をする。


「えっと……あー。今日さ、ちょっとやる気でなくて……帰ってきちゃった」


 少し恥ずかしそうにそう言う女の子。やる気がなくて帰ってきた……あり得るか、そんなこと?


 少なくとも里奈は部活が楽しくて仕方ないといった感じだった。だとすると、やる気がないから帰ってくるなんてこと、あり得るのだろうか?


 思わず俺はもう一度よく、女の子の事を見てしまう。女の子はなぜか視線を反らした。


「……お前は、まさか――」


「あ! そういえば、昭彦!」


 と、いきなりなぜか女の子は声を上げて俺の方に顔を近づけてきた。反射的に俺は女の子から顔を離してしまう。


「え……何?」


「こ、この前一緒に帰ったんだから、今日も一緒に帰るよね!?」


「え……あ、あぁ……別にいいけど……」


 ……この話の流れからすると、やはり里奈なのだろうか? でも、やはり部活の件は気になるが。


「よ、よし! じゃあ、今日も一緒に帰ろうね!」


 そう言うと、なぜか里奈はいきなり俺の右手を掴んできた。そして、そのまま両手でギュッと右手を握る。


「え……り、里奈?」


「え、あ、あ、あはは! い、いや! こうやって手とかつないで帰ってみたいなぁ、なんて……べ、別に普通でしょ!?」


 あまりにも突然のことで俺は反応できなかった。里奈? の柔らかい手の感触が俺の手に伝わってくる。


「それとも……嫌?」


 まるで捨てられた子犬のようにそういう里奈。いや……たぶん、俺の目の前にいるのは里奈なのだろう。いずれにせよ、この状況下で確認なんてできるわけがない。


「あ……いや。別にいいけど」


 俺がそう言うと里奈は安心した笑顔で俺を見た。その笑顔は、いつもつまらなそうにしているのに、笑顔になると急に柔らかい表情になる……留奈の笑顔によく似た笑顔だった。


「あ……そ、そういえば、留奈ちゃんは今度からバスで帰るらしいから」


 手をつないだままで俺と里奈は改札の方に向かう。


「え? じゃあ、電車では会わないってこと?」


「たぶん、そうなると思うけど……残念?」


 俺がそう言うと里奈は少し不安そうに訊ねる。俺は少し考え込むようにしてから、今一度里奈の方を見る。


「うん……俺、留奈にも会うの、楽しみにしてたから」


 俺がそう言うと里奈は少し嬉しそうな顔をしたが、すぐになぜか残念そうに俯く。


「……ありがとう。留奈ちゃんにも伝えておくから」


 元気なくそういう里奈。結局、その日は本当に帰り道で分かれるまで里奈と手をつないで帰ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る