第17話 挑戦

 その日は、雨だった。電車の中もじっとりとした湿気に包まれている。


 いつもより早めに帰宅しようとしていた俺は、傘を片手で持ちながら本を読んでいた。雨のせいなのか、電車の中の人数もいつもより多いような気がする。


 すでに、俺は里奈と留奈が乗ってくるであろう電車を把握している。だから、最近はその駅が近づくに連れて段々と身構えてしまう。


 別の彼女たちと会うのが嫌だとかそういうことはないのだが、会ってしまえば話さなくてはいけないわけだし……なんとなく、構えてしまうのである。


 そんな事を考えている間に、いつのまにか留奈が乗ってくる駅に電車が停車する。俺は思わず開く扉を見てしまう。


「え」


 思わず俺は言葉を漏らしてしまった。扉が開いて入ってきたのは……一人の女の子だった。てっきり、それは留奈だと思った。


 しかし、見た目が微妙に違う。一番違うのは髪だ。留奈のような金髪ではなく、黒いショートカットなのだ。


 しかも、制服は里奈の着ている学校のものだ。思わず俺は駅名を確認してしまった。


 しかし、その駅名はどう見ても、いつも留奈が電車に乗ってくる駅だった。


 見た目はどう見ても里奈に見えるその女の子は、俺の真向かいに腰掛けた。俺は本を読むのも忘れて思わず目の前の女の子を見てしまう。


 すると、女の子の方も俺の方を見ていた。そして、なぜかニッコリと微笑む。


 ……間違いなく。俺の目の前に座ったのは里奈、もしくは、留奈だ。


 だが、まるで分からない。乗ってきたのはいつも留奈が乗ってくる駅だ。しかし、見た目はどう見ても里奈そのもの……


 じゃあ、俺の目の前に座っている彼女は里奈と留奈、どちらなのだろう。


 俺は微笑む彼女から顔をそらし、今一度本に目を戻す。


 ……正直、里奈と留奈は双子としては顔つきがかなり似ている。おまけに声に関しても明確な違いは、俺にはわからない。


 まったく異なって見えていたのは、黒いショートカットと金髪という大きな違いが存在していたからだ。


 しかし、もしそれがなくなったらどちらがどちらであるかを判断するのは相当難しいだろう。


 というか、おそらく俺はそれができない。


 俺は今一度眼の前に座っている女の子を見てみる。


 ……駄目だ。里奈か、留奈……どちらであるのかという決定的な証拠がない。


 状況的にはいつも留奈が乗ってくる駅で乗ってきたのだから、留奈のはずだ。


 だが、見た目はどう見ても里奈である。


 仮にもし、目の前の女の子が里奈だとしたら、なぜ、乗ってくる駅が違うのだ? 駅をわざわざ変える必要なんてないはずである。


 逆にこれが留奈だとするとあまりにも大胆はイメチェンである。金髪はどうしてしまったのだろうか。おまけになぜ自分とは違う学校の制服を着ているんだ?


 いずれにせよ、今目の前にいる女の子は不可解な理由で存在している。俺は自分が疲れているのかと思ったが、そうではないと思う。


 結局、俺はその子が里奈なのか、留奈なのか……決定的な判断をすることが、終点にたどり着くまでできなかった。


 電車は停止する。すでに、周りには乗客はほとんどいない。俺は本をカバンにしまい、女の子の方を見る。


 女の子は笑顔で俺のことを見ていた。それはまるで俺に対する挑戦のような笑顔に見えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る